4章 ⑤
異能の発動と、制御できているかどうかの確認。
彩那が正常な状態である以上問題はないだろうが、一応確かめておく必要がある。
細かい制御は後々訓練が必要となるので、今は的当てのような形で試していくことになる。
そして、その結果。
「空奏さん、私は彩那ちゃんをハウンドにスカウトしたいです」
「小学生に対して何言ってんだお前」
とはいえ、空奏もモカの気持ちは理解していた。彩那が予想を上回る力を示したのだ。
琴絵が障害物を出し、さらにモカがアレンジを加えたり、影を動く的としてみたりする。
初めは恐る恐るといった感じで的に水の弾をぶつけていた彩那は、次第にラナと共に競うようにして撃ち出し始めた。シュッ、ビシャンと連続で水のはじける音が響く。
水滴を滴らせながら浮かぶ水の弾は、まるで狐火を逆さにしたかのように揺らめき漂う。彩那は、最後には自身の周りに三つの弾を浮かせ、それを射出できるようになっていた。
幻獣であるラナが同じことをするのであれば驚きはない。実際、ラナの方は自分のできる範囲を確認するかのように徐々にバリエーションを増やしていた。
「川とか、海の近くだったら水の生成を行わなくていい分、敵なしになるんじゃないか」
そう思わずにはいられないほどのポテンシャルを秘めているのがわかる。
初めて力を行使するため、早めに切り上げるつもりだったのが一時間も経ってしまっていた。
遊び感覚で試し尽くした彩那は満足そうにラナと笑っていた。
一区切りついたところで彩那が空奏の元へと駆けてくる。
「空奏さん、見てた? わたしとラナの見てた?」
「見てたよ。正直驚いた。もうあんな風に力を使えるなんて、すごいな」
「えへへ。ねえ、わたしも空奏さんみたくなれるかな?」
「俺みたいに?」
「うん! 空奏さんはわたしを守ってくれたから、わたしも誰かを守れる人になりたい!」
ズキリ、と心のどこかが痛んだ。
幸いにも空奏の小さな変化に彩那は気づかなかったようだ。空奏は痛みを無視して微笑む。
「……そうか。うん、なれるよ。彩那ちゃんならきっとなれる」
「……!! わたし、頑張るね!!」
再び琴絵の元へと走っていく後ろ姿を見つめながら、空奏はルウとバルドを呼んだ。
新たな的を出し続ける琴絵の元から二体が戻って来るのを確認してから空奏は踵を返した。
それに気づいたモカが一緒にやってきて空奏の前に回る。
「そーらさん! どこか行くんですか?」
「そろそろ報告としては十分だろ。真白さんのところに行ってくる」
「あ、じゃあじゃあ、さっき聞けなかった話聞かせてくださいよ」
「急ぐものでもないから別にいいけど。あっちはいいのか?」
「琴絵さんが大きいものを描いていますから、私は少し休憩みたいです」
「……琴絵が張り切りすぎて干からびないように見といてくれ」
琴絵の場合は描いたものを実体化させる瞬間に力を使う。
対象が大きければ大きいほど時間と力を使うため、彩那のために様々なものを出している琴絵もそろそろきついだろう。
しかし琴絵を見れば、活き活きしてるのがここからでもわかる。彩那に頼られて嬉しいのはわかるが、変にお姉さんぶって無理をしそうだ。
「さて、どこから話すかな。三年前のツツジっていうソウルイーターの件は知ってるか?」
「ツツジ……。聞いたことはあります。多大な犠牲を払って討伐したっていうことぐらいですが、それ以上詳しいことはあまり」
「じゃあそこからだな」
空奏は三年前の事件についてと共に、その時から獣化の持続時間が三十秒程度となったこと。
そして今も状況は変わらないということを話した。
「どうにかして獣化の力を取り戻さないとと思ってはいるんだけど、まだ解決できてなくてな。一度どちらかと獣化してしまえば、一分もしないうちに休眠状態に入って戦力半減だ。場合によっては死に繋がる。だから本当に使わないとまずい時以外は使ってなかったんだよ。数少ないその機会にもモカは立ち会ってなかったわけだな。惜しかったな、今まで見れなくて」
「……すみません。事情を知らずに踏み込むようなことをしてしまって。あと、気を遣わせてしまって」
「言っただろ。別に隠しておくようなことじゃないって。むしろ、獣化が使えるってわかった以上はその制限に関する事情も知っておいてもらった方が好都合だろ。きっかけを作ってくれてありがとうな」
「はぁ。そういう気の遣い方は、ずるいと思うんです。もう何も言えないじゃないですか」
モカが嘆息するのを空奏は苦笑しながら見ていた。
言った通り、隠すようなことではないのだ。誰彼構わず広まってしまうのは今後の仕事に支障が出る可能性があるのでまずい。しかし管理局の人間、それもハウンドの者であれば問題はない。変に気を遣わせないためにも、モカには割り切っておいてもらった方が良いと思った。
「率先して話題に出されても困るけどさ。今の俺にとって獣化は最後の一手にしか使えないということだけは頭に留めておいてほしい。むしろ無いようなものだと思っておいてくれて構わない。当てにできるほど安定した力じゃないからな」
「わかりました。肝に銘じます」
真剣な眼差しで空奏を見るモカに笑って見せる。
少々大げさな気もするが、モカは良くも悪くも素直な子だ。下手に釘を刺す必要も無いだろう。
「空奏さんは獣化を取り戻そうとしてるんですよね」
「もちろん。三年前と同じ失敗は繰り返さない。そのためにも強くならないといけないのに、当時よりも強くなるどころか弱くなってるようなものだ」
「何かできることがあれば言ってください。いつでもお手伝いします」
「……ありがとう」
不思議とモカがすごくやる気に満ちている。空奏は思わず目を瞬かせた。
手伝ってくれるのは嬉しいが、思ったよりも重く受け止められている気がしてする。私事に巻き込んでしまうのは申し訳ないと思いつつ、その気持ちはありがたく受け取らせてもらうことにした。
「早速ですけど、何かやれそうなことありますか?」
「獣化に関しては今のところ解決策が見当たらなくて、ちょっと手詰まりでな」
「モカ、空奏も私たちも色々試してはいるのだがどうしてもこれというものがない。何か新しい発想が欲しいというのが正直なところだ」
「わっ、ルウ戻ってたんだ。こっち来るのは見えてたけど、空奏さんの中にいるとは思わなかった」
「ある程度近づけば空奏の中に戻れる。話は最初から聞いていたのだぞ」
移動するつもりだったので呼び戻していたのだが、ルウは実体化することにしたようだ。
やっぱり便利だよね、と感心してからモカが話を続ける。
「そもそも、なぜ獣化はできなくなったんですか?」
「具体的な原因はわからないんだ。二体同時獣化によるオーバーフローに身体が耐えられなかったんじゃないか、とは考えてる。あの時よりも身体も異能の扱いも鍛えてるはずなのに、通常の獣化すらできないということは違うんだろうとも思ってるけど」
「故障した身体の部位を無意識に庇おうとするようなこともありますから一概には言えませんけど、そういう話でもないですよね。そういえば、逆に獣化の条件って私知らないんですけど、何かあるんですか?」
「条件か……。とりあえず、ある程度異能を操る技術が無いとダメて言われてるけど。他には何かあったかな」
「何だろうな。私としては感覚的な感じもあると思うが」
ルウと空奏が首を傾げる。何も言わないということはバルドも知らないのだろう。
それを見たモカは不審そうな目をした後に呆れ混じりに言った。
「そういう天才肌的なノリは良くないと思います」
「異能の扱いに関して天才と謳われた人に言われたくないね。影の寵児だっけ」
「やめてください。周りの人が勝手に言ってただけで私はそんなの知りませんからね!」
モカこそ所謂天才と呼ばれていた少女だった。
彼女が管理局に入る時は配属がどこになるかでちょっとした騒ぎになったものだ。東京本部に引き抜かれておかしくなかったものの、モカのご両親が管理局に影響を持つ人であり、本人の希望もあって東北支部へ来ることになったのだった。
「私の話はいいんです。今は空奏さんの獣化の話です。」
ルウと顔を見合わせてからモカに向き直る。
モカの言うことも最もであり、彼女は空奏のことを想って言ってくれているのだ。それを無下にするわけにはいかない。
しかし、獣化の条件というものにも拒絶反応に繋がるものは思い至らない。幻獣との絆が関係しているとか、本人の技量が卓越しているかどうかとも言われているが、現代においてそれを検証することができていない。異能を操る技術が高く、獣化の素質があるかどうか、というところで落ち着いているのが現状だ。
「空奏さんの素質が無くなった、ということでしょうか」
「それは在り得ない。私とバルドが抑えているとはいえ、獣化自体はできているのだ。もし素質自体が無くなったのだとすれば獣化は行えないはずだ。数は多く無いが、獣化を行おうとして失敗した例はいくつか見ている。彼らは一様に獣化の気配すら感じ取ることができなかった。それに、そうであれば私たちは三年も悩んでいないのだからな。モカには悪いが、それだけは無いと言える」
ルウがハッキリと言い切る。
しかしそのように言われることは予想していたのだろう。モカは納得するように頷いた後、溜め息をついた。
「そうですよねぇ。……うーむむ。自分で言い出しておきながら何もできないまま、詰みです」
「その気持ちだけでも嬉しいよ。何か思いつくことがあったらまた一緒に考えてもらえると助かるかな」
「空奏さん……。わかりました」
「じゃあ、そろそろ俺は真白さんのところに行ってくるよ」
「はい、話聞かせてもらってありがとうございました。……あ、そうだ。疑問ついでにもう一つだけいいですか? 大した話じゃないんですけど」
「何だ?」
立ち去ろうとした空奏の背中にモカが声をかける。
振り返ると彼女は知識を渇望する研究生のような眼差しで空奏を見ていた。珍しい気配に思わず目を細めた空奏にモカは言った。
「空奏さんは、なぜ強くなろうと思ったんですか?」
「そりゃあさっきも言った通り、三年前みたいな失敗をしたくないからだよ。仲間が死んでいくのに、自分が動けたのは最後だけだった」
「ああいえ、そうではなく。その前です。異能を使えるようになってからそのツツジの件までの間のことですかね。最初に獣化が使えるようになるまでのことです」
「最初……。そもそもの始まりは、いつだったんだっけ」
空奏は己の内に問いかける。
モカに言われて久しぶりに思い至った。何故自分は強くなろうと考えたのだったか。
『誰かを守れる人になりたい』
彩那の言葉に心が痛んだのを思い出す。
それは空奏が強くなりたいと考えた思想の一端だった。
しかし、それだけではなかったはずだ。
すぐに出せると思った答えは形にならず、空奏は何も言えずに口をつぐんだ。




