4章 ③
三年前。空奏はツツジというソウルイーターを追っていた。
ソウルイーターが力を使った時はその場に個体別の残滓が残る。ツツジよる被害は他の個体とは比較にならない速度で増え続け、異能事案管理局は迅速な対応を求められることとなった。
ツツジの狙いを特定し、次に狙われると見られた少女を保護。そして管理局は少女を利用してツツジを誘い出すことに決めた。
作戦については内部から疑問の声も挙げられていたが、上層部はツツジの処理を優先。一時的に作戦指揮権を異能事案管理局本部に移し、空奏を含む十人のハウンドを配置した。
いくら人外の存在であると言えど、一体のソウルイーターを相手に十人も作戦に充てる事例はそう無い。
それだけの脅威と理解しながらも、最高戦力と目されていた真白は指揮権を取り上げられた上、戦闘の許可も降りなかった。後方待機を命じられた真白が『そんなに体裁が重要か』と悔しそうにしていた姿を今も覚えている。
そうして万全を期したとされた作戦は、七人のハウンドと少女の命を犠牲にして終息した。
管理局の把握しきれない範囲でも魂を収集していたツツジは力を行使したときに浮き出る模様が全身に巡っているようだった。そして、その力はソウルイーターという存在の恐ろしさを管理局の人間に再認識させるものとなった。
次々と倒れていく仲間たち。空奏は自身も負傷しながら、修司からの指令により真白の元まで少女を逃がすために動いていた。
しかし追い込まれてしまった空奏は、ルウとバルドの二体と同時に獣化することを決意。
一度も成功したことがなかった二体同時の獣化は、この時初めて成功した。
どうにかツツジを打ち倒した後、限界を迎えた空奏はその場で倒れ込んでしまう。
だがツツジはまだ完全に死んだわけではなかった。ツツジは最後の力で空奏に駆け寄った少女の身体に刃を突き立てた。そして満足そうな表情をして力尽きたのだった。
どうにか立ち上がり小さな身体を抱き起した空奏の腕の中で少女は息を引き取った。
そしてその死を嘆く間もなく空奏は気を失い、昏睡状態に陥った。
二週間後、昏睡から快復した空奏は二体同時獣化を完全なものにする必要があると決意する。
しかし、空奏の肉体はその日を境にして獣化に対し拒絶反応を起こすようになってしまっていた。何が原因なのか、空奏は自分でも理解ができないでいた。
かろうじてわかるのは、弱かった自分は更に弱くなったということ。
そうして無意識に引き起こされる拒絶反応は、三年が経った今でも空奏の心を蝕み続けている。
「寝覚めに見るには随分としけた面してんな」
獣化はアニマと幻獣の力を一体化する必要がある。二体同時は完全に不可能となってしまったが、現在は一体であれば空奏は獣化の行使が可能である。だがその持続時間は拒絶反応により最長でも三十秒と言ったところ。
ルウとバルドが無理やり空奏と力を一体化させている状態のため、昨日のようにルウたちの力が削がれていれば時間はさらに短くなる。
「そう言ってやるな。考えていることは大方予想がつく」
「んあ? 何だ、わかるのか?」
そして完全ではないとはいえ獣化のため、空奏と獣化した幻獣は休眠状態に入ってしまう。
幻獣が休眠に入れば空奏は異能が使えなくなるというアニマの特性がある。普通の獣化と異なるためか、獣化によるルウたちの休眠は長くない。
通常の獣化では回復に丸一日かかるのが標準となっているが、万全の状態から獣化による休眠に入った場合、彼らは半日もしないうちに活動可能となる。
怪我の治癒も兼ねている場合は長時間の休眠が必要となるものの、それでも回復速度は速い方だ。
「当然だ。この顔はあれだな」
「似合わないくらい真面目な顔だな」
それでも長時間異能が使えなければ、空奏は無理に戦闘ができない。交戦中にそのような事態になった場合、自分が死ぬだけではなく味方に負担を強いることになる。
しかし、昨日はその獣化しないで対処するという甘い考え方により追い詰められることとなった。負傷したのは自分だけではない。致命傷は避けられたものの、修司は重傷を負うことになった。
そして、彩那の異能の暴走を止めることができなかったことも、完全な獣化をして事態に対処できていれば防げたかもしれない。今回の件は空奏の責任が大きいと感じていた。
今までは何とか獣化無しでも対応してきたが、今回のようなケースを生んでしまった以上は完全な獣化ができないという欠点は一刻も早く解決しなければならない問題であると、空奏は改めて感じていた。
「朝ごはんを何にするかで悩んでいるのだろう」
「ああ、いい時間だからな。ケーキとかでいいんじゃないか?」
「……お前ら、出てきて早々適当なことばっかり言いすぎだろ」
そろそろだとは思っていたので驚きはしないが、昨日強く頭でも打ったかと疑いたくなるような会話が繰り広げられている。
実際バルドは頭を打っていたし、手遅れなのかもしれない。
「口を挟んでいいのかわからなかったから黙ってたけど。おはよう。二人とも」
「おはよう、琴絵。そういうお前は寝た方がいいんじゃないかっていう顔をしてるが、何かあったのか?」
「女性にとって寝不足は肌の敵と言う。彩那も寝ている様だし、一緒に寝たらどうだ」
「どんな人にも睡眠不足はダメだと思うよ。ありがとう、大丈夫だよ」
可笑しそうに笑う琴絵の顔にはもう弱気は見られない。それでも微細な変化に気づく辺り、バルドはやはり目聡い。病室の時と同じように彩那のベッドに前足をかけたルウは、彩那が寝ているのを見てすぐに離れた。
空奏から分かれた存在であるのにも関わらず、人間である空奏よりもよほど他人に対する気遣いができる。そういう光景を見るといつも、元が一つの存在であるということについて考える。
アニマとして覚醒した時に三分割された自分たちは通常あるべき「人間」という形から大きく乖離しすぎてしまったから獣化できないのだろうか、と思うこともあるのだった。
空奏はすぐにその考えに対して否定する。仮にそうだとすれば、幻獣がアニマ本人と別な存在である以上は年月を共にすればするほど獣化は不可能になっていくはずだ。そのような報告は聞いたことが無いし、何より獣化は存在を一つにするものではなく、力を一つにするものだ。
「早く何とかしないといけないのに……」
「そう焦るな。焦れば答えが出るというものでもないだろう」
「朝ごはんの話じゃないぞ?」
「獣化のことだろう?」
今度はルウも真面目に考えてくれたらしい。空奏が頷くと、ルウは空奏の足元にやってきて身体を伏せた。昨日の傷は癒えているので回復ではなくただの休息のようだ。
「何にせよ、空奏の傷が治らなければ私たちも動けん」
「そうだぜ。とっとと寝て治すことだな。熊井とかいう野郎をぶっ倒す計画はまだ後でだ」
「私たちが回復したからな。空奏の身体も三日ほどで快復するだろう。それまで辛抱だ」
特に詳細は話していないのに、何を見据えているかわかっている。考えていることは同じというわけだ。空奏は苦笑しながら同意を示した。治るまで寝ている、というわけにはいかないが、今の状態で出来ることをやらなければ。
「ところで、俺はそこのチョコが気になるんだが?」
「私もだ。疲れた身体には糖分が一番だからな」
「はいはい。今やるからちょっと待って」
幻獣にも糖分補給というのは当てはまるのだろうか。
空奏は目聡くチョコを見つけた二体と共に食べながら、今は彩那が起きるのを待つことにした。




