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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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3章 ⑤

「浅い!?」


 空奏の一撃を獣化という強大な力が阻む。

 想定よりも強靭なものと化していた肉体が想定よりも傷を浅くした。

 熊井は後ろに倒れそうになるのを堪えて空奏に向かって拳を振るった。不安定な態勢から繰り出された拳は本来の威力を無くしたが、空奏を吹き飛ばすには十分だった。

 空奏はルウの近くへと転がる。できるだけ離れていたのに、病院側へと寄ってしまった。

 懸命に立ち上がろうとするルウの姿に空奏も力を込めようとするが、思うようにいかない。いくつか骨が折れているのは確実だろう。


「獣化状態でここまで追い込まれたのは久しぶりだ。その礼と言ってはなんだが、一つ教えてやるよ。科戸空奏」

「冥途の、土産には……気が早いな」

「そう言うなよ。言っただろう、俺はお前とやれるのが楽しみだったと。お前の実力を知りたかったんだが、ガッカリだ。獣化もできないとはな」

「……」

「そして、お前の間違いを一つ訂正してやろう」

「……間違い、だと?」

「この状況、つまり戦闘風景だ。それを作って心に負荷をかけるのが目的だと、お前は言った。だが、それだけじゃない。負荷となる最後のピースは、お前だ。科戸空奏」

「俺が? 何を言って……」


 まさか、と空奏は思い至る。ここで自分の名前を出される一つの可能性。

 病院から抜け出した彩那を見つけたのは空奏と琴絵だが、話をして彼女と触れ合っていたのは空奏だ。今まで堪えていたであろう涙を流しながら空奏に話をしてくれた。

 そして病室。河原でそばにいるからと言った空奏に対し、彩那は「本当にいてくれた」と笑っていた。安心したように笑ってくれた。

 そこにあったのは、空奏に対する信頼。

 今まで逃げ続け、ようやく大丈夫だと思ったその矢先。熊井は目の前で空奏という安らぎを奪うことで彩那の心を折るつもりだった。


「空奏、さん?」


 琴絵のインカムを通して彩那の声が聞こえる。どうやら目を覚ましたようだ。

 熊井が待っていたのは、この瞬間。

 琴絵の腕に抱かれた彩那の様子に気づいたのだろう。目を覚ました彩那を目に留めた熊井はニヤリと笑う。そして焦らすようにしながら空奏の元へと近づいてきた。


「北野彩那。お前の覚醒のためにこの男には死んでもらう」

「やっ、やだ、空奏さん。わたし、やだぁ!!」


 叫び、腕から抜け出そうとする彩那を琴絵が必死で抑えている。

 琴絵は迷っていた。自分が彩那を守らなくてはならない。空奏と修司はやられたが死んではいない。今ここで背を向けて二人を見殺しにすることはできない。

 その時、インカムから騒々しい物音と共に音声が響いた。


「空奏さん、あと十秒稼いでください!」


 それは絶体絶命の状況に届いた逆転の産声。


「この声、モカか。琴絵……」

「でも、空奏くんたちが!」

「……何でもいい。俺の近くに物を実体化させろ」

「……え?」


 困惑する琴絵を置いてルウに声をかける。

 琴絵なら理解できなくともちゃんと遂行してくれるはずと信じて。


「(ルウ、力残ってるな。あれやるぞ)」

「(空奏、お前……。五秒、は無理だと思っていい。三秒以上は持たない)」

「(それでもいい。モカが来るまでに少しでも削る必要がある)」

「(……わかった)」

 ルウが姿を消し、空奏の中へと戻ってくる。

 それと同時に紙が飛んできて様々なものを空奏の近くに実体化させる。ただの机や岩、剣や盾など法則性もなく様々だ。選ぶ間もなく投げて寄越したのだろう。病院側に近づいていたことが幸いした。

 空奏は横に実体化した釘バッドを杖代わりにして立ち上がった。物騒な物まで実体化したものだと思いつつ、なぜそんなものを常備しているのかは考えないようにする。

 足を止めた熊井が辺りを見回して呆れたように肩をすくめる。


「何だこれは。焦って狙う余裕もないのか? ハウンドにも役立たずがいるんだな」

「いいや、優秀なサポーターだよ。いくぞ、ルウ。……3」


 揺らめくオーラを纏った空奏が目にも止まらぬ速さで熊井に肉薄する。


「まさか、お前獣化を!?」

「2」


 喉を狙った一撃は防がれた。しかし手足に限らず腹や脇、全身を切りつける。先ほどまで細かい傷しかつかなかった防具がみるみる削れていく。


「1。くそっ、届かないか!」


 いっそ倒しきれればと思ったが、決死の行動は止めを刺すには至らなかった。

 最後に熊井の巨体をを蹴りつけて空奏は後ろへ跳ぶ。

 さすがに遠くに飛ばすというわけにはいかなかったが、重量の増やしてある身体をよろめかせ、時間を稼ぐことはできた。

 着地の衝撃に身体を支えきれず、空奏は後ろへ転がって壁にぶつかる。


「どこにこんな力残ってやがった。まあそれも尽きたようだが」

「遅くなりましたぁ!!」

「なっ!?」


 車を飛び越えて一人の少女が現れる。少女は駆け抜けながら何かを投げるようにして腕を前に出した。すると、車や瓦礫、そして先ほど実体化された机や岩などの下から黒い何かが這い出して来る。


「捉えた!」

「チッ、なんだこれは!?」


 黒い何かは離れようとした熊井の足に絡みつき、他から這い出てきたものも同じように全身に纏わりついていく。力任せに振りほどいても再び拘束しようと蠢いているそれらを完全に引き剥がすことができない。度重なる空奏たちの攻撃がようやく目に見える効果を生んでいた。

 黒いそれらは影だった。どんどん増える影たちに熊井の身体は拘束されていく。


「くっそがぁ!!」

「拘束、完了!」


 黒い柱と化した熊井に動きは無い。ようやく獣化が解除されたかと思い、空奏は安堵の溜め息をついた。自分で倒すことはできなかったが、結果としてはまだマシな部類だろう。

 気を抜けば意識が飛びそうなのを我慢しながら空奏は近くに来たモカを見上げた。


「色々ナイスタイミング、モカ」

「空奏さんたちにチャンネル合わせたら、女の子の叫び声が拾えて。これは急がなきゃって」

「おかげで助かった。拘束強めてから浅木さんに連絡。修司さんの状態がまずいかもしれない」

「わかりました。すぐに警備と救急回します」

「頼む」


 ルウは眠りについているが、バルドはまだ実体化したまま気を失っている。

 できればバルドを回収したいところだが、先に向かわなければならないところがある。

 空奏は震える膝を叱咤して立ち上がった。


 よろめきながら立ち上がった空奏の姿を見て、彩那は胸が軋む様に痛むのを感じていた。

 たくさんの人が倒れている。金髪の男性と、幻獣と思われる鳥はモカと呼ばれた女性と結局名前を聞けていないお姉さんに助け起こされているが、他の人のことは気にしていない。つまり、あの倒れたままの人たちは自分を狙ってきた人たちなのだろう。

 あんなにたくさんの人が自分のことを狙っている。よくわからないが、自分の魂に用があるらしい。この場合の魂というのは彩那も知っている。イクシスやアニマと呼ばれる異能を持つ人間になるためのものだろう。

 空奏がこちらを見て微笑んだ。病室で見た笑顔と同じ、柔らかい笑みだった。


 ギシリ。


 再び胸が痛む。今度は音まで聞こえたような気がした。

 空奏は言ってくれた。そばにいるから、大丈夫だと。

 そしてそれをちゃんと守ってくれた。身を挺して、守ってくれた。

 でもいま、傷だらけの姿を見て思ってしまった。

 自分は、守られていいような存在なのだろうか、と。

 誰かが傷だらけになってまで守る必要のある人間なのだろうかと。

 病室を抜け出して橋まで行ったのは、つい考えてしまったからだった。

 隠していたことがバレた以上、誰かが傷つくことになる。

 でもそれは、彩那がいなくなれば傷つく人はいなくなるのだ。

 だったらいっそのこと、死んでしまった方がいいのではないか。

 途中から追ってきたいつもの人たちには悪いけど、目の前で飛び降りれば諦めてくれる。

 けれど、手すりに立っていた自分を抱きしめてくれた手は、温かかった。

 頭を撫でてくれた手も、背負ってくれた背中も、安心できる温もりに溢れていた。

 そこでまた、思ってしまったのだ。

 生きたい、と。

 でも今の空奏を見て、その想いは我が儘であると思った。

 大事な人にこんな怪我をさせて、命を落とす危険に会わせてまで、守られていいはずがない。

 だって自分には、その価値が無い。


 ギシリ。


 また、胸が痛む。

 自分が生きている限り誰かが苦しむことになるのなら、いっそ。


「わたしは、生きてちゃダメなんだ」

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