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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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3章 ④

 アニマと幻獣が一体化し、その力を十全以上に引き出すことができる状態を獣化という。

 一説によると、アニマは人間の身体では抑えることができない異能を幻獣の顕現という形で二つに分けられた存在であるとされている。これの根拠として、アニマの覚醒の際は死に至る程の傷を負っていたものでも、障害を持っていたものであっても覚醒と同時に五体満足の形に肉体が構築されるという点がある。そして獣化は、その二つに分けられた力を無理やり一つに繋ぎ止めるというものであり、これにより人の身ならざる力を得ていると言われている。

 獣化できる者はそう多くはなく、高い実力を持ったものがそれを会得できると言われている。

 修司が顔をしかめるのも無理ないことだ。


「修司さん、サポートお願いします」

「上から降ってきた時の力を考えると捕まったらまずい。相手の異能もわかってないんだ。気をつけろよ」

「魂は青。人間です。私もサポート入ります!」

「ありがたいが、その辺りからじゃ紙が使えないだろ。琴絵ちゃんが俺よりもあいつに近づくのはまずい。あの速さで来られたら俺でも空奏の援護なしじゃ避けきる自信はないんだ。こう言っちゃなんだが、的になるぞ」

「……はい」


 琴絵が悔しそうに了承する。だが修司の言うことはもっともだった。

 身体機能強化の異能がある空奏が前にでて修司がサポートに入る。修司も速いが、それは人間の出せる速さだ。真っ向勝負では熊井には勝てない。ならば尚のこと、琴絵は回避するのは難しいだろう。

 幻獣が外に出ていないと異能を使えないという原則を無理やり破って行う獣化には、その持続時間に制限がある。持続時間を過ぎれば、力を使い果たした幻獣は眠りにつくため、それまで持ちこたえるしかない。本来ならばもっと有利な状態を作るか、時間まで回避に徹するかのどちらかだが、今は後ろに守らなければならない者がいる。


「いや、違うか」


 持ちこたえる? 回避に徹する? 空奏は弱気になっている自分を叱咤した。確かに相手の速さと力は脅威だろう。異能も判明していない。しかしそれがどうした。自分はハウンドの一員であり、相手は保護対象である彩那を狙う敵の親玉だ。なら、あの子の不安を拭い去るチャンスだと思わなくてどうする。

 空奏は刀を抜いて低く構える。熊井が怪訝そうに眉を寄せた。


「獣化もしないとは舐められたものだな、科戸空奏。俺はお前とやれるのを楽しみにしてたってのに」

「俺のこと知ってるのか。それは光栄だね」

「こっちの世界にいて知らないやつは、よっぽどの新参かモグリかのどっちかだろうよ」

「俺にもあんたのことを教えてくれると嬉しいんだけどね、熊井陽介」

「時間が惜しいからな。世間話の続きはまた今度だ」


 相手の間合いがわからない以上は自分の間合いで戦うほかない。得物があればわかりやすいが、熊井は短い刃の突いた手足の防具以外に武器の類は持っていない。遠距離に対応できる異能を持っているなら空奏の方が不利になる。

 距離を詰めて腰のあたりを狙い繰り出した刺突は熊井の腕に防がれて逸らされる。そのまま熊井の横を駆け抜けて背後に回るが、向き直ると熊井が迫って来ていた。空奏の目前で急激に速度を落とした熊井は踏みこんだ足を地面にめり込ませながら振りかぶった腕を空奏に向かって叩きつける。

 空気を裂くような音のするそれを空奏は横に跳んで躱した。

 空奏の代わりに殴りつけられた地面に小さな窪みができるのを見て、空奏は思わず冷や汗を流した。


「あんなのまともに当たったら一発でぐちゃぐちゃになっちまうな」


 バルドが地面にできた窪みを見て思わず唸る。バルドは空奏とルウの動きに合わせて風を送ることで移動速度と距離を伸ばすアシスト役に徹している。

 攻撃用の身を裂くような風を生成して援護したいところだが、アシストを止めれば捉えられてしまう可能性がある。

 後方からナイフが飛んできて空奏が距離を取るのを援護する。修司のナイフによって足の止まった熊井に、空奏の逆から迫ったルウが飛び掛かる。態勢を整えた空奏はすぐに攻撃に転じ、ルウと同時に斬りかかった。瞬間、空奏は腕に違和感を覚える。

 まるで双方が見えているかのようにどちらも的確に防がれてしまった。一体化している幻獣が補佐しているためだろう。熊井の視野は通常よりも広い。しかし二人がかりで防がれたことよりも、空奏は自分の腕に感じた違和感の正体を追いかける。


「(なんだ、今の)」

「(おい空奏、また来るぞ!)」


 防具に阻まれながらも足に咬み付いていたルウは、何かに引かれる力を感じてすぐさま離れた。

 振りぬいた空奏の刀を防いだ熊井は、攻撃を防いだ瞬間に後ろへ跳んでいた。大きく距離を取った後、地面を蹴って再び凄まじい速度で空奏に迫る。受けるのは無理と判断して回避するも、思考に囚われたせいか今度はギリギリだった。籠手についた刃が空奏の腕をかすめる。バルドの注意がなければ大きく裂かれていたに違いない。

 ルウがフェイントを入れながら動き回り、飛び掛かる。上手く避けられて咬み付かれる箇所を防具のある場所へ誘導されてしまっている。振り回した腕に投げ飛ばされ、空中で身を翻しながらうまく着地したルウに代わり今度は空奏が迫る。

 迫って来る時の速さはともかく、一度止まった時の熊井は空奏よりも動きが遅い。それでも防御を合わせてこれるのは幻獣の補佐によりものか。再び籠手によって阻まれた空奏はルウと同じように後ろに飛ばされる。同時に飛び退いた熊井が、空奏に体勢を立て直させないように迫って来るが、修司のサポートに救われて何とか間に合わせることができた。

 熊井には遠距離は無い。その後も続いた何度かの攻防の末、空奏はそう結論付けていた。

 低空を飛行して空奏たちの動きに合わせているバルド。二人が高速で動き回るため、頻度こそ少ないが的確に複製ナイフによる奇襲を行う修司。サポート役を潰しに行かないのがその証拠だ。


「(空奏、怪我は大丈夫か?)」

「(まだルウと同じで掠ってるだけ。動くのに支障は無いよ。ただ、あっちも一緒だろうけどな)」


 空奏とルウは何とか直撃は避けているものの、手足についた短い刃が着実に空奏たちの傷を増やしていく。

熊井もまた細かな傷はあるものの、空奏たちは致命的な一撃を与えられずにいるのだった。


「(長引いてるおかげで異能の正体はわかった。あれは重さを増減しているんだ)」

「(重さ……。あいつが移動する時の速さはそのせいか)」

「(そう。攻撃にしても同じ。加速状態から急激に重さを増やして、慣性と全体重を乗せた腕をぶん回してる。だからあんなに力が出るんだ。だから大振りをするときは一度引く必要がある)」

 弾かれた時に感じた違和感の正体はこれだった。すぐ後ろに飛び退いているから感触が薄くなるのだと感じたのだが、それは違った。空奏の攻撃を敢えて防具で受け、それを利用して後ろに下がっていたのだ。

 単純な反応速度や地面を穿った時の拳の強さは、獣化によって幻獣の影響を受けて強化されたものだろう。

 しかし、種が分かったところで相手を上回ることができていないのは変わらない。

 傍から見れば善戦しているであろうこの状況に空奏は危機感を抱いていた。

 おかしいのは熊井の態度だ。まだ何か隠している可能性が高い。

 時間が惜しいと熊井は言っていた。それは獣化していられる時間であるはずだ。だが彼に焦りは見えない。熊井が囮であり別の人物が彩那を確保しに動いていたとしても、琴絵がいる以上そう簡単には奪えないはず。時間は限られているのに、余裕すら感じられるあの落ち着き様はなんだ。

 例え獣化の持続時間が人並外れたものであったとしても、今の状態ではジリ貧のはずだ。空奏たちをどうにかしない限りは彩那の確保という目的は果たせない。

 そこまで考えてから空奏はハッとする。


「修司さん、琴絵と彩那ちゃん連れてすぐ支部まで行ってください!」

「は? お前急に何を」

「あいつの狙いは彩那ちゃんを連れて行くことじゃありません! 彩那ちゃんが目を覚ます前に早く!!」


 俺はいつから友魂同盟の目的が彩那を連れていくことだと勘違いしていた?

 彩那は今日の三人組はどこかに連れて行くつもりだったみたいだと言っていた。そして確かに藤は「あの女の子を渡せ」と言った。彼らの目的は彩那で間違いはなかったはずだ。

 だが、友魂同盟自体の目的は異能を覚醒させること。そして仲間を増やすこと。そのために時間をかけて彩那を追い詰めていたのではなかったか。


『最近、アニマの誕生は覚醒に伴う強い感情の発露が原因、っていう噂があるらしいんだけど、知ってる?』


 スターチスが言っていた話が脳裏をよぎる。

 自分がそうではないから、そんなことはないだろうと思っていた。しかし、ただの噂ではないとしたら。それが実例のあるものだとすれば。


『わたし、わたしの……せいで、誰かが辛い思い……するの嫌、だからぁ』


 いま、彩那にとって強い感情を引き起こすもの。それは、自責と後悔。

 今彩那が目を覚ますのはまずい。この場にはまだ幾つもの死体がある。そして血を流しながら苦戦している自分の姿を見てしまえば、あの死体もまた彩那のために戦ったものだと思ってしまう可能性がある。

 その勘違いをしなかったとしても、自分が起点となってこの戦いが起こっていることをあの子は理解するだろう。自分のせいであの人たちは傷ついた。そう考えてもおかしくはない。

 全てただの憶測。しかし、短い間でもあの少女と話した空奏にはその考えを否定することができなかった。

 通常の覚醒なら問題ないはずだ。しかし、爆発した感情で異能が暴走することになったら。どんな異能や幻獣が発現するかは誰にもわからない。それともまさか、熊井はそれを知っていると言うのだろうか。

 どちらにせよ、コントロールできない異能は、場合によっては周囲一帯に甚大な被害を及ぼしかねない。


「なんだ、やっぱり今日仕込んだぐらいの情報じゃあ思い込ませるのは限度があるか」

「ここまで騙せれば十分だろ。何が時間が惜しいだ。まるで獣化してでも彩那ちゃんを確保しに来たみたいに見せかけやがって。お前の狙いは、この状況を作り出してあの子の心に最後の負荷をかけることだな」

「ははっ。わかってるじゃねえか。だが惜しいな。及第点ってところだ」

「なんだと?」

「時間切れだ」


 瞬間、背筋に悪寒が走る。反射的に上に跳んだ。バルドが空奏の腕を捕まえ、別な方向に投げる。着地した際に痛みが走る。躱し損ねたわけではない。確かに拳は躱したが、風圧で左足に裂傷が刻まれていた。


「今ので仕留めるつもりだったんだが。まあ、その足じゃあ今までのようには動けないだろ」

「……まだ止まるわけにはいかないんでね」


 体重をかけると鋭い痛みが走る。

 深手ではないが、熊井の言うとおり先ほどまでの動きはできそうにない。

 再び動こうとした熊井が飛来した何かを避ける。修司のナイフではない。それは空奏と修司が倒した友魂同盟のメンバーが持っていた円盤だった。

 いつの間にか動き回り飛び道具を手に入れていたのだろう。円盤を複製し投げつける修司。だが、先のナイフのように防がれるのではなく熊井は回避していく。明らかに変わった熊井の動きに円盤やナイフ、他の道具類もその身体を捉えることができない。


「ぐっ!?」


 正面から距離を詰めた熊井が苦悶の声を上げる。

 動きを止めた熊井だが、裏拳で修司を殴り飛ばした。見れば、熊井の脇腹には槍が刺さっていた。各飛び道具類で攪乱していたのはこれを当てるため。一瞬の隙に腕でガードすることはできた。しかし地面を転がり、全身を打ち付けた修司はぐったりと弛緩して動かなくなった。

 修司は自分の身を犠牲にしてでも一手を報いた。ここで動けなくては彼に合わせる顔が無い。

 複製槍の消えた脇腹にルウが噛みつく。傷口に喰らい付かれた熊井がルウを掴み無理やり引き剥がして投げつけた。

 空奏は二人の作ってくれた機会を見逃さなかった。足の痛みは無視して身体の許す限りの速さで熊井に迫る。急降下したバルドが熊井の目を狙い、振り上げた拳に叩き落される。その一瞬が空奏に踏み込むだけの猶予をくれた。

 ルウと修司が開いてくれた傷口に向けて一閃。空奏の刀がその身を切り裂く。

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