3章 ③
「上から構成員を確認、数二十。全て青です。ソウルイーターの存在は確認できません」
「わかった」
琴絵が特殊ゴーグルを通して確認した結果報告を受け、修司が頷く。
管理局のゴーグルで識別した際、ソウルイーターの魂は赤い反応を示す。それが無いということは、今回の相手は全て人間ということがわかる。
「出てきたか」
「出迎えられるなら女の子の方が良いよなあ」
「まあ男に出迎えられる趣味はないですね」
複数の銃口に出迎えられた二人の前に一人の男が進み出る。遮蔽物も無く、今にも火を噴きそうな銃口を前にしても修司と空奏には緊張感が無い。
軽口を叩く二人を見て男の口元がピクピクと震える。まさか額に青筋を浮かべながら笑いを堪えているわけではないだろう。
若い男だった。二十代前半ぐらいだろうか。神経質そうに何度もメガネに手をやっている。だが落ち着きがないというわけでもなく、その目は泳ぐことは無く空奏たちを見ている。
「それで、わざわざお出迎えしてくれたのは何でだ? 車で来たってことはドライブのお誘いかい?」
「……口の減らない男だ。あの女の子を渡せ。あれは貴様らが触れていい器ではない」
「器、ね。おい空奏、もうちょっと待て。斬るには早い」
身を低くした空奏に修司が釘を刺す。できるだけ情報を引き出したいのだろう。琴絵の準備も整った頃だろうし、何人か残しておけば良いのではないかと思うのだが、修司には考えがあるようだ。ここは大人しく従うことにする。
あの三人組と同じ、この男の目的も彩那を連れて行くことのようだ。
「お前らあの子の異能を覚醒させたいんだろう? わざわざ連れていく必要はないじゃねえか。大人数で病院に押しかけやがって。びっくりしてジジババが倒れたらどうしてくれるんだ。若いんだから配慮しろ、配慮」
「ふん、老い先短いやつらのことなんか知るか。俺たちは今できることを全力でやるまでだ」
「若いなあ。おっさんそういう熱意は置いてきて久しいから、ちょっとついていけないわ」
「あんただって二十代だろう。そんな仕事してないで俺たちと一緒に世間の目を覚まさせてやろうぜ」
「この仕事も楽じゃなくてなあ。できるならあんたたちみたいに在りたいよ。それにその熱意の源は羨ましいな。世間の目を覚まさせるって、それが異能の覚醒とどうつながるんだ?」
「俺たちの活動は知ってるんだな。なら教えてやろう」
興味を持たれたことで調子づいたのか、得意になって男が話し出す。
異能者がどれだけ素晴らしいかということを世に知らしめるというのが男の主張だったが、だんだんと熱の入る語り口に空奏は途中から飽きてきていた。時折驚嘆し、理解を示しながら相槌を打っている修司はすごいと思う。各所には話を付けてあるので横槍の心配はないだろうが、こう時間がかかるのはじれったい。
「それで、そんな素晴らしい考えを立案された方の右腕と見られるあなたのお名前は?」
「……!! わ、わたしか? 私の名前は藤浩太という!」
いつの間にか二人とも口調が変わっている。名前を問われた藤という男は何やら妙に嬉しそうだ。周囲の様子を見るに、地位は高くてもあまり慕われていないのだろうか。
「そうか、浩太さんか。素晴らしいお方である浩太さんが信奉するその方はさぞすごい人なのだろうな」
「そうだ。そうだ! 熊井陽介様は素晴らしいお人だ! ハウンドの連中なんてゴミの集まりだと思っていたが、なんだ話せばわかるやつもいるんだな。さあ、俺たちと共に行こう。あの子を覚醒させ、イクシスとアニマの優位性を人類に知らしめてやろう!!」
「ああ!!……すまん、さっぱりわからん。琴絵ちゃん」
藤が伸ばした手を取ろうとした修司が、その手を降ろして琴絵に呼びかける。
すると、後方より飛来した紙が五台あるうち病院に近い位置にあった三台の車の上に乗り、巨大な岩を実体化させる。
車に誰も乗っていなかったのは幸か不幸か。
車がひしゃげた音を合図にして、友魂同盟にとっての地獄が始まった。
緩み切った空気の中を空奏が駆け、銃の持ち主に肉薄する。銃を持っていた六人は反撃もままならずその場で切り伏せられた。
自分の後ろにあった車が潰れた音に振り返り、藤は言葉を失った。
その背中に向かって感情の籠らない目で修司が告げる。
「この仕事も楽じゃなくてな」
腰から抜いた持ったナイフで喉を掻き切る。
崩れ落ちる藤の身体を避けて修司は次の獲物に向かって走った。
修司は自分の異能を「複製」と呼んでいる。認識した物体を複製し、近くに出現させる異能。
これにより修司は常備しているナイフの他に投擲武器として実質無限のナイフを持つことが可能になっていた。
右手に持っていたナイフを左手の上へ複製。車の陰に入りながら投げつける。ナイフはルウに向かって槍を突き出そうとしていた青年の首に刺さり、青年は悲鳴を上げる間もなく絶命した。
「空奏!」
短く呼びかけ、青年が持っていた槍を斜め上に向かって投げる。後ろに引きながらそれを複製。大きいもの、複雑なもの、自分から離れた位置の物を複製するのは隙が大きくなってしまう。
それを知っているルウが上空を見やる修司の元へと走り、付近の敵を警戒する。
そして、一本の槍はたちまち雨となって降り注いだ。
悲鳴の上がる車の陰に飛び込み、肩を負傷している相手の腹へとナイフを突き刺す。その身体を突き飛ばし、飛んできた円盤を身代わりに受けさせて自分はその場を離れる。
後退した修司の身体が何かに引き止められて揺らぐ。目をやると、そこには頭から血を流して息絶え絶えになりながら修司の足を掴む少女の姿。
動きが止まった僅かな隙。その時を待っていたように地面から大柄な青年が現れた。
さらに後ろから聞こえる雄叫び。二人の青年が前後から修司を狙う。
正面の青年は肘まで覆う籠手を装備している。これは防がれる。そう思った修司の耳にバルドの鳴き声が届いた。
修司は身体を捻り身体の向きを変えながら少女の手を踏みつける。拘束が解かれた。
後ろ側から突っ込んできた青年が持っていたのは炎を纏う青龍刀だった。横薙ぎに振りられたそれはナイフでは受けきれない。後ろへ跳んで身体を反らし、ギリギリで避ける。すぐさま車の上へ飛び乗り、青龍刀の青年をナイフで牽制。バルドが抑えてくれていた籠手の青年の後ろへと回り込んだ。
「交代だ、重くて崩せねえ!」
「サンキュー、バルド!」
隙を作ってくれたバルドに感謝しつつ、刃が飛び出た籠手が振り回される前に息の根を止める。
倒れた青年の向こうでは、空奏が青龍刀を持った青年を切り伏せたところだった。
そうして二十人近くいた友魂同盟の人間に、立っている者はいなくなった。
呻いている声がする。痛い痛いと泣いている声がする。助けを請う声がする。
血痕の飛び散る地面と転がる身体。中には動かぬ死体となった者もいくつかいる。
相手が殺す気で来ている以上、情けをかければ自分たちが死ぬ。
空奏は極力殺さないようにと考えているが、その考えが甘いこともまた理解していた。
「逃げたのは?」
「三人ですね。それ以外は向かってきました」
「そうか。しかし、正面からだけとは思わなかったな」
別の部隊が病院を襲撃する可能性を考えて、琴絵には病院のすぐ入り口にいてもらった。琴絵の紙は自動で発動するものではないため、狭い病室では戦うのに不向きだ。病室まで踏み込ませるわけにはいかななかった。
浅木に連絡を入れ、救急隊が負傷者を病院に運び込む間、新手に備えて警戒態勢で待つ。
「そういえば、何なんですかさっきの喋り方。気色悪い」
「昨日お前がやってた敬語もどきも大概だろうが」
「いや、名交渉役だったでしょ。というか何でそんなログ見てるんですか」
「モカちゃんが爆笑してたから何かと思ってな」
「……そのモカはまだ来ないみたいですけど」
「さすがに終わる前に来ると思ったんだが、来なかったな。こっちは俺がいる。空奏は琴絵ちゃんとこ行って……何か来る!!」
空奏と修司は同時にその場から後方へ跳んだ。
空から飛来した何かは地面にクレーターを作り上げ、砂埃を巻き起こす。車の残骸を吹き飛ばすほど衝撃に通りから悲鳴が聞こえた。
砂埃が晴れた先に立っていたのは、炎のように揺らめくオーラを纏った巨人だった。
体長二メートルに届きそうなほどの背丈。そこから伸びる長く太い手足は防具に覆われている。こちらを睥睨する様はまるで大木のようで、突然現れた大男の存在感に空奏は思わず言葉を失う。
「何してんのかと思ったらもう死んでんじゃねえか。もうちょっと粘れや。忠実の言葉が泣くぜ? ま、ハウンド二人相手じゃ仕方ねえか」
「あんたが熊井か。藤の花言葉なんて知ってるあたり繊細そうだが、そいつを心配して来た、ってわけじゃなさそうだな。名前の通り熊みたいなやつだ」
血を流して倒れている藤の姿を見つけ、溜息をついた熊井に修司が言う。そちらに顔を向けて熊井はニヤリと笑った。獰猛な獣のような気配が漂う。
瞬間、修司は反射的に横に跳んだ。しかし熊井は常人離れした速度で修司に追いすがり、その腕を伸ばしていた。
「バルド、合わせろ!」
修司に熊井の腕が届く直前、空奏とバルドによって起こされた暴風が修司を吹き飛ばす。熊井の腕は空を切り、地面に転がった修司はすぐさま体勢を立て直して大きく距離を取る。
空奏もまた熊井の腕が届かない位置まで距離を取った。
インカムから修司の声が届く。
「悪い、助かった。なんなんだあいつ、速度上昇系の異能か?」
「わかりません。ただ、あのオーラ。あいつは獣化してます」
「……みたいだな。厄介なもんが出てきたな」




