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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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3章 ➀

 目を覚ました彩那が目にしたのは、真っ赤な目に新しい涙を浮かべている施設の職員、上村の顔だった。上村は彩那のことを抱きしめながら謝った。何度も何度も。危ない目にあわせてごめんなさい、と。

 彩那は不思議に思う。何故上村は謝るのか。隠していたのは自分なのに。彩那もまた上村に謝った。隠していたこと。病院を抜け出したこと。心配をかけたこと。

 上村は彩那を責めなかった。ただ一言「もう大丈夫だから」と言って頭を撫でてくれた。

 その様子を見ていた空奏はそっと病室を出た。


 自分も同じく「大丈夫」という言葉をあの子に送ったというのが、何やら不思議な気がした。

 落ち着くまで待ってから話を聞くことにして、壁を背にして待つ。


「(異能に目覚めるのは先天的にその素質がある人だけだよな)」

「(そうだな)」

「(彩那ちゃんを執拗に狙うってことは、その素質があることは確信している)」

「(それに、覚醒も近いものと見ていいだろう)」

「(そうなのか?)」

「(真白が言っていたな、帰りが遅くなることは以前からあったことだと。しかしそれは毎日のことではなかった。時間をかけて覚醒に導いてきたのだろう。それが昨日、今日と続いた。もしかしたら、ここ数日続いていた可能性もある。昨日に関しては尾行してきたやつがいただろう? 結果こちらから仕掛けることにはなり逮捕に至ったが、そのような危険を冒す必要性はなかったはずだ。そして今日、彩那は友魂同盟のやつらが近くにきたからこそ病院から離れることにしたと考えられる。覚醒にまだかかるならここまで追い詰めるのは論外だ。実際に彩那は橋まで逃げ、私たちがもう少し遅ければ身を投げていたかもしれないのだからな)」


 ルウの言うことはもっともだった。

 ただ、覚醒が近いにしても急いで追い詰めるようなことをしなければならなかった理由がわからない。

 そもそも追い詰めることで覚醒するということも空奏には疑問だった。どうして急ぐようなことをしたのか。今日の三人の独断専行だったということだろうか。

 いや、三人の異能は直接戦闘向きのものだった。病院のどこかにいる彩那に自分たちの存在を知らせるようなことをできるとは思えない。となると独断専行の線は消えるか。

 考えていても答えは出せそうにない。空奏が友魂同盟について知っていることはあまりにも少ないのだ。まずは情報を増やす必要がある。


「科戸さん」


扉を開けて上村が出てきた。近くにいた空奏に気づいて声をかけてくる。

空奏は思考を切り替えて壁から離れた。


「彩那ちゃん、落ち着いてくれました。科戸さんが話したいことがあるそうだと言ったら、彩那ちゃんも話したいと」

「そうですか。ありがとうございます」

「私は施設長に報告もありますし、一度戻らないといけません。申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます」

「わかりました。あまり無理させないようにしますので」


 同席すると思っていたので少し意外に思う。彼女にも仕事があるだろうから、長居はできないということだろうか。

 会釈をして去っていく上村を見送り、入れ替わるように空奏は病室に入った。



「疲れてると思うけど、ごめんね。話を聞かせてほしいんだ」

「うん。空奏さん、本当にいてくれたんだ」

「もちろん、いるとも。実はこっそりと見ているかもよ?」


 河原での会話のことだろう。茶化して言う空奏に彩那は安心したように笑う。

 ベッドの横にある椅子に腰をかけさせてもらい目線を合わせる。ルウが足元に実体化し、ベッドに前足をかけた。


「あ、ワンちゃん!」

「彩那よ、私は犬ではない。狼だ」

「……喋った!!」

「幻獣だからな、話ぐらいする」

「そうなんだ」


 幻獣でも喋らない個体もいるので、一括りにはできないと思うのだが。

 ルウもバルドも、普段はむやみに人前に出るようなことはしない。

 こうして実体化したのは、何か気になることがあるのか。それとも心配して出てきたのだろうか。

 おずおずと手を伸ばした彩那に向かって頭を低くして撫でやすくさせている辺り、ルウなりの気遣いなのかもしれない。ルウの毛並みはもふもふとしていて撫でると気持ちがいいと好評だ。

 おかげで空気が軽くなったので、空奏は話を切り出すことにした。


「ルウのことは揉みくちゃにしてていいよ。さっそく本題に入らせてもらうね。彩那ちゃんのこと少し調べさせてもらったんだけど、三か月ぐらい前に今の施設に来たんだよね。前のところにいる時もあの人たち……友魂同盟って言うんだけど、その人たちに追いかけられたりしてた?」


 彩那が目覚めるのを待っている間、浅木から送られてきた彩那についての情報に目を通していた。

 現在小学三年生。身体・精神いずれも特別な特徴は見られない。よく図書室にいることがあり、本を読むことが好きな様子。気遣いのできる子だが、人と少し距離を置いた付き合い方をしているのが気にかかるということが昨年の担任からは挙げられていた。

 以前からこの付近にいたのかと思っていたのだが、彼女は三か月ほど前までいた施設が火事により全焼したため、今の所に移って来たらしい。


「ううん。前はそんなことなかった。あの人たちがわたしのところに来始めたのは……今が四月だから、二月ぐらいの時」

「二か月も前から……。誰にも相談しなかったのは、巻き込みたくなかったからなのかな」

「最初は、怖かったから話さなきゃって思ったの。でも、誰かに話したらまた火事の時みたいに大事な人が傷つくぞって言われて」

「火事……前のところであった火事か」

「最初は読めなかったけど、テレビで言ってるの聞いてわかったの。『魂を解放しろ』っていうの。火事の時もあった。見ることが多くて。この前も見つけたの。だから、言ったらダメなんだって。わたしじゃなくて、他の人が怪我することになるかもしれないから」

「自分が怪我をするのは別によかったの?」

「怖いし、痛かったけど、真っ暗になってしばらくするといなくなったから。そこまで、逃げれば大丈夫だって思った」

「真っ暗っていうのは、夜になったらってことだよね? それで、いなくなってから帰ることにしてたんだ」

「……うん」


 彩那が徐々に舟を漕ぎ始めていた。これ以上続けさせるのはまずいだろうか。あまり思い出したくない記憶を掘り下げさせている状態だ。精神的な疲労も大きいかもしれない。

 無理をさせるのは良くないが、もう少しだけ耐えてくれと思いながら空奏は続けた。


「学校の帰りにだけ追われてたのかな?」

「……うん。お昼に見ることはあんまりなかった」

「ごめん、次が最後。その追いかけてくる人たち、何で彩那ちゃんを狙うのかって言ってた?」

「えっと……なんか、強い魂がなんとかって。でもさっきは、どこかに連れていって何か……だから、高いところから落ちて、逃げ、なきゃって……ごめんなさい」

「いや、謝ることじゃないよ。大変だった時のこと、話してくれてありがとう。ほら、横になろう」


 身体を横たえた彩那に毛布を掛けてやると、すぐに寝息が聞こえてきた。所々たどたどしい部分はあったが、疑問だった点についてはしっかりと返してくれた。

 小学三年生ということは、日にもよるのだろうが学校が終わる時間はそう遅くない。

 友魂同盟が現れた日は、陽が沈むまで一人で動き続けていたのだろう。不安と恐怖に満ちた二か月を過ごしたに違いない。

 彼女の境遇は想像するに余りある。空奏はまず報告を入れてしまうことにして浅木を呼び出した。




 報告後、護衛を含む待機指示が出た空奏は静かな病室に残っていた。

 空奏は彩那の寝顔を眺める。その表情は安らかなもので、思わず頬が緩んだ。


「頬を緩めるのは良いが、気は緩めるなよ」

「わかってるよ。……ちょっと、前のこと考えてただけ」

「……そうか」


 ルウはそれ以上何も言わなかった。ただ黙って空奏の横で伏せていた。

 もう三年経つ。あの時も、保護した女の子が寝ている横でその目覚めを待っていた。

 空奏は自分がなぜ焦っていたのかわかった気がした。状況が当時と似ているのだ。

 逃走中の少女。保護しに動いていた自分たち。

 だから、助けなければという想いが先行してしまっていた。

 あの時救えなかった彼女と、重ねてしまっていたのだった。


「俺は、同じ失敗はしない」

「俺たちだ。それに力みすぎは良くないぜ。思考が鈍る」


 バルドが羽を伸ばしながら実体化する。

 ルウの背中に降り立った彼は空奏を見上げて欠伸をした。しばらく出番が無さそうだと判断して完全に寝ていたようだ。しかし、欠伸をしたのは余計な力の入っている空奏に対して余裕を見せてくれているのかもしれない。

 空奏は笑って頷いた。


「そうだな。じゃあ、琴絵が彩那ちゃんに『琴絵お姉ちゃん』て呼ばれたらどうなるかを時にどうなるかでも考えておくか」

「俺は琴絵が卒倒するに賭けるぜ。千円な」

「なら私は猛然と走り出すに賭けよう」

「金賭けるのかよ。それだとどっちが勝っても、俺の財布から抜かれて戻って来るだけなんだけど?」

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