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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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序章

 夕暮れの街、大きな通りから少し細い道へ入ったその場所は、不穏な喧噪に包まれていた

 燃え盛る建物を前にして、消防隊が必死の消火活動を行っている。

 行ってきますと言って学校へ行き、ただいまと言いながら帰ってくる。

 日常であり、新しい居場所だった建物が炎上しているのを見て、少女はその場にへたり込んだまま動くことができないでいた。


「もしかして、君はここの施設の子かい?」


 目線を合わせるように片膝をついて声をかけてきたのは一人の男性警官だった。

 ぎこちない動きで警官を見上げた少女は小さく頷く。


「そうか。お名前、言えるかな?」

「……彩那」

「彩那ちゃんか。少し待っててね」


 そう言うと、警官は懐から端末を取り出してどこかへ連絡を取り始めた。

 口を動かしたことでようやく身体に力が入るようになった彩那は、背にしていた塀から離れて憑りつかれた様な足取りで燃える建物に向かって歩き出す。遅れて気付いた警官が慌てて彩那の肩に手を置いた。


「危ないから近づいちゃだめだよ!」

「ごめんなさい。でも、もう少しだけ近くで見たい」


 連絡を取っている途中で走り出されでもしたら困ると判断したのだろうか。警官は逡巡の後、少しだけだよと言って手を離した。

 道路の半分ほどまで来たところで救急車の邪魔にならない辺りに止まり、敷地内を見まわす。消火活動を行う消防隊員。倒れている施設の職員や子どもたちを運ぶ救急隊員。凄惨たる現場を見て思わず駆け出しそうになり足を踏み出すが、微かに聞こえた声に制止されて身体が勝手に動きを止める。

 後ろに立った警官が安堵したのを感じて我に返り、彩那は胸を押さえて浅くなっていた呼吸を整えた。


「彩那ちゃん。今役所の人に調べてもらっていたんだけど、確認できたよ。名前は北野彩那。第三小学校の二年生で合ってるね?」

「……うん」

「こんな状況だから、警察と役所の方で彩那ちゃんの保護をさせてもらうよ。パトカーに乗って移動しよう」


 彩那のことを気遣い、優しい口調で話しかける警官に対して彩那は小さく頷いた。なぜこんなことになっているのか。友人や職員たちは無事なのか。頭の中を様々な考えがよぎり消えていく。困惑や哀しみ、罪悪感に襲われて彩那は警官に従って歩き出す。

 彩那が今あちら側にいないのは、学校の図書室で本を読んでいたからだった。もし図書室へ行ったのが今日じゃなければ、今頃どうなっていたかわからない。だが、自分だけが無事かもしれないという考えが彩那の胸を締め付けていた。


「あの、職員の若いお姉さんは…」


 安否を気にする言葉は最後まで形にならずに空に消える。

 確認するのが怖い。ひと際自分のことを気にかけてくれていたあの人がいなくなってしまう事実を突きつけられるのが怖い。

 彩那の様子に何か感じるものがあったのか、警官は注意深く口を開く。


「大丈夫だよ」


 嫌な思いをさせてしまったかもしれないと後悔する。だが、安心させるように小さく笑みながら「大丈夫」と言ってくれたことで彩那の心は少しだけ上を向くことができるような気がした。

 手を引かれながら歩く彩那は、何となく後ろを振り向いた。すると、さっきは気づかなかったが地面に文字が書いてあることに気づいた。肩越しに見ている上、炎に照らされて文字が見にくい。

『魂を解放せよ』

 何と書いてあるか理解した瞬間、寒気がした。なんか嫌な感じがする言葉。そう思った彩那は再び前を向いて歩く。

 しかし、パトカーに乗り、景色が後ろに流れていくのを目にしながらも、彩那の脳裏にはなぜか地面に書かれたその言葉が焼き付いて離れないでいた。

 この日、一人の少女の心に暗い影を落とすこととなった火災は、その日のうちに鎮火された。

 施設職員と子どもの計8名が死亡。全くの無事であったのはその日非番だった職員と、帰るのが遅かった子たち3名。警察の調査で犯人は無事逮捕され、概ね容疑を認めているということである。しかし精神疾患の傾向が見受けられ、犯行に至った動機について詳細は不明だという。世間では凄惨かつ痛ましい事件となったことが報道各所で大きく取り上げると共に、実行犯の人物像や背景について取材を基に様々な推測・憶測がなされていた。

 やがて施設の建物も取り壊され、事件は人々の関心からも遠ざかる。残された子たちは心の整理がつくまで定期的なカウンセリングが実施され、新しい環境の下で穏やかな生活を送れるように十分な配慮がなされていた。

 そして、3ヶ月の月日が経つ頃。

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