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 大声で呼びかけられ、振り向くと委員長は立ち上がって沖を指さしていた。


「遠くにだけど、今、飛んだよ、人魚が!」


「え?」


 何かの聞き間違いかと、思った。だが、


「人魚だよ、岡崎、帰ってきたんだよ」


 今度は静かに委員長はつぶやいた。


 春の嵐の中、委員長の指さす先には、果てしない大海原おおうなばらが広がり、空との境界を示すための様に、水平線のかなたに白い雲が立ち込めていた。


 私の目には人魚の姿は見えなかった。





 委員長は話し始めた。風に負けぬよう声を強めて。


「以前、岡崎に手紙もらったことがあって…………あ、ラブレターとかそんなんじゃないんだ。好きな物のこととかが書いてあって。で、『もし生まれ変われるのなら人魚になりたい』って書いてあった」


 委員長は沖を見つめながら、再び私の隣に腰を下ろした。


「岡崎、自殺じゃないかって話もあっただろう…………。俺に何かできることあったんじゃないかってずっと思ってて…………。それでここに来て待つようになって。高田がいつも来ていることも、ずっと気になっていて」


 私は全く委員長の存在に気づいていなかった。自分のことに精いっぱいで。


 委員長は続けて言った。


「悔いが残るよな。照れずに話しとけばよかったって」





 私が二人の間を邪魔したのだ、と思った。泣きそうになった。


 がんじがらめに縛られた境遇の加奈子が、早坂委員長を好きになっったのだ。その思いが叶うはずのものだったかどうかはわからない。……けれど、味方をしてくれるはずの私まで加奈子の心を押し込めようとしたのだ。

 子どもっぽい独占欲で、加奈子を『自分の希望通りの加奈子』という型に押し込み、自分の価値観を押し付け、加奈子自身の思いなど、私は認めようともしなかった。それはユリとかレズとかいうものとは違うけれど、間違いなく自分の加奈子への執着、愛着、そういうものだったと今では分かっていた。


 加奈子を壊したのは私だ、と思った。

 


 もし、加奈子が消えた原因が、本当に事故ではなく自殺なのだとしたら。もし、加奈子が私のせいで、生きることに絶望したのだとしたら…………。


 そう考えると、足元がぐらつき、ゆがみ、深い穴へ落ちていくような恐怖に襲われた。私はたまらず、体育座りをした膝の上に組んだ腕の中に顔をうずめた。



 委員長は黙り込んだ私を静かに待ち、そして、私が伏せていた顔をあげると再び口を開いた。



「岡崎、変な奴だったよね。このままずっと、高校生でいたいなんて書いてあった」


「え」


「今が一番楽しいから、って。高田と一緒にタユタッテいることがって。揺蕩たゆたうってなんだよって思ったよ」


 委員長は風に吹かれ、来ている上着をはためかせながら言った。





 その言葉は、私のいる真っ暗闇な世界を、真上から照らす一筋の光の様に思えた。


 ――――楽しかった?加奈子。私といて、楽しんでくれていた?





「で、最後にこう書いてあった。『もし、いつか、人魚になれたら、海で待ってます。よろしく』ってさ」


 風の強さに顔をしかめ、笑いながら、委員長は言った。


「会いに来ないわけにいかないよね」


 委員長は、また沖に向かって目をらした。


 私も、ならって目を凝らす。


 その時、


 遠くに、茶色がかった長い巻き毛と真っ白な肌の人魚が、水の中から顔をだし、こちらを見ていた。


 私たちはほぼ同時に叫んだ。


「岡崎!」


「加奈子!」


 その瞬間、風が、時と共に、止まったように感じた。


 人魚はしばらくこちらを見ていたが、やがて、空中へと高く飛び上がった。

 水しぶきが太陽のかけらを散りばめたように、舞い上がったその肢体を輝かせ、光の中を、のけぞるようにくうを半回転した人魚は、頭を下に静かに落ちていき、海中へと没した。

 さらに激しく上がった水しぶきは、今度はダイヤモンドダストのようにきらめいた。

 そして、その輝きが鎮まりゆくさなか、人魚はもう一度海面から顔を出し、その巻き毛と白い小さな顔を見せると、今度は飛ぶことなく、頭から静かに海に入って行った。


 尾びれが波間に見えなくなる時、一振り、二振りしたように見えた。それは、加奈子がいつも、帰宅途中の道の分かれ目で、「バイバイ」と手を振っていたしぐさを思い出させた。



 人魚はそのまま、海の底に、深く、深く、もぐって行った。



 再び、風が唸り声をあげながら、激しく体全体に打ち付けるのを感じた。



 その後、加奈子に出会うことは、二度と、なかった。



これで完結となります。お付き合いくださいまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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