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夏休みが終わり、やがて、秋も深まり冬が近づいても、加奈子は見つからなかった。
噂では加奈子の家では、区切りをつけるために加奈子の葬儀をするということだった。
「どうして!まだ……遺体が見つかったわけでもないのに!」
……加奈子は死んでなんかいない、きっとどこかで生きている、そう思いながら、私はそのことを私に伝えた詩織に詰め寄った。詩織は私の剣幕に驚きながらも、
「仕方ないんじゃないの。旧家のしきたりとかあるのかもしれないし」と答えた。
加奈子の家は、この地方の名士で、十何代にも渡って網元を務め、町を束ねている家柄なのだそうだ。
両親の離婚で中学二年の時に、母方の祖父母の家に身を寄せるためこの町にやって来て、高校に入ってから加奈子と付き合い始めた私は知らない事だったが、旧家という家柄に生まれた加奈子には、生まれたときから家同士の取り決めで将来の結婚相手が決められており、進学してこの町を出ることも誰かを好きになる自由もなかったのだという事を、その時初めて知った。
「うそでしょ、今の時代に!」私は驚いてそう言ったが、詩織は寂しそうに笑って、
「土地柄っていうのかな。そういうことって私たちにはそこまで不自然には思えないよ」と答えた。
そして、詩織は地元では有名な話として、加奈子の家には人魚の骨と言い伝えられている物が受け継がれていること、そして加奈子の一族には人魚の血が入っているという言い伝えまであるということを話してくれた。
以前加奈子が「家には人魚の骨がある」と言っていたのはこのことだったのか、と私は思いながら詩織の話を聞いていた。
それらのことは、周りはみんな以前から知っていることだったのに、私だけが知らなかったのだ。
加奈子の葬儀が行われると聞いても、私は依然、加奈子が死んでいるとは思えなかった。死んでしまったのなら、私には分かるはずだ。他の人たちにわからなくてもきっと私にはわかる。だって、あんなにいつも一緒にいたのだから。……………親友だったのだから。
私はそう信じていた。いや、そう思い込もうとしていた。
私はひまさえあれば赤松海岸へ行くようになった。
もし…………ここへ加奈子が流れ着くことがあれば、誰よりも先に見つけられる。
私の空想の中では、いかだに乗った元気な加奈子が、「漂流してたの! もう、大変だった!」と言いながら浜辺に入ってくるという光景が、毎日毎日繰り広げられていた。
やがて冬が来て、その冬も終わり、春を告げる春一番が吹き荒れた日曜日。
春の嵐の吹く海は、冬とはまた違った厳しさで私を打ち付けた。
私は相変わらず、その日も朝から赤松海岸へ来て、波けしブロックの上に座り、加奈子の帰りを待っていた。
「よ、高田も来てたの」
声をかけられて振り向くと、クラス委員長の早坂正生がいた。
「よ」
そう答えると、早坂委員長はそれを了承の返事と解釈したのか、隣に腰を下ろした。
「もしかして、岡崎、待ってんの?」
委員長はそう言った。――――そういう言い方をしてくれた。まるで私が加奈子と待ち合わせでもしているのに出くわしたように。
不意に、昔、加奈子とした会話が思い出された。
「加奈子、本当に、男子に興味なしだねえ」
よく私は加奈子にそう言っていた。そう言いながら、喜んでいた。ただ……一度だけ、「そうでもないよ」と加奈子が答えたことがあった。
「え、なに? いいと思う人がいるの?」
平気なふりをしながら私の心はもやもやとした灰色の雲に覆われた。
「いいっていうか…………。……委員長。人が好くって、みんなに委員長押し付けられて、でもちゃんと責任持ってやってる。尊敬できるなあって」
「えー、ハヤポン? そりゃーないでしょう。だって、ハヤポン、加奈子より身長低いんじゃない?」
私はそう言いながら、心臓をドキドキさせていた。
そしてその日から繰り返し繰り返し、早坂正生の欠点を加奈子に言い続けた。陰キャだの、がり勉だの…………。
――――置いていかないで。このままここに居たい、二人で、一緒に。
今考えると、私の気持ちはそんなものだった。加奈子に先に好きな人ができて、加奈子が先に大人になって、自分が置き去りにされるのが怖かったのだ。
そうだ、武田とのことだって、私が許せないと思ったのは、愛華の方が正しいとか、加奈子の方が間違っているとか、そういうことではなかったんだ。加奈子が処女を捨てるのに、まったく好きでもない相手を選んだということだって、そんなこと、きっと問題ではなかったんだ。私はただ、加奈子に置いて行かれたことに、裏切られたのだと思い込み、勝手に腹を立てただけ。自分が成長するのが怖くて、加奈子を道連れにしたかっただけ。
その時、
「見た? 高田、いまの!」