③
私は加奈子と口をきかないまま夏休みに入った。
散々な気持ちのまま、何の計画もない夏休みを過ごしていた。
加奈子と知り合ったのは一年生の時で、去年の夏休みは二人で連絡を取り合って毎日のように会っていた。
仲良しグループのつながりはあっても、その中でそれぞれの相方のような関係ができていて、他の子たちの夏休みの日常に混ぜてもらうというのはなかなか勇気がいることだった。
何より、グループの誰もが、二人はすぐに仲直りするもの、と思っていて、それぞれに計画をたて、私一人、何の計画もたたないうちに休みに入ってしまったのだ。
そんなある日。
携帯に詩織から着信があった。
詩織とは普段、主にメッセージ機能でやり取りしていた。だからその時、一瞬、なぜ電話? と不審に思い、電話してくるということは、よほど急いだ要件かもしれない、と思いながら携帯を耳にあてたことをこの後、何度も思い出すこととなった。
「何、デートのお誘い?」
退屈していた私は、電話に出るなりそう言った。
しばらく、間があった後
「こずえちゃん、落ち着いて聞いてね。加奈ちゃんが、行方不明になったらしいの」
「え?」
「親戚の人と船に乗っていて、海に落ちたらしいの」
「…………らしいって?」
詩織が仕入れた話では、いとこと一緒にフェリーで旅行に出た加奈子が、船室でいとこに、「ちょっと船酔いしたみたい。海を見てくる」と言って出て行ったきり、一時間以上しても戻らず、クルーと一緒に船内をくまなく探したが見つからず、どうも海に転落したのではないか、と結論が出たということだ。船会社や、レスキューが転落したと思われる海域を捜索したが見つからず、それがもう四日前のことだという。
「で、でも、泳ぎは得意だって言ってたよ。どこかに泳ぎ着いているんじゃないの?」
せき込むように私は言った。
「もちろん、まだ捜索は続いているっていうから、希望はあるとは、思うけど」
「けど、何?」
自分の言葉に、そんな情報をもたらした詩織への、筋違いな怒りがこもっているのを感じた。
「…………けど、もしかしたら自殺かもしれないって言う意見もあるって」
「自殺?」
「うん。旅行に行こうって言い出したのは加奈ちゃんで、船旅って言うのも譲らなかったって。…………だから…………最初から、計画してたんじゃないかって」
「そんなことあるわけないじゃない!」込み上げてくる恐怖と驚きに支配され、私は怒鳴りつけるように詩織にそう言うと、一方的に通話を切った。
そうだ、以前詩織は、『加奈ちゃんは可愛いから先生にひいきされて得だ』とやきもちを焼いていた事があった。加奈子のことが好きではないのだ。心配ではないのだ。きっとそうだ。だから、こんな話をするのだ。
私は心の中で詩織に対して毒づくことで、今聞いた恐ろしい事実が、詩織の妄想でしかないのだと思い込もうと、現実から逃げ出そうとあがいていた。
④へ続きます。