Supplementary lesson
朝、土方薫を起したのは心地よい朝日ではなく頭の中に響くやかましいアラームの音だった。
首に付けたリンカーフォンが脳に錯覚させるその音は体を起こし視野を確保するまで止むことがない、鬱陶しいこの音を止めるために土方薫は仕方なく起きて大きく背筋を伸ばした。
「メッセージが入っています。」
リンカーフォンから通知が届き囁きかけるような優しい音声が頭の中に響く。
「なんだ?」
内容が気になり薫はメッセージを再生すると聞き取りやすい女性の声が再生される。
「親愛なる土方殿大変申し上げ難いのですが、現在のあなたの授業の習熟度では単位を差し上げることができません、お時間に余裕が有りましたら期限内に指定の補習カリキュラムを受講して頂きたく存じます。」
アカデミーからの授業催促の通知だ。正直面倒くさいと思ったが、日頃の付けを清算できるなら良いだろうと薫は考えを改めリンカーフォンにインストールされた学習用のソフトを起動する。
「ごきげんよう土方薫君。」
ソフトが立ち上がると薫の視界にCGのような老人の頭が現れ軽快な声で語りかけてくる。
「おはようオズ先生。」
教育用ソフト『オズ』、アカデミーの発案したこのソフトには疑似的に知性を再現したAIが搭載されており、まるで人間相手にマンツーマンで学問を享受する様な効率の良い教育を受けることができる。
ソフトウェアであるため受講者は自分の好きな時間に授業を受けることができるが、サボタージュを抑制するためにアカデミーは期限を設け、習熟度の低い者には定期的に催促する仕組みになっている。
「早速補習授業を始めたいと思うのだが大丈夫かい? 心配なら先に復習から始めても良いのだが。」
「復習からお願いします。」
薫はオズの提案に乗り復習から始めてもらうことにした。こうして補習授業が始まったのだった。
「それでは復習から始めよう。リンカーフォンには人と対話するための機能が複数備わっている、その中でも代表的な物は分かるかな?」
「代表的な物ですと、通話と念話あとは文字でのやり取りを行うツールが考えられます。」
「よろしい。では通話と念話の二つの対話方法の特徴を述べよ。」
「はい、通話は前時代の電話のようなもので、リンカーフォンで自分の考えたことを音声として相手に伝えることができます。名前のフォンはここから来ています。念話は考えたことがそのままの形で相手に伝わります。」
「所々引っかかるところはありますがまあ良いでしょう。補足すると通話は使用感が電話と同じような物なのであって仕組み自体はこれも念話に近い物だという事も覚えておくように。」
「では続いて通話と念話のそれぞれのメリットとデメリットを答えよ。」
「通話の最大の利点は情報が音として送られるため録音ができるという事です。欠点は言語の通じない相手や精神などに障害がある相手との対話が難しいという事です。念話の最大の利点は頭の中で考えていることがそのまま相手に伝わるため言語の壁を文字通り無かったことに出来る事です。『言語のバリアフリー』なんて比喩されることもあります。また、精神疾患などで真面に対話ができない相手とも比較的スムーズに対話をする事が出来ます。欠点は考えた事がそのまま相手に伝わってしまう関係上嘘が付けない事と、データとしては複雑かつ繊細で壊れやすいため保存して後でもう一度確認することができないという事です。」
「よろしい。復習はこの辺にして置き次の項目に移るが構わないかね?」
「はい、お願いします。」
「リンカーフォンの代表的な機能であるフルダイブこの機能の説明をする前にどういった所でこの機能が使われているか答えられるかね?」
「思いつく所ですと仮想人形に意識を移しVR空間での活動ですかね。」
「君がどういう事に興味を持っているかは今の回答で大凡理解したよ。VR空間活動での活動は主に娯楽及び高度な技能訓練の場として発展している分野ですね。他には操り人形に没入して火災現場などの危険地帯での活動などにも使われておる。」
「操り人形は危険では無いのですか?」
「良い質問だね。確かに操り人形は危険だ、それは開発者の嵐山悠希が大きく普及される前にテロを起こして立証している。危険性を広く認知させるためには仕方のない行為だったのだろう。そのため操り人形は厳しい試験をパスし、国に認可された者にしか使用できん。尤も、潜りで使用している者も沢山いるというのが現状なのだが......」
ピピピ......頭の中に電子音がなり薫の注意がオズから離れる、電子メールが着ているようだ。
差出人は空......昨日のドールズの件か。と薫は考えた。
「どうしたのかね?」
「大したことではないみたいです続けて下さい。」
「うむ、リンカーフォンによるフルダイブの仕組みはまず脳からの命令の電気信号をリンカーフォンが捕まえ、それを別の物に送信し、恰も自分の身体の様に動かすことができるという物で......」
薫はふとリンカーフォンの時計を確認する、午後4時......朝からぶっ通しで授業を受けていたため流石に飽きと疲労に襲われる。
「オズ先生、今日はこの辺りでお開きにしてくれませんか?」
「なんだ疲れたのかね? まあここまで進めてあれば問題は無いだろう。次は催促が掛らないようにしっかり励むのだぞ。」
善処します。薫は素っ気なく答えた。
そういえばメールが届いていたな。薫は空から来たメールを思い出しのんびりとひらく。
100万クレジット辺りで買えそうなドールのカタログが添付されている。幾つかのドールにチェックが入っているのは多分この辺りが推奨という事なのだろう。
カタログを後にしてメールを確認する。
『一応予算内でおすすめできる物には印を付けておいたけど購入する前にまずはストロークロウをお勧めするよ。強みが無いから弱いなんて評価されているけど必要最低限の機能は備わっている。それに何より無料で配布されているからお手軽さが違う。ドールを購入するのはある程度操作に慣れてからでも遅くは無いよ。』
確かに考え無しで適当に購入するよりはずっと良い。薫はメールに従いストロークロウをダウンロードするのだった。