君を求めて~
朝日が、海の地平線から顔を出すと、光は一筋の線となって港町を照らす。
村の中心には、大きな大樹がそびえる。
この大樹には伝承があり、その昔、1人の神がこの大樹を目印に地上に降りたとか。
その大樹を見上げて、あらためて心を引き締める。
「はっ・・・はっ」
両手で木刀を握り締めて、毎朝の日課となっている素振りをする青年がいる。
白髪の髪先から汗が太陽の光に反射しながら宝石のように輝き地面に落ちる。中性的な顔立ちだが、強い意思を感じる目で太陽を睨み付け、眉間にシワを寄せて眉毛が八の字なる。細身の身体で木刀を振る。まるで、太陽を切るように。
「498・・・499・・・500」
ひゅと、木刀が止まる。
ふうと息をつき、大樹を背に腰を下ろす。
僕は強くなっているのだろか?剣の才能がない僕でも強くなれるのだろか?・・・強くなりたい、でも、気持ちが焦るばかりで前に進んでいる気がしない。
「おはよう!アリア。そろそろ、朝稽古の時間だよ」
真っ直ぐな瞳に綺麗な弓形の眉。肩まで伸びた髪はふわふわと涼やかな風に揺れる。太陽の光で、キラキラと光る、癖っ毛の金髪の髪。小さな身体をいっぱいに、大きく手を振る少女。メニーア・ココネ。
「うん、わかった。直ぐにいくよ」
タオルで汗をぬぐい、不安を振り切り、ココネの元に歩みよる。
「別に、毎朝呼びに来なくっても大丈夫だよ?」
ぶくっと頬を膨らませて、顔を赤らめる。
「もう、鈍感」
口を尖らせなから、小声で呟く。
「ほら、行こ!」
「ん?ん、うん」
へへぇと顔を赤らめながら、アリアの横にピッタリをついて道場に向かう。
「遅いぞ!アリア」
30人くらいいる門下生の前で、デイク館長は太い声で叱るが、厳しさの中にやさしさを感じる声だ。
「すみません、遅れました」
デイク館長に頭を下げてから、急いで対戦相手を見つけて一礼をする。
ヘンネ・アリアは木刀を相手の喉元に合わせる。
デイク館長は腕を組んで、大きく息を吸って開始の合図をかける。
「始め!」
両者、にらみ合いながら、アリアが先に仕掛ける。
いける!
きっと、漫画なら目元がキラリを光っていただろう!
相手の間合いに滑り込み、面を狙う・・・が、スルッとかわされて、振り向き様に、相手の木刀がアリアの顔面すれすれで止まる。
「ま、参りました」
まただ。毎日、あんなに練習してるのに一向に強くならないのは何故だろう?家相が悪いのか?名前のせいか?磁場が悪いのかと現実逃避に走りそうになる。くそ!
稽古が終わるといつものお決まりコースで、ひどく落ち込む。
海を一望できる町の中心広場にあるベンチに肩を落として座っていると、ココネがあとを追いかけて来て、顔を赤くして隣にちょこんと座る。
「・・・大丈夫だよ、アリア!いつも頑張ってるもん。絶対に強くなるよ!うん」
ははっと渇いた笑いで海の向こうの水平線へと、目を泳がせる。
これではいけない。せっかく励ましてくれるココネに申し訳がないので、精一杯のひきつった笑顔で微笑み返す。目には涙を浮かべながら・・・・。
「ああっ~もう、大丈夫だよ。アリアは強くなるから。うん!」
小さな両拳をギュと握り、ガッツポーズをするココネ。
「ははっ、ありがとう・・・ちょっと散歩してくるよ」
ゆっくりと腰を上げて、1人と行く宛もなく、ゾンビのようにヨロヨロと歩き出す。
アリアが見えなくなると、ココネは小さなため息を漏らす。
「アリア・・・好きだよ・・・大好き」
今日こそはと思って意を決してきたが、本人を前にすると言えない歯がゆい思いを、遠く離れたアリアの背中に語り掛ける。
さて、どこに行こうかな。
散歩とは言ったものの、弱い自分をこれ以上、ココネに見せられないので席を立っただけなので、行く宛などないが、とりあえず、町外れの森の中にある遺跡に行くことにした。
あそこは、モンスターはいるが、自分を鍛える訓練もかねて、ちょっとした冒険もしたいお年頃なのだ。
森の葉の隙間から、光が射し込み、苔に付着している水滴が光を浴びて森を幻想的に彩る。
「たしか、ここら辺に遺跡が・・・」
門構えに、白い柱が二本。そこを通ると階段が上へと続いている。古代の祭壇が?生け贄を捧げるところか?だか不思議と怖くはない。
「よし」
素振りの練習をしようと、木刀を振り上げると、女性の声が聞こえる。
「うぅ・・・」
ん?なんだ?
もしかしたら、生け贄の霊が今でも祟っているのかも?そう考えるとブルブルッと身体が震える。正直、その手の話は苦手だ。ゴメンこうむりたい。
「助けて・・・」
あっ、ヤバイヤバイ。聞こえる。
聞こえてしまっている。
逃げねば!
踵を返して逃げようとすると、遺跡の裏からヨロヨロと現れて倒れこみ、アリアの足をギュと捕まれる。
「・・・」
怖くて見れません。はい、へたれです。
ひぃ~、ナンマイダブ。どこかの国の呪文を唱えて平常をたもとうとするが、一層掴む手が離れない。
「助けろ!」
「ぎゃーーーーー」
突然の脅迫めいた命乞いに、胆が冷えて、情けない奇声を上げてしまったが・・・、声の主に目を向けると、自分と同じ白髪で、髪は腰まで延びたサラサラとした水が流れるような美しい長髪。全身は黒いドレスを覆うことで、白い肌がより一層美しく際立つ。前髪は眉毛の高さまで綺麗に揃えて、大人びた顔立ちは知性を感じさせる。
思わず、見とれてしまうほどだ。
しかし、見とれている場合ではないことに直ぐに気づく。赤い瞳の脇を血が流れている。
大変だ、怪我をしている。
「直ぐ手当てするから」
とは言ったものの、僕は回復系の魔法が使えない。いや、そもそも、魔法が使えないのだ。正しくは、聖法なのだか。
少し説明すると、この世は、魔神の力を借りると魔法、神の力を借りると聖法となる。なので、正確には聖法が使えない。
とにもかくにも、彼女を町の医療所に連れていかなくては行けない。
だから・・・これは・・・その・・不可抗力なわけで・・・。
自分に言い訳をしながら、彼女をおぶる。見た目通り軽いが、以外にあるな~と、背中に当たるふたつの膨らみに集中する。それはもう、今までにない程に全身全霊で集中させた。きっと、稽古以上に・・・。
「どうした、じっとして?すまぬが、急いでくれぬか。意識が飛びそうだ」
ハッと、我にかえる。
「ゴ、ゴメン、行くよ」
急いで、町の医療所に連れていく。
「すみません。マキス先生いますか?」
医療所の扉を開けると中からココネが飛び出してきた。彼女は回復聖法が得意で、医療所でバイトをしているそうだ。
「わっ、どうしたの?アリア」
「ちょっと急患でさ、マキス先生いる?」
切迫した空気を感じる、
「ちょっと、まってて」
パタパタと奥へ駆け込む、ココネ。
「マキス先生急患です!」
「はいはい」
少しダルそうにしているが、腕はピカイチで、美人女医である。そう、美人女医・・・なんとも甘美な響き。
・・・いやいや、と頭振って邪念を振り払う。
「マキス先生、お願いします」
僕は頭を下げてお願いすると、マキス先生はクスッとイタズラっぽく微笑む。
「じゃあ、お代はアリアと一晩・・・」
マキス先生の指先が僕の胸元から下半身へと、つ~と肌をなぞりながら下がっていく。服越しでも感じるマキス先生の指先に、僕はゴクリと唾を飲み込む。
「うっ・・あぁ・・・」
「いいわ、アリア。ゾクゾクする~」
ものすごい勢いで、アリアの顔が真っ赤になる。アリアの新しい一面が、今、開かれようとしている?
そこへすかさず、ココネが割り込む。
「マキス先生・・・早く治療をお・ね・が・い・し・ま・す!」
「あ~はいはい、ココネは冗談が通じないな。フフッ」
早速、銀髪の彼女に治療を施すが、しばらくは安静とのことで、明日の朝、また、面会に来ることにした。
次の日、稽古が終わり、アリアとココネは早速、彼女に会いに行く。
窓から柔らかな陽射しが射し込み、フワッとカーテンが風に揺られる。その窓際のベッドで上半身を起こして座っている彼女は、陽射しの光に包まれて、白い肌が輝く。その姿が一枚の名画のように心を動かされるアリア。
そして、その、アリアが彼女を見る瞳の輝きに、もしかしてと、一抹の不安を覚えるココネ。
銀髪の彼女は回復したようで、微笑みなから、優しく口を開く。
「まずはお礼を言わせてほしい。危ないところを本当にありがとう。私の名はカイム・ソーサ・エルシアだ。宜しくアリアとココネ」
すでに僕たちのことはマキス先生から聞いていたようだ。
「あらためて自己紹介するよ。僕はヘンネ・アリア」
「私はメニーア・ココネ、宜しくね。え~とエルシアさん」
エルシアは微笑む。
「エルでいい」
「うん。エル宜しくね!それで・・・、どうして遺跡前で怪我をしていたの?」
「えぇ・・・それは・・・」
「あっ、ううん、いいの。言いずらかったら言わなくても」
「すまない」
頭下げる、エルシア。
重い空気を変えたいのと、少しでもエルシアと一緒にいたい思いが、アリアの口を開かせる。
「体調がよければ、町の案内するよ、どうかな?」
「・・・そうだな、是非、頼む」
マキス先生から、了解を得て、街を案内する。アリアとココネ。
町の名はアラン、海に面した港町。町の象徴である大樹を中心に緑と白い建物が並ぶ町。
エルシアとアリアとココネは楽しそうに町を回る。まるで、小さい頃からの友達のように。
「もし、良ければ、また、あの遺跡にいってみたいのだが、いいだろうか?」
とエルシアは言う。古代の遺跡に興味があるのか、断る理由もないので、連れていくことにした。それに、喜ぶエルシアの顔が見たいのが一番の理由だ。
森の中は、相変わらず幻想的で美しいく、まるで、そこにあるのが当たり前のようにそびえる、遺跡。
2本の白い柱をくぐり抜け階段を昇る、アリアたち。
遺跡のてっぺんに着く。
空を見上げてから、床を見ると所々に苔で隠れているが、複雑な魔方陣らしきものが掘られている。
「やっと見つけましたよ、魔王様」
突然、声がしたので、びっくりして後ろを振り向くと、肩まで延びた黒い髪の男が立っている。黒い執事服に赤いネクタイを上品に着こなしているが、目は冷たい。身体全体からは体温を感じさせない無機質な塊のようたたずむ男。声がして初めて気がつく程に気配がない。
「えっ、魔王様?」
アリアとココネはエルシアを見るが、エルシアの表情には余裕がないらしく、こちらの問いかけには答えられない。
エルシアは歯ぎしりをしながら、執事服の男を睨む。
「ドルド!」
「知り合い?」
自分ても、とぼけた質問をしたと思ったが、エルシアを答えずにはいられないと観念したようだ。
「彼の名は、ゲムド・カン・ドルド。私の執事でバンパイアよ。そして・・・ごめんなさい。隠していて」
「魔界にお帰りくださいませ、エルシアお嬢様。いえ、エルシア魔王様」
ドルドはわざとらしく、片手を前にして、頭を下げて紳士の挨拶をする。しかし、上目遣いに見る目は鋭く磨かれた鉄のようにエルシアを写す。
「私は魔王を降りました。いえ、落とされたわ。だから、もう、私には関係無いはずよ」
「いえいえ、現在魔界は権力争いのため三つ巴なっておりますので、魔王様の席は空白なのです。ですので、魔界に帰って頂きますよ。エルシア様」
「断わります!私は今の穏やかな生活が気に入っているの。帰りなさい、ドルド!」
「おやおや、まったく。聞き分けのない方ですね。しょうがありませんね。大人しくしてもらいましょうか」
瞬間、目の前にいたドルドはエルシアの後ろ瞬間にまわりこむと、大きく口を開けて上下の牙で、エルシアの首筋に噛みつこうとする。
ヤバイと考えるより先にドルドに殴り込むアリア。
「うわわわ!止めろ‼エルーー!」
普段のアリアを知っているココネはアリアの行動にびっくりして、思わず声がでる。
「アリア‼」
ドルドの手の空間から銀色の細身の剣が現れる。器用にもエルシアを片手で捕まえなから、アリアの肩にひと突きする。ドルドにとってはアリアはその程度の存在であり、とるに足らない敵と判断したのだ。其ほどの実力差がドルドとアリアにはある。
アリアの肩から血が流れて、ボタボタと魔方陣が掘られている床に落ちる。
どうする、木刀は家に置いてきてしまった。実力差は明らかだか・・でも、やるしかない‼
「慈愛の神ホーネアよ、アリアに癒しの光を!」
ココネが回復聖法を唱えると、アリアの肩の傷が塞がっていく。
「ありがとう、ココネ」
ドルドの冷酷な目と向き合い、再び、突進して殴り込む。
「いけない、アリア。止まってくれ‼」
エルシアの声も虚しく、ドルドの剣はアリアの心臓を貫く。
「アリアーーー!」
ココネとエルシアの声が皮肉にも重なる。
「ふん。さあ、帰りますよ。エルシア様」
「いやよ、アリア、アリアーー!」
アリアはうつ伏せに倒れて血が床一面に流れる。
「慈愛の神ホーネアよ、アリアに癒しの光を」
傷口は塞がるが、致命傷でアリアの意識が戻らない。
「アリア!やだ、死んじゃやだよ、アリア」
ココネは必死に聖法をかける。
「放しなさい、ドルド」
なんとか、どうするから抜け出そうとするエルシアだが、ドルドしっかりとエルシアの腕をきめて動けないようにしている。
「まったく、聞き分けのない」
今度はエルシアの首筋にドルドは牙をたてる。
「エル!アリア、お願い起きて!」
ココネは必死にアリアに呼び掛ける。
ゆっくりと確実に、アリアの血は、魔方陣が描かれている溝に流れ込む。やかで、アリアの血は魔方陣全体へと流れてつながる。
消えそうになる意識の中、アリアは思う。
僕は本当に弱い!なんで、こんなに弱い。あんなに練習しているのにどうして?強くなりたい。もっと、もっと強くなりたい。エルシアを・・エルを守りたい!力がほしいよ。誰か僕にエルを守れる力をくれ!神よ!力を!
アリアの血によって、真っ赤な魔方陣が光輝く。
「なんだ、これは?」
エルシアの血を吸おうとしたが、魔方陣が光輝き目が開けられないドルド。
「これは、神の光?まずい」
バンパイアは聖なる光に弱いため、エルシアを手放し、魔方陣から離れる。
そして、神の光はアリアを包み、致命傷の傷を癒すとアリアは立ち上がり、手を掲げる。
「僕に力を!アルトワの剣よ」
アリアの呼び掛けに、光に意思があるようにひとつの剣へと形をなしていく。
その剣の鞘は美しい宝飾で彩られ、剣を抜くとアリア顔が鏡のように写りこむ程に刃は輝く、そして、アリアの体型に必要大きさへと縮む。
アルトワの剣を持つアリアにはわかる。身体能力が向上していることを。
今度はアリアが瞬間にドルドの間合いに入り込み斬りつける。
「なに!馬鹿な?」
「エルシアは僕が守る!」
次は、アリアの動きにドルドがついていけない番だ。
四方八方から斬撃が降り注ぐ。
「ぐっ・・・」
今までの稽古が身を結び、アリアのイメージ通りに剣と身体が動く。
「すごい・・・」
ココネは、アリアの動きに見とれている。
あと、もう一撃で、ドルドに致命傷を負わせるところに、エルシアが割ってはいる。
「もう。止めてくれ!」
ピタッとエルシアの頭上で、剣を止めるアリア。
「エル・・・なぜ?」
「すまない、ドルドは我がカイム家の執事なのだ。許してやってくれ」
「頼む、アリア」
予想だにしなかった、エルシアの行動にドルドは驚く。
「エルシア様・・・」
「・・・わかったよ」
剣を鞘におさめる、アリア。
「ありがとう、アリア」
「エルさえ、良けれ・・ば・・別に・・」
そう言いかけると、バタリと、倒れるアリア。
「アリア!」
ココネ達は、アリアを急いで町の医療所に運んだ。