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地球は既に侵略されている  作者: 城島 大
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論破って楽しい


「それでは、生徒会定例会議を始めます」


そんな大仰なセリフから始まったその会議は、生徒達がやるお遊びとは思えない真剣な空気で張り詰めていた。


「早速ですが、昨日議題にあがった不登校生についてですが……」


そう言って、保険委員であるメガネの女子生徒はちらと俺の方を見た。

それに合わせるように、この場にいる全員が俺を見つめる。

とりあえず俺は、自分のパーソナルスペースを確保するために身を縮こませた。こうすることでどんな場面でも普段と同じ力を出せるというルーティンだ。決して恥ずかしがっているわけではない。


「これはどういうことですか? いじめ疑惑のある人間をここに招くなんて。パワハラと受け取られても仕方がないことだと思います」


パワハラって……。

うちの生徒会はどんな権力を持ってるんだよ。


「コイツは自分から誤解を解きたいと名乗り出た。だから出席させた」


Xが、いつもの無機質な口調でそう言った。

見る人によっては、冷淡だと受け取られかねない喋り方だ。


「こいつって、あなたの誤解を解きたくてこんな場所にまで来てくれた人間に対して失礼じゃないですか⁉」

「何故だ?」

「公の場ではきちんと相手を名前で呼ぶのが常識というものでしょ!」

「どうしてだ?」

「あなたは私を馬鹿にしてるんですか⁉」


Xは口を開けたまま、反論することなく無表情で前を見つめている。

どうやらこの情緒的過ぎる問題に対し、どう答えればいいのか皆目見当がつかないようだ。


「なんですかその態度は⁉ 文句があるなら言ったらどうなんですか!」


しかしそんなことなどまったく知らない彼らは、その呆けた態度が人を馬鹿にしているように映っているらしい。

なるほど。

たしかにこんなやり方では、求心力が落ちるのも無理からぬことだ。


「あ、あのですね。生徒会長は、仙道君がこの前学校に来た一日で、とっても仲良くなったんです。それで、ちょっと言葉がフランクになっちゃったみたいで。この前は三人で一緒にお弁当も食べたんですよ。ね?」


そう言って、おさげの副生徒会長が俺に微笑みかけた。

聞くところによると、彼女は生徒会長と幼い頃からの親友らしい。Xが箸をボリボリと貪り食っていたのを見て、『ギャグに身体張り過ぎだよ~』と大笑いしていた。

Xのテンプレートを遥かに凌ぐ天然キャラだ。

しかし、まったくクラスに顔を見せなかった不登校の俺が、仙道学という名前であることを普通な顔して覚えていた彼女だ。悪い奴ではないことくらいは俺にも分かる。


「それも生徒会長が強要した話と言うじゃありませんか!」


某裁判ゲームの主人公よろしく、今にも机をバンと叩きそうなこの保険委員。

彼女は現在高校三年生で、大学の推薦が取りやすい生徒会長の座を狙っていたのだが、二年生のXに惨敗。その恨みから、受験勉強に忙しいにも関わらず、こうして生徒会役員となってXを蹴落とそうと必死になっているらしい。


下らない。

まさしく俺の大嫌いなリアルの縮図じゃないか。

こんな権力争いに巻き込まれるくらいなら、SNSフォロワーを一人でも増やすことに躍起になった方がよほど建設的だと言える。


「あ~、少しいいですかね」


俺はおずおずと手をあげた。

全員の前で話すと思うと緊張するが、この現実に縛られた哀れな女一人が相手なら、臆せず喋ることができる。


「あなたは生徒会長がいじめを行ったと主張していますが、そもそもいじめやパワハラというものは、本人がそう思ったかどうかで決まることだと思うんですが、その辺りの認識はよろしいですか?」


どうせ一言も話すことができないだろうとタカをくくっていたのだろう。この先輩は、突然俺が巧みに喋り出したことに、些か驚いているようだった。


「ええ、もちろんです」

「なら僕がこの会議に出席したことで、既に答えは出ていると思うんですがね。それともあなたは、僕が昨日学校を休んだ原因が生徒会長にあるという物的証拠でも持っているんですか?」

「物的証拠?」


俺は鼻で笑った。


「それくらいは必要でしょう? なにせいじめを受けた本人が否定しているのですから。それともこれも、生徒会長に強要されたことだと言い張るつもりですか? となると、もうこれは僕も生徒会長も、そしてそう主張されるあなたでさえも、誰にも証明できないことになります。それでも尚、あなたがこの主張を崩さないのなら、それはあなた個人の思い込みによるものだと判断せざるを得ない。ではここで皆さんにお聞きしたい。疑いをかけられた者、そして権力を持つ人間は、悪ですか?」

「そんなことは誰も言ってません!」

「言ったも同然なんですよねぇ。だからあなたは証拠を持ってこないといけないんですよ。誰かを追及しようと言うのであればね」


保険委員は歯をむき出しにして怒っている。

こういう経験は、俺にとっても初めてのことで、少し愉快だった。


「証拠ならありますよ! その染め髪です! 生徒会長が急に髪を染めるだなんて、生徒の代表だという自覚がないことの表れでしょう⁉ そういう想像力のない人間が、いじめというものを引き起こすのです!」

「これは染め髪ではありません。元々彼女はある日を境にストレスで脱色してしまったのですが、風紀を乱す可能性があるということでわざわざ黒色に染めていたんです。しかし生徒会長として染め髪を問題視する発言をする度に、自分はこれで良いのかと自問するようになり、意を決して地毛を晒すことにしたんです。色が違う人間を差別するのではなく、髪を染めようとするチャラけた意思が問題なのだと、生徒会長は身を挺して示されたのです。生徒の代表と言うべき高潔な姿勢だと僕は考えますが、あなたは違うのですか? 地毛が黒ではないからと差別するのが、あなたの言う生徒の指針となるべき人間なのですか? それが想像力豊かな人間のすることですか?」


これでようやく、保険委員は折れてくれたらしい。

彼女は歯噛みしながら「もういいです」と一言言って座った。

彼女は顔を真っ赤にして悔しがっている。

そのあまりに必死な顔に、俺は思わず噴き出した。


やべえ、楽しい。

人を論破するのがこんなにも面白いものだったとは。これは貴重な発見だ。

もしも人を論破して悔しがらせる仕事があるのなら、生涯引きこもり生活を送る予定の俺だが、就職を考えてみてやらんこともない。


「あ、あの~……」


困り気味の笑顔で、副会長が俺に声をかけた。

ふと見ると、全員が俺を明らかな軽蔑の目で見つめていた。

保険委員の先輩は泣いていて、周りの女子に慰めてもらっている。


なるほどと思った。

これが、人の好感度が地に落ちる瞬間か。



◇◇◇


「助かった。最終的に、むしろワタシがいじめられているのではないかと心配されるまでに支持が回復した」


会議が終わり、二人きりの生徒会室で、Xはそう言った。

俺の地位と引き換えにコイツの地位が上がるのは非常に納得いかないが、目的は達成できたのだから良しとしよう。


「しかし、何故オマエのことを皆がクズというのか、ワタシにはよく分からなかった」


クズとか言われてたのか。

今日は一日、布団の中で悶絶する夜になりそうだ。


「やはり人間について、定期的にレクチャーを受ける必要があると思う」


じっと、Xは俺を見つめている。

……はっきり言って、俺はコイツと行動を共にするのは嫌だ。

一日で大の大人二人を逃走させるような宇宙人と一緒にいれば、どんな危険に巻き込まれるかも分からない。

しかし、個人的にXと離れられない理由もできてしまった。

それに何の意味もない勉学と協調性を学ぶために学校生活を送るよりは、宇宙人と異文化交流を楽しんだ方が建設的だろう。


「分かった分かった。お前がその気なら、教師役をやってやらんこともない」


Xはパチパチと目を瞬かせた。

何を意味しているのかは、よく分からない。


「ただし、きちんと報酬をもらう。お前も人間社会に適応したいのなら、ここで労働の概念を学んでおいた方がいいだろ?」

「一理ある」


コイツを騙すのは、痴呆のある老人を騙すより簡単だな。


「それで、具体的に報酬とは?」

「お前、もう人を殺すな」


Xはじっと俺を見つめた。


「オマエはそういうことを許容できる人間だと思っていた」

「人殺しと仲良くするのに抵抗はないが、人殺しに加担するのは勘弁だ」

「なるほど。そういうものか」

「そういうものだ」


Xは珍しく、顎に手をやって人間のように考え込んだ。


「……今回のことで、オマエの有用性はワタシが想像していた以上のものだと判断することができた。故に、オマエがワタシに奉仕を続けている間は、その条件を飲もう」


交渉成立か。

この素直さを考えれば、すぐに教えることなどなくなりそうだ。


「ちなみに、昨日渡した映画は見たか? 『遊星からの物体X』」

「見た。面白かった」

「どういうところが?」

「笑える」

「笑えるのか……」


俺は天井を見上げた。

はて、そんなシーンあったかな……。


「……まあいいか。とりあえず、映画や小説は定期的に観た方がいい。人を観察するという点でもそうだが、なにより共通の趣味といえるものがあるかないかで、人との親密度は大きく変わるからな」

「了解した」


人を殺さないという対価以外にも必要な条件をいくつか伝え、Xとは生徒会室の前で別れた。

しかし、これから忙しくなりそうだ。

いくら素直といえども、何をどう知らないかも分からない宇宙人相手に常識を教えるのだから。


そんなことを思いながら歩いていると、ふと慌てて階段を降りていく一人の女子生徒が目に入った。

一瞬のことだったし、他の人間だったらきっと気付かなかっただろう。

だが、俺には分かる。

あれは妹だ。

一年生は校舎だって違うはずなのに、何故か彼女はここにいた。

俺は生徒会室を振り返る。

気付かれないようにドアから会話を盗み聞きするくらいは、簡単にできるだろう。


どうやらこの非日常な現実は、俺に休む暇を与えてくれないらしい。

俺は思わずため息をついた。



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