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地球は既に侵略されている  作者: 城島 大
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生徒会長は宇宙人


俺はプロの引きこもりだ。

まだ引きこもり生活一年と期間は短いが、十年以上引きこもっている師匠にもお墨付きをもらうほど、この生活に慣れ親しんでいる。

引きこもりの何が素晴らしいか。

色々あるが、強いて挙げるとするなら、好きなことだけしていればいい。これに尽きる。


とかくリアルというものは人を束縛したがる。

常識だの、組織だの、人間関係だの、どうでもいい些末なことで人を型にはめるのだ。それを一度拒否すれば、グチグチと文句を言い、非常識のレッテルを張られて排斥される。

本当に馬鹿の極みだ。


人間とは、本来自由であるべきだ。

そんなことすら分かっていない人間が、この世の中には多過ぎる。

だからだろうか。

常識のない、あまりにも自由過ぎるこの女を見て、あんなことを言ってしまったのは。



◇◇◇


夕陽が差し込む教室の中で、俺は彼女と二人きりだった。

相手は高嶺の花と呼ぶに相応しい、銀色の長い髪をたずさえる美人生徒会長。

非常にロマンチックな舞台といえる。

ラノベ的ご都合展開にアレルギーのあるこの俺も、その事実を認めざるを得ない。

普段なら、腕にできた蕁麻疹をなりふり構わず掻きむしるところだ。

しかし今の俺に、そんな心理的余裕はなかった。



何故なら俺はしりもちをついていて、それを見下ろす彼女の背中からは、無数の触手が生えていたからだ。



それはまさしく、この世のものとは思えないものだった。

グロテスクで滑りがあり、時折沸騰した水のようにボコボコと形状を歪ませている。

紫を基調に、太陽の光に反射して青くなったり白くなったりする形容し難い色には、どうしようもなく生理的嫌悪を覚えてしまう。

触手は何本も折り重なり、それらは一つの羽根のように、彼女の背中で蠢いていた。


「どうして分かった?」


どうして……。

そう言われて、初めて俺は彼女に質問したことを思い出した。


『お前、実は宇宙人なんだろ?』


俺はニヒルに、薄く頬を緩ませながら、確かに彼女にそう言った。

俺は顎に手をやって考えた。

それがただの冗談だったと、今の彼女に正直に伝えるべきか?

答えは否だ。何故ならもはや、それが冗談であったことに何の意味もないからだ。

世の中には、冗談でしたでは済まされないジョークというものがある。それがこれだ。

宇宙人だろ? と言われて、宇宙人がどんな気持ちになるか考えたことがなかった。

立派なハラスメントだ。数秒前の自分を殴ってやりたい。

だから許してくれ。こんな事態になるなんて、想定できるわけがない。


「正体を知られたなら、殺すしかない」


彼女……いや宇宙人は、まるでB級映画に出てくる殺し屋のようにそう言った。

しかしこのセリフを言われた人間で、実際に殺されたフィクションの登場人物たちは、おそらく数パーセントにも満たないだろう。

ほら、どこぞの有名漫画にもあったじゃないか。

『ぶっ殺すと心の中で思ったなら、その時既に行動は終わっているんだ』と。


つまりはまあ、コイツに俺を殺す意思などないということだ。

……極論か? まあそうだろうな。

だがそのおかげで、少し冷静になれた。


「いいのか? ここで俺を殺して」

「その問いは、殺すという選択が間違っていると暗に主張しているのか?」

「まあ、そうだ」

「何故直接言わない?」


こいつは駆け引きというものを知らないのか。

こうやって情報を小出しにし、相手の出方を窺うのが定石というものだ。

かっこつけるために敢えて歪曲的な表現をしていることを匂わせ、俺を心理的に追い詰めようという作戦なら教えておいてやる。

その作戦……大正解だ。

今めっちゃ恥ずかしい。


「あ~……つまりだな。俺の言葉をそのままの意味で受け取るなら、殺す前にまずどうしてばれたのかを明確にしておくべきだってことだよ。次にまた同じ状況に陥ったらどうするつもりだ? 人目の多い場所で詰問されたら? 何も言わずにマスコミにリークされたら? まるでリスク管理がなってないだろ」


だいたい、コイツにリスク管理なる観点が存在するかどうかも怪しい。

そもそも俺が宇宙人疑惑を冗談とはいえ発しようと思ったのも、ひとえにコイツの異常行動があったからだ。

弁当と一緒に箸をガリガリと噛み千切ったり、何か食べよっかと言われてごみ箱に顔を突っ込んで食べかけのハンバーガーを拾ってくる奇行を見たら、誰だって一言何か言いたくなる。


「しかし、正体を知っている人間を生存させておく方がリスクが高い」

「だから、一足飛びに殺してどうするんだって言ってるんだよ。臭いものにフタをする前に、まず元になっているものを取り除くべきだろ。そもそも、なんで正体を知られたらダメなんだ。今時、本気で実験材料にされるとか信じてんのか? 常識に縛られた固定観念としか思えないね」

「ワタシは人間の死体を加工したものを被ることで人に擬態できる。しかしこのやり方はこの星の社会規範では到底受け入れられるとは思えない」


……なるほど、オーケイ。

想像していたより友好的でないことはよーく分かった。

つまりコイツは、この生徒会長を殺してなり替わっているというわけだ。


一瞬だけ、半年ほど前の記憶がフラッシュバックした。

自宅の前で、黒髪の彼女から手渡された──

俺は思わず首を振った。

今はとにかく、この状況を打破することを考えよう。


「なるほどな。確かにそれは受け入れづらい。少しは人間の常識も知っているようだな」

「しかしオマエにばれてしまった。それにワタシの行動を不審に思う人間も少なくない」

「そりゃそうだろうな」


彼女は顔色を変えずに目を丸くした。


「なんで分かる?」

「お前は非常識だからさ」

「……非常識?」

「フッ。いい機会だから異文化交流の一環として教えてやろう。いいか? この世の人間共は、自分たちが作った常識という価値観に支配されている。故に俺やお前のような異物は排除したくて仕方がないのさ」

「排除されるのは困る」

「だろうな。だから奴らと仲良くやりたけりゃ、常識を覚えることだ。皆と同じことをして、同じ価値観を持って、誰かが言った意見に全力で同意しとけばいいんだよ。それが生き残るコツだ。凡人はな」

「オマエは凡人ではないのか?」


俺は思わず笑った。

ちょっとは見所のある奴かと思ったが、俺の才能を見抜けないようではまだまだだ。


「当たり前だろ。俺は従順なサラリーマンを量産する、学校という下らない装置に早々と見切りをつけた男だぞ。凡人共が、社会じゃまったく使わない知識を詰め込むことに夢中になってる間、俺は黙々とネットの片隅で知名度を貯め続けた。結果、今ではSNSフォロワー五万人を超える大人気アフィリエイターだ。これがどういうことかというと──」

「話が長い」


俺の高説は宇宙人に一蹴された。


「しかし、オマエが非常識だというのは理解した。この状況で堂々としていられる感性は、統計的に見れば異常と呼べるものだろう」

「言葉が適切じゃないな。俺は特別なんだ。異常なわけじゃない」

「クラスでずっと寝たフリをしていた人間と同じ人物とは到底思えない」

「ぐっ……」


別に、久しぶりの学校でクラスに打ち解けられず、一人でいる理由を作るために寝たフリをしていたわけじゃない。

ただ凡人共と話をするくらいなら、一人思索に耽った方が効率が良いと判断したわけでごにょごにょ……。


「つまりオマエは非常識でありながら、常識を誰よりも理解している人物だと判断しても良いのか?」

「ま、そう捉えてもらっても構わない」

「そして人間に好かれる術も熟知している」

「そりゃそうだろ。凡人の上に立つ非凡な人間は、凡人の行動原理を理解しているものだ」

「だったらオマエ、ワタシに常識を教えてくれ」

「は?」

「ワタシのことを口外しないことが条件だ。それを遵守するなら、殺すのはやめる」


妙なことになった。

もちろん俺は常識に囚われない冷静沈着な男だ。

かといって、宇宙人と進んで仲良くしたいと思うほど外交的でもない。

俺は少し考え、にこやかに笑った。


「もちろんだ。俺がお前を学校一の人気者にしてやる」

「それは良かった。では早速だが、明日から色々と教えてもらう。約束を違えれば殺す」

「おう! 任せとけ!」


俺は元気にサムアップしてみせた。

そして次の日、俺は学校を休んだ。



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