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RIDE THE IRON HORSE  作者: 凡骨のヤマダ
8/9

8.楽しい逃走劇(著:凡骨)


 しばらく待ってると、エディは現場監督のバイクに跨がって暗がりの向こうから帰ってきた。が、俺たちの目の前で停車すると同時にむせ始めた。


「お、おいなんだ大丈夫か?」

「大、丈夫。ゴホ、少し……驚いただけ」


 エディは確かに驚いたように目を開いているが、同時に怪訝そうな、何か信じられないような表情でもあるように見えた。


「そもそも、お前急に離れて何やってたんだよ」

「ああ……こいつらの声がしたから」


 エディのポケットからそこそこ質の良さそうな魔石がいくつか出てきた。


「なんだ、お前も結構欲の皮が突っ張ってんなあ。今更十分だろうに」


 エディは苦笑いするだけで、返事は返さなかった。ただぽつりと「溶けた……?」と言ったように聞こえたが、声が小さすぎて定かではない。少し気にもなったが、今はそんな事に気をかける暇はない。


「さあ、とっととずらかろう。俺が現場監督こいつを乗せていくから、お前はそのバイクで先導してくれ」

「分かった。行こう」


 後ろ手に縛られた腕を掴んで引き立たせると、現場監督は痛みからか苦しげなうなり声をあげる。


「我慢しろよ。エディが止めなきゃテメェなんざぶっ殺してやるところなんだぜ」


 俺のバイクの後部座席に跨がらせ、それに続いて俺も運転席へ着く。


「余計に動くなよ、そん時ゃ容赦なく捨て殺して行くからな」


 そう脅しながらエンジンをかけ、俺とエディの操る二台のバイクは、なけなしのヘッドライトで前方を照らしながら、暗がりのアリヅカを疾駆する。

 やがて俺達は問題なく山の腹に空いた坑道の入り口にたどり着いたが、どうにも表の様子がおかしい。聞こえてくるエンジン音が仲間の数よりも明らかに多い。いぶかしんでいると、仲間の乗った3台のバイクが焦った様子で坑道へ走り込んできた。俺達とすれ違った時にようやくこちらに気づいたのか、その瞬間に俺達は互いにブレーキをかけ、砂埃を上げながら十数メートル離れた位置に停止した。

 仲間の一人が息を荒げながら叫ぶ。


「ガラン! た、大変なんだ、表に変なバイク集団が来て!」

「変な? 機動隊の奴らとは違うのか?」

「違う! あいつら、俺達を捕まえる気なんかねえ! もう何人かやられた!」


 そりゃ……マジでやばいな。クソ、ここにきてイレギュラーな事態ばかり起こる。


「とにかく脱出だ! 抗戦しながらでも敷地外へ出るぞ!」

「いやガラン、間に合わない。音が近付いてくる。ここに逃げ込んでくる気だ」


 それを聞いて怖じ気付いたのか、逃げ込んできた数人の仲間は坑道の奥へと向かい始めた。それに釣られるようにして表から聞こえる鉄馬の諍い声はいよいよ近づき、俺達に迫りつつあった。


「エディ! この奥から表へ抜ける道はあるか!」

「あったはずだ。先導する!」


 俺達は後輪を空転させて滑らせ、坑道の入り口にテールを向けると、前輪のブレーキを解放して勢いよく走り出した。

 それとほぼ同時に、今まで別の空間にあった数多のバイク達の上げる嘶きが、同じ空間に侵入したことを反響で感じる。この生きるか死ぬかのレースに僅かのリードを持って、俺達も参戦することとなったのだ。


「ガ、ガラン! こんなの聞いてねえぞ!」

「何とかしてくれ!」


 数人の半端者が後方で弱気なこと言ってやがる。犯罪者が誰かに頼れることなんざありゃしねえんだよ、死ぬ覚悟くらいいつでもしとけや!

 しかしそんな本音は隠し、俺はハッパをかけるために叫ぶ。


「てめえら、何を弱気になる! 俺についてこい! 邪魔する奴は蹴散らしちまおうぜ!」


 再び見えた希望に、後方で安堵しているのが空気で分かる。これでよし。勝手に散られちゃリーダー格の俺に敵が集中しないとも限らん。こいつらが一塊になって俺と敵の間にいりゃ、まあ壁くらいにはなるだろう。

 俺の僅か前方を行くエディのバイクが左方向に逸れる道を選び、車体を傾ける。俺がその後に続くと、仲間と敵達も続々とその後ろに続く。よし、この調子なら何とかなりそうだ。

 余裕が生まれたその時、俺の真後ろから僅かな笑い声が漏れる。奇妙な声の主は今まで黙り込んでいた現場監督だった。


「へ、へへへ」

「おい、なに笑ってやがる。イカレたか?」

「違うね。敵の正体を知りたくねえか?」


 その続きは何かを察したエディが語った。


「そうか、あれはヴァルモーデン卿の私有部隊か。道理で良い音をしている」

「その通りだ、お前等はもう終わりだぜ! だが今投降すりゃ、おまえ達二人は生かしといてやるよ、どうだ?」


 俺はその言葉を殆ど耳へ入れず、現状の妙な点を考え出す。この部隊は俺達の強盗計画に便乗してライバルの貴族を潰す目的があるのは間違いない。問題はその迅速に過ぎる行動だ。何の前情報も無くほんの20分足らずの内にこれほどまでの部隊を派遣できるわけはなく、必然的に計画的犯行と分かる。ならば、考えられる可能性は限られる。


「おーい、ガラン! こっちだ!」


 その時、俺達の進む上下幅5メートルほどの坑道の先に、先ほど真っ先に逃げ出した内の2人がバイクを停め、左方の横穴に指を向けている。


「ガラン、分かってる?」

「その言葉で確信したよ」


 俺とエディは懐から鉄でできたシンプルなパイプを取り出し、速度を緩めず突進する。


「こっちが出口だ……えっ」

「ありがとよオラァ!」


 そして俺達は駆け抜け際に一人ずつその顔面にパイプを叩き込み、そのまま坑道を直進する。この手に伝わる衝撃からして、頭蓋に傷害が残るレベルの傷を負わせただろう。腹の虫は収まんねえけどな!


「舐めんじゃねーぞ裏切りもんがぁ! そこで死ねボケ!」


 言わずとも、後続の仲間達や敵に轢かれているのが視界の隅に映ったのでまあ死ぬだろう。しかしそんなことは現状の何の救いにもならない。


「お、お前、なんで仲間を!? 出口へ向かわないのか!?」


 現場監督が本当に理解できていない口振りで叫ぶ。ああ、こいつ間者とはいえ、構成員全体の把握ができていないところを見ると、大して重要なポジションにいたわけじゃないらしい。

 そうした考察に至っていると、先に逃げた三人の内、最後の一人が合流路から現れた。先ほどの一幕を見て正体が割れたと思ったからか、最初から刃渡り50センチほどの刃物を構えて俺に迫ってくる。


「おお、お前か! この前の奴を殺ってくれ!」


 現場監督はそいつを知っているのか、声に喜色を滲ませながら叫んでいる。俺は応戦の構えを取りながら、後部に座す馬鹿の間違いを正す。


「アホかてめえは! 事ここに至っちゃてめえも捨て駒だ!」

「え? な、何を馬鹿な、俺は何年ヴァルモーデン卿にお仕えしてると――」

「その通りだな」


 現場監督の言葉は遮られ、間者の振るった刃がその首の側面を切り裂いた。良い刃物を持たされていたのか、何の抵抗もなく刃は引かれ、バックミラーに赤い噴水を撒き散らす現場監督の姿が映り込んだ。


「は、か、ああ……」


 命ごと吐き出すようなか細い断末魔の後、現場監督の体は弛緩して俺にもたれ掛かってきた。それによってバランスが乱れ、ハンドルに重みがかかる。


「クソが、荷物増やしやがって!」

「耐えるだけ流石だな、次はお前だぜっ!?」


 間者の言葉は、エディのポケットに入っていた魔石がその顔にぶち当たって止まった。痛みに思わず顔を手で押さえ目も瞑っていたが、しかしそれでも転倒に至らないだけの技術はあったようだ。


「耐えるだけ流石だなぁ! だが死ぬのは――」


 俺は現場監督の死体を背負う形で持ち上げると、両足でステップに踏ん張り、思い切り投げつけた。


「てめえだオラァ!」


 ようやく目を開けた間者の視界は現場監督の死体でいっぱいだったろう。奴はその重みに耐えきれず転倒し、後続のバイク達は何とかそれを避けていた。まあ避けたのはバイク本体であって、間者の胴体で仲間のバイクが軽くジャンプしていたが。そいつは何が楽しいのか「ぃヤッホー!」と叫んで飛んでいた。まあ気持ちは分かるな。


「サンキューエディ! ナイスだ!」

「思ったより痛そうだった。どうでもいいけど。さあついてきて」


 俺はエディの指し示す道を信じ、仲間達は俺を信じ、左右に折れながらも決して速度は緩めずに駆け抜けた。何人か後続の仲間に犠牲が出たかもしれないが、今や敵を完全に引き離せたのか、俺とエディ、そして仲間達しかそこには走っていなかった。


「お、撒けたのか? 意外とあっさりだな。よし、さっさと行こうぜ」

「ああ、もうすぐ出口だ……?」


 エディは何かに気づいたのか急に黙り込み、俺も釣られて口を閉じる。すると前方、僅か三メートル四方ほどの狭く暗い坑道の向こうから何か音が聞こえてくる。機械的で、まるで何かを削る重機のように重く、寒々しい音。


「全員止まれ!」


 俺の号令に一斉にバイクが止まる。それゆえに穴の奥から響く重低音がより鮮明に、こちらに向かって来るのが聞こえる。腹の底に打ち付けるようなその空気をかち割って、暗がりの向こうから突然明かりが照射される。そこにいたのは、坑道を殆ど隙間無く埋めて迫り来る、回転する鉄の円盤。その円盤上では数多のブレードが俺達をすり下ろしてやろうとギラついていた。

 ぞわりと全身に走る寒気のままに、俺は後方へ向きを変えながら叫ぶ。


「戻れぇ!」


 俺とエディの技術はこの中でも特別高く、この狭い通路内で反転するのに苦心する仲間達を尻目に、俺達はまた先頭に立って走り出した。


「エディ、何だありゃ!?」

「小型の掘削機だ。凄いな、思ったより速く走る」

「言ってる場合か!」


 本当にそんな場合ではなく、反転に失敗して車体を倒してしまった奴がいた。そいつ自体は他者のバイクに同乗することで何とか逃れたが、倒れたままのバイクは掘削機に触れた途端どこかに引っかかったのか大きく跳ね上がり、破損して細かいパーツをバラバラとまき散らしながら地に落ちる。そして再びブレードに巻き込まれたとき、今度は完全に刃と噛み合ったのか、バイクは円盤の下部に引きずり込まれ、バキバキと鈍い音を立てながら跡形もなく粉砕されてしまった。恐ろしいのはその最中でも全く回転や進行の速度が緩まない掘削機のパワーだ。こんな時だというのに不覚にもときめいてしまう。


「逃げ延びたらあれ欲しいな」

「言ってる場合? この先でさっきの奴らもきっと待ちかまえてる」


 ふとした呟きに意趣返しを受けてしまったが、確かにエディの言う通り、撒いたと思ったのは奴らが掘削機と挟み撃ちにする計画だったからで、この先で間違いなく降車でもして俺達を待ちかまえているだろう。この先の道なら、たぶん……


「作戦がある。あいつらが見えたらアクセル全開にした後、俺のバイクに飛び乗れ。できるな?」


 意図を察したのか、エディは口の端を少し楽しげに歪めた。


「勿論。できなきゃ死ぬだけ」


 やがて何の面白味もなく予想通りに、降車してそれぞれ得物を持ち立ち塞がる部隊の連中が前方に現れた。


「大人しく投降しろ! お前たちに逃げ場は無いぞ!」


 確かに幅5メートル程の筒状・・の道を横に広がって塞いじゃいるが、俺とエディは速度を緩めずに突っ込む。バイクはこれまでにない加速を見せ、身構える奴らにあと数秒で到達しようという瞬間、エディは座席の上に立ち上がって思い切り横に飛び、俺のバイクの後部座席に飛びついた。その衝撃に流されるまま壁面へと逸れつつ、俺はアクセルを思い切り捻り込む。


「おらあああああ!」


 尋常じゃないスピードで車輪は壁を伝い、車体が斜めになろうと重力の下に引き寄せられる事も無く、俺のバイクは地上の制約から逃れ、筒状の道を這うように一回転・・・した。アドレナリンの分泌からか、天井付近で奴らの驚嘆の顔がやけにはっきりと、逆さまにスローモーで映し出された。

 それとほぼ時を同じくして、エディの乗り捨てたバイクもその速度を保ったまま、部隊の先頭に立っていた連中に衝突した。俺のバイクに一瞬でも意識をやったばかりに虚を突かれた奴らは、下手な受け身も取れずに二、三台のバイクを巻き込むように弾き飛ばされた。あの衝撃じゃもう動けまい。

 そして俺達は昇った時とは反対側の壁から下り、元の重力下に戻る。今の軌道は……あんまりにも楽しかった、楽しすぎる。ここから逃げ延びてもこっそり通い詰めようかと思う程度には。俺はまだまだ危機を脱していないというのに、あまりの興奮から腹が捩れそうなほど笑った。それはエディも同じだったようで、俺達はまるで何かに取りつかれたように笑い続けた。

 そうこうしているうちに、後方から争うような声と金属のぶつかり合う音が反響して届く。仲間たちとバリケードが衝突したか。俺たちの作った穴から何とか脱出してほしいもんだ。駄目なら知らん。

 しかし部隊の連中もここまで辛酸を舐めさせられた相手をみすみす逃がす気は無いようで、幾台かのバイクは俺とエディだけを追って来た。なるほど、さすが貴族のお抱えだけあって良いもん乗ってやがる。このままじゃ追いつかれなくとも引き離すことも容易ではなさそうだ。その幾台のバイクの後方からは、バリケードを抜けたらしい十台に満たない仲間のバイクと、それを部隊の同数程度のバイクが追う形で追随している。


「このままじゃ泥沼だぜ。エディ、何かいい道はねえか……エディ?」


 エディからの返事が無い。ちらりとその顔を見やれば、目を見開いてどこか遠方を見つめているようだ。


「おい、どうしてエディ。何かあんのか?」

「聞こえる……そこを、左だ」


 今までとは何か違う、まるで何かに引き寄せられるように虚ろな声と表情だった。これを本当に信じるべきか一瞬迷ったが、ここまでアリヅカの深部に至ったからには、エディの記憶と能力が頼りだ。俺はエディを信じ、左の道へと進路を移す。そこは今まで通った中でも一番細い道で、地面も大した整地がなされておらず、俺は一層不安が強くなってきた。

 そしてそれは的中した。ヘッドライトが照らし出したのは、百メートルの距離も無いほどに差し迫ったゴツゴツとした壁面だった。


「おいおいおいざけんなよ! 行き止まりじゃねえか!」


 俺がブレーキをかけようとすると、エディは俺の肩を強い力で握り締めてきた。


「このまま行け、行けるんだ。壁は破れる」


 何の確信を持って言ってるのかわかりゃしねえが、エディは絶対の自信を込めた声でそう言った。だからか分からないが、それとも壁を破るなんてフレーズに惹かれたからか、俺はその言葉を信じてみたくなった。そう言外に伝えるために、俺は右手でアクセルを更に解放する。

 壁が迫る。あっという間にそれは近付く。あと30メートル、20、10――


「らあああああああ!」


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