7.(著:ヤマダ)
音が響く、完成したバイクの吐き出す熱狂の嘶きが。血管に煮えた油が流れていると錯覚する程の興奮が全身を支配する。良い、素晴らしい、これぞバイク!
至福を噛み締めていると他のバイクの音が近づいて来るのが聞こえてきた。外で聞いていた音より上質な物が2つ、この隠れた女王の部屋へ来られるのは道を知っている者だけである事も加味して考えるに新手。これはやばそうだ、逃げろ!
跳ね上がった馬力を喜ぶ様にウィリーで走り出す。落ちない為に全力でしがみつきながら思わず笑いが漏れる。人生で今が1番頭が回っているだろう。外の音は聞こえないから新手に仲間が居るかは分からない。だが、貯蔵庫に2人だけしか向かって来ていない事から憲兵ではない。憲兵は3人1組で動く。盗賊でも憲兵でも無い第三勢力の介入、一体何者なのか。
行きの倍に思える速度で道を進んで行く。狭い道なのに舗装路の様にかっ飛ばすのは命知らずの特権だと心が踊る。このままのペースで行けばギリギリバイクがすれ違える広さの道で対向する事が出来そうだ。例の2人はバイクに慣れている者とそうでない者で構成されているらしく、並走して道をふさぐ事無く両者の間に微妙な隙間が感じられる。
チャンスだ。握り拳を突き出し腕を振るって強気に突っ込む指示を出す。意図に気付いてくれた様でバカ笑いを上げて獣を思わせる前傾姿勢をとる。そうとも、粗野な位が丁度良い。見えて来た、あの間を強引に割り入るのだ。やって来た人物が見えたぞ。待て、待ってくれ、何故現場監督と同僚が来ているんだ!
嗚呼しかし、思考を整理する為の時間など寸毫も無い。獲物に飛びかかる獣を想起するキレでもって隙間を駆け抜ける。すれ違い様に見える2人の驚愕と焦燥の表情。振り向けば同僚がバランスを崩して転倒しようとしていた。これで時間が稼げる。そう思ったと同時にガランが怒鳴り声を上げた。
ガランが言うには同僚はこの襲撃をするタイミングを決める様な話を大声でしていたらしい。そしてこうやって戻って来て魔石の貯蔵庫に向かっていたということは、始めからこの襲撃が計画されて起きたものだったとなる。大きな魔石だけが詰まった袋が山の中間に隠される様に固めて置かれていた訳に納得した。勝手に良い様に使われた形となったガランは腹に据えかねたのだろう、さっきから口汚く罵り声を上げ続けている。このままでは2人はガラン達に殺されてしまうのではないかと危惧してしまう。現場監督には恩が有るのだ、何とか助けなければ。未だに罵倒し続けて居るガランの裾を引いて止まる様に促す。よくもまあ罵詈雑言のボキャブラリーが豊富だと呆れながら考えを纏める時間が欲しいと告げると、渋い顔をするものの了解を得られた。
まず、現場監督程の人物がここの貴族を裏切るのは何故だ。あの人ならば貴族を裏切るリスクはよく知っている筈だ。今迄に逆らった事すら見た覚えが無い。否、一度だけ裏切りの兆候を見せた時が有ったではないか。そうだ、それは正しく自分がこの鉱山に就職した時であり、監督に恩を感じる原因である。あの時監督はこんなに虚弱な者が過酷な鉱山で働けるかと貴族に怒鳴ったのだ。そしてその後2人きりで話した折に、もっと環境の良い鉱山に移った方が良いと勧めてくれた。あの時はこんなにも心配をしてくれる人が居るのかと感動したものだった。だが、今思えば勧めてくれた働き先は他の貴族の鉱山だった。そして、大量に魔石を掘り出した功績でここの貴族にお褒めの言葉を頂いた際、これで奴に勝てると呟いていた。この時出てきた貴族との間で派閥争いが有る事は明白。現場監督になれる手腕と教養、有能な鉱夫の敵対派閥への引き抜き、とどめに今回の盗賊計画とやたら慣れたバイク操作。導き出される解答は、監督は初めから間者だった。ならば、生かせる!
考えが纏まって来た頃、バイクの音が1つ聞こえて来た。この音は監督のバイクだ。もう1つの音が無い事からバイクか同僚どちらかに損傷が出たのだろう。同僚が無事か心配だが、1人なのは好都合だ。再び走り出してレースを開始する。めぼしい大物魔石をこっちが確保して居るのだ、相手は我々を追わざるを得ないだろう。必死にアクセルを吹かして見失わない様に全速で追って来るのを見てこのバイクのスピードの出鱈目さを実感する。ここで出口では無く更に奥への道を示す。ガランは訝しがりながらも指示通りに走ってくれた。その後必死に肩を叩くアクションを混ぜる。笑い声を漏らしている為ガランには興奮していると思って貰えるだろう、しかし監督に笑い声は聞こえない。監督もこっちも坑道の地図は熟知して居る。故にこの先が何処を曲がろうと行き止まりという事が分かるだろう。ちらりと振り返れば何処で曲がろうと即座に対応出来る様に距離を若干置いて追いかけて来ているのが見えた。そうとも、無理矢理追い付く必要が無くなった。勝利を確信して油断を見せてくれた。だからこっちが勝ちを拾える。
手早くこの先の道順を指示しておき、自分の上着の袖から腕を抜いておく。絶妙にプレッシャーをかけて来る距離にぴたりと付けて煽る監督を曲がる時に確認。この後また直ぐに曲がり角が有って、この距離なら一瞬こちらの姿が視界から消える。自分は監督のドライビングテクニックを信じている。だからこのタイミングで上着を脱ぎ、広げて後ろに放る。角を曲がって来た監督の顔に上着が丁度被さってくれた。急いで取り付けていた袋を取り外して監督めがけて投げる。信じた通り急に視界が塞がったにもかかわらず監督はバランスを崩さず走ってみせた。だからこそ綺麗に魔石満載の革袋は監督を殴り飛ばしてくれた。
幸いにも監督は受け身を取ってくれた様で重大な損傷は手足の骨折で済んでくれた。監督の上着で拘束し、自分の上着で折れた腕を吊っておいた。ボディチェックをしてナイフを3本と仕込み靴を没収し、ガランに連れて帰ってもらうように頼む。この人には利用価値が有る。他所の貴族の間者が動いたという事は、今日の魔石を皇帝陛下へ献上されると、この人が仕える主の派閥の負けが決定的になるのだろう。故にこの人は良い金ヅルになる筈だ。これだけの魔石を奪った所で捌くのは時間がかかる。商人だって資金は有限だ。ましてやスラムの悪童が持つ繋がりなどではこんな国家予算に片足突っ込む額の買取なんぞ不可能と断言出来る。そこでこの人の登場だ。この人の雇い主は何と言ったってあのヴァルモーデン卿だ。ここの貴族が出した名前と前に監督が勧めた鉱山の持ち主の名前、魔石鉱山を持っている為大型の魔石を奪った後に自領の出土品と言い張れるという条件から間違い無い。分かり易い人だ監督、頬が引き攣っている。兎に角、ヴァルモーデン卿に買ってもらえば簡単に捌けるし、卿も手を汚さず派閥の力を伸ばせるという寸法だ。そのメッセンジャーとしてこの人は必要なのだ。だから見張り宜しく。
自分はガランに監督を押し付けて監督のバイクで走り出す。あれ?後は監督をガランと一緒に連れて帰るだけだった筈だ。その為に言い訳をこじつけた筈なのに。何で走っているのだろうか。如何してツルハシを握っているのだろうか。何故今日倒れた場所にいるのだろうか。何の為にツルハシを振るっているのだろうか。
気付いたら汗だくで壁を掘っていた。足元には革袋に入っていたのと同じ位の大きな魔石が幾つか転がっていた。もったいない後で拾わなきゃ、そんな物に構うな掘れ。上着が無いから汗が邪魔臭い、もう少しだ掘れ。掘れ掘れ掘れ掘れ。無心でツルハシを振るっていると、ガツンという手応えと共に小型の石が剥がれ落ちた。それは魔石と違って透明感のある黒色で中に青い光を宿している。宝石と言われれば納得しただろうその石からも、やはり魔石特有のあの忌々しい声が聞こえてくる。今迄に聞いた事が無い程の大音量で、まるで怨嗟の洪水だ。と、不意に青い光が揺らいだ。其れは暗い水底に蠢くモノを見てしまった時の様な悍ましさを感じた。背筋に寒いモノが奔る。途端にこの魔石の放つ波動に生物特有の得体の知れなさが紛れ込む。いつの間にか声は笑い声に変わりやがてあの嘲笑いへと至って行った。此れは駄目だ世に放ってはいけないモノだ。しかし、このバケモノをバイクに使ったらどうなってしまうのだろう。バイクだと?巫山戯るな!あんな地を這う物など!何だと!バイクは素晴らしいぞ!そっちこそ巫山戯るな!ムカッ腹が立った事で恐怖は霧散した。落ちている魔石を拾い集めてポケットの中に詰め込む。この石はどうしようか、こんな悍ましい品物が世に出たらやばい。隠さなくては。苦肉の策に飴玉の様に口に放り込むと、監督のバイクでガランの下へ走り出した。