3.(著:ヤマダ)
鉱夫の朝は早い。倫理の観点から採掘の開始時間と終了時間が決められてはいるが、それは本当に採掘だけだ。開始時間にツルハシを振るう為に長い坑道を抜けなければならないので、空が白み始める前に準備を整える必要がある。故に睡眠時間は体を休める最低限の物となる。嗚呼、全くもって劣悪な労働条件だ。
芋洗の如く詰め込めば20人程を積載できるトロッコに潜り込んで採掘箇所の近くに向かう。このトロッコのお陰で採掘の効率は実に向上したものだ。しかしながらこれの動力も魔石故に、粘質で気持ち悪いブツブツというあまり関わり合いになりたく無い類の声が動力部からするのはとても鬱陶しい。
長いトロッコ移動が終わり、採掘箇所に着くと今日は何だかいつもと違う声がする。普段のあの怨嗟に混じって仄暗い愉悦の笑が漏れ聞こえて来る。思わず顔が引き攣った。表情を変えるなど久しぶり過ぎて筋肉が上手く動かない。ましてや笑みなど前に浮かべたのは何時だったろう。はて、何がこんなに可笑しいのだろうか?まあ良い掘らねば。周りの鉱夫が普段変わらない表情に変化があった事に気づいて目を丸くしているのが見える。そんな些末事などどうでもいい掘らねば。ツルハシを握る手に力が籠る。ふと意識を波動に向けると掘り進むべき道筋が耳に入ってくるのだ。こんなのおかしい、絶対に普通の状態じゃない。なに、気にすることは無い掘らねば。
ツルハシを振るうと大振りの石が魔石を引っ付けて転がり落ちた。粗末な小物が邪魔臭い。蹴りやってまたツルハシを振るう。10に1回は魔石が転がり出て来る。大漁だ。何時もよりハイペースでザクザク取れる。けど一々こんな欠片に構って居る暇は無い。ツルハシを振り過ぎて腕が怠くなってきた。休憩しなくては倒れてしまいそうだ。未だ届いていないぞ何を休もうとして居るんだ。もっと掘らねば、掘らねば、掘れ、掘れ掘れ掘れ掘れ!
ツルハシの落ちた鈍い金属音が坑道に響き、肉が強かに床を打つ音が聞こえた。どうやら誰かが倒れたらしい。脱水症状、熱中症、過労、酸欠数え上げればキリが無い。意識を失う理由に事欠かない坑道故に救助は恐ろしくスムーズに行われる。今日倒れた馬鹿はあの無愛想なガキだったみたいだ。助けた奴は魔石の半分を取り分に貰えるルールがあるから大層喜んでいた。どうにも今日は朝から絶好調でたっぷり魔石を掘っていたらしい。いい気になって掘り続けた所為で倒れたんだな阿呆らしい。
ヒョロガキを助けた奴は2~3日分の稼ぎをひけらかして大酒を煽っている。その自慢げな稼ぎも元の持ち主の1日の稼ぎ分以下な事を考えるとあの気味悪いガキの異常さが浮き彫りになるな。こんなに金貯めて何をするんだか。それよりもあの陰気め、うわごとに未だ掘らねば、未だ終わっていないと繰り返してたらしく鉱山始まって以来の大漁の予感に皆浮ついてやがる。こんな場末の酒場といえ、そんな情報流したら盗賊に襲ってくださいと言っているようなものじゃないか。くそ、暫くはナイフ握ったまま寝るしかなさそうだ。