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RIDE THE IRON HORSE  作者: 凡骨のヤマダ
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2.愛ゆえに悪巧み(著:凡骨)

 軽くアクセルを捻れば、『バルバル』と明確に不調を訴えかける大音量の排煙音が、小汚い(おまけにせせこましい)あばら屋の窓をガタガタと震わせる。

 俺の家をぶっ壊そうと嘶く目の前のバイクは、そのしなやかな黒い体に光沢を湛え、俺の大した造形でもない顔を更に不細工に歪めて映す。

 不満気な表現になったが、全然そんなことはない。艶々に磨かれた外装ってのは見ているだけでお腹いっぱいだ。

 だが満足しているのは俺だけらしく、バイクの方は相変わらず不機嫌に息を荒げていた。


「まあまあ待ちなさいな、今日こそお前を動かしてやるぞ」


 言いつつ、無理だろうなあと内心でため息を吐く。このバイクが不調に陥っている原因は一つ。単純に出力不足ってだけだ。そりゃそうさ、本来ならこのバイクを動かすには750MP以上の魔石が欲しいってのに、150で済ませようとしてるんだから。

 その無理を押し通そうと、供給線を換え、ガスタービンを増設し、細部パーツの軽量化にも着手した。

 結果が、不整脈の如きアイドリングをしながら、それでもなお動き出そうと排煙口から鬼のように白煙を噴き出す愛車だと言うんだから、報われない事この上ない。

 一旦エンジンをストップし、シートとハンドルの間に構える魔石タンクを開く。大型バイクらしく広々としたその空間の中に、ぽつねんと哀愁すら漂わし固定された小さな魔石。その色は早くもくすみ始め、規格にそぐわねえぞ馬鹿野郎と無言で訴えているかのようだ。もう、この光景が非常に虚しい。

 何度も何度も味わったこの虚脱感から脱しようと、その日も思いつく限りの策を徹底して施した。が、二時間が過ぎた頃にとうとう魔石が砕けてしまった。


「ああぁああ……まだ二週間しか使ってねえのに」


 がっくりと力が抜け、シートに突っ伏す。

 いくら安価の150MPの魔石とは言え、タダ同然、なんてわけじゃない。こうした失敗の連続は確実に俺の財布へのダメージを蓄積しつつあった。

 しかし、だからと言って大容量の魔石をすぐに購入できるかと言えば、そうではない。

 魔石というのはそもそも、400MPまでの中容量サイズならばある程度の量が確保できるが、それ以上となると一気に希少になってくる。当然、値はつり上がり、買うのはいつもブルジョワ共というわけだ。

 近年の市場は腕の良い炭坑夫でも入ったのか、以前に比べれば少しはマシ、といった程度には値下がりが見られたが、まだまだ俺のようなしがない気管工の若造には手の届かない代物だ。

 だからこうして安さ故に小さな魔石でどうにかしようと努力してはいるのだが、なにせ問題の根幹は容量に伴う出力の圧倒的な不足。機構をちょこちょこ弄ったところで、何の解決にもなりそうにないのは何となく分かってきてしまった。

 俺はよっこらせと立ち上がってバイクのキーを外すと、天井から下がっている魔石ランタンのツマミを捻って消灯し、もはや梯子と呼ぶべき傾斜を持つ木製の階段をギシギシと軋ませながら屋上へ上がる。

 天井板を外してそこへ立てば、周囲に建ち並ぶ(俺の家と同じような)あばら屋の小汚い屋根が、否が応にも目に入る。そのスラムの街並みから遠く離れた場所に見えるのは、上質な魔石灯の明かりで煌びやかに輝く、 煉瓦造りの家々から成る中心街。

 そして更にその向こう、夕と夜の狭間の不鮮明な薄暗い空に、その姿を雄々しくそびえ立たせる刺々しいシルエットの山脈。

 あれこそがこの街、ひいてはこの国の主要産業『魔石機械』の動力源となる『魔石』を生み出す山々、通称『アリヅカ』だ。つまり坑道が四方八方に巡っているってわけだが、しかしそれでもまだ掘り出す余地は存分にあるらしい。

 俺はそこを睨みつつ、懐から吸引管を取り出して咥え、先端の小さな球体を捻って煙を肺に取り込む。

 この球体に収まっている薬丸は、中心街の方じゃ最近違法化したそうだ。だが健康やら寿命やらというのは、スラム住まいの連中にとっちゃ余りに現実味に欠ける言葉だ。

 長く生きなくても良い。心残りが無ければそれは素晴らしい人生であり、死だ。だからこそ俺はあのバイクを動かさなくてはならない。そうすれば悔いが無くなるのかは知りやしないが、とにかく動かしたいんだから仕方がない。そして現状ではまず動かない。だから仕方ない。

 犯罪に手を染めるのも仕方がない。

 煙を思い切り吐き出し、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


「やってやらぁ、金持ちの道楽に付き合ってられっかよ」


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