補充機
敵基地への強行偵察に成功した五十六と大河であったが、敵であるアルメディア軍が複葉機とはいえ、飛行機を保有した事は大きな衝撃であった。
「まさかもう飛行機を実戦に投入してくるなんて。」
五十六は基地の司令官室で昨日の空戦の事を思い出していた。
五十六たちの世界の歴史では、飛行機が本格的に参加した戦争は第一次世界大戦である。この戦争は1914年から1918年まで行われた。
この世界の技術レベルは、当初日露戦争時代の地球と同レベルのはずであった。つまり、飛行機の登場する時代とはおよそ、10年から15年の差がある。
この世界に五十六たちが飛行機を持ってきて実戦に参加するようなったのは、3ヶ月ほど前の事である。
いくら技術レベルの進歩が早くても、五十六たちが飛行機で戦いだした事への対策として飛行機を投入したとは考えがたい。通常飛行機の設計から実戦投入までは、どんなに急いでも1年以上はかかる。つまり、アルメディアはかなり早いうちから飛行機の開発を始めた事になる。
五十六が貰った資料によれば、この世界での動力付き有人飛行機が始めて空を飛んだのは、6年前のはずである。その機体はほとんどライトフライヤーと同じであった。
そこから第一次大戦時の飛行機までは10年近く掛かっているはずである。それがこの世界では半分近くの時間で達成している。
この世界での科学技術の発展スピードが速いことは、戦車をみたりして感じていたことではあるが、ここまで速いとはさすがに想像できなかった。
「相手が布張りで300km以上の遅い機体ならそれほど脅威にはならないけど、それでも数で押し切られたら終わりだよな。」
消耗戦になった戦争では、兵器の質よりも如何に消耗した分を補充できるかが問題にあんる。いくら質が優れていても、数が足りなくては話にならない。
太平洋戦争では、日本の零戦が当初無敵を誇ったが、その後米軍の多少性能が劣る機体でも複数で1機に向かってくるようになると一気に劣勢に立たされた例がある。
「これだけの機体じゃ、抑えきれないよな。」
五十六の元にある機体は戦闘機、偵察機が併せて7機しかない。もし敵が旧式とはいえ複葉機100機で襲い掛かってきたら防ぎきれないかもしれない。飛行機はデリケートな機械であるから、まぐれ当たりの機銃弾で落ちる可能性もなくはない。
もし、1機でも失えば戦力は一気に15%も低下してしまう。
「沢村さんに補充機を回してもらえるように打診するしかないよな。」
昨日の偵察飛行の結果は既に報告してあるが、戦力の増強については言わなかった。五十六は司令官室から出て無線室へと行った。
この世界では携帯電話どころか衛星電話も無い。また、この基地には電話線をまだ引いてもらっていない。そのため、五十六たちは持ち込んだ軍用無線機で連絡を取り合っていた。
五十六は無線機の電源をいれ、沢村がいるはずの基地にコンタクトを取った。ただし、五十六は必ずしも今回の要請が通るとは思っていなかった。パイロットの育成がまだそこまで進んでいるとは思えなかったからだ。
「こちら神海基地司令高野、神海基地司令高野、松枝基地、松枝基地聞こえますか?」
松枝基地とは、五十六たちが最初にいた基地である。
「はい、こちら松枝基地。」
すぐに通信手が応答してきた。
「すまない、沢村司令代行に連絡を取りたいのだが。」
「了解です。しばらお待ちください。」
通信手が沢村を呼び出すまでの間、しばしまたなければいけなかった。
2分後、ようやく沢村が出た。
「沢村だ。何だ高野、昨日の報告なら既に受けているぞ。」
「はい、実は今日は報告ではなく、要請があって連絡をとらせていただきました?」
「要請など聞かんでもだいたいわかるわ。戦力の増強、特に機体を増やしてほしいんだろ。」
五十六は舌を巻く思いだった。そこまでしっかり見透かされていた。
「だったら、話は早いですね。で、どうでしょうか?」
すると、沢村の返事は少し謝りを含んだ物だった。
「すまない。戦力の不足はこっちも同じなんだ。今の所そっちに回せる戦力は1機もないんだ。猫の手も借りたい思いなのはこっちも同じだ。」
予感は悪い方で当たってしまった。
「そうですか。敵が飛行機を使い出したので、少しでも有利に立つために戦力の増強は不可欠なんですが・・・やはりだめですか。」
すると、沢村が予想外の事を言ってきた。
「すまんな。しかし、来週になれば1機まわしてもかまわないぞ。」
「え!?回してもらえる機体とパイロットのあてがあるんですか?」
「ああ。そういうわけで高野、1週間何とか持ちこたえてくれ。出撃を控えろとまではいかないが、あまり戦力を消耗するようなマネだけはしないでくれよ。」
そして、無線は切られた。
五十六は新たに来る補充の機体とパイロットに期待する半面、一体どこから用意するのか気になった。
「こないだ松枝を出るときには、島で訓練中のパイロットが戦えるまでには2ヶ月は掛かるって沢村司令は言っていたよな・・・一体どこから用意したんだ?」
気にはなったが、とにかく1週間待つことにした。五十六は戦力の温存と、燃料や弾薬の節約を図るため、攻勢を取りやめ、敵が越境してきた時だけ迎撃する事にした。
もちろん、必要な偵察などは行った。しかし、アルメディア軍がこちらに越境してくる気配はまだ無かった。
一回だけ、敵の偵察機が越境してきたが、単機で複葉機であったため、国境線を越えた途端に撃墜されている。
そして、1週間が経過した。五十六は滑走路に立ち、補充されてくる機体を待っていた。そしてお昼前、東の空に機影が一つ現れた。
「来た!!」
現れた機体は、今五十六たちが使っているのと同じ零戦であった。その零戦は見事な3点式着陸を行い、基地の人間に感嘆の息を漏らさせた。
そして零戦が止まり、中から出てきた人物を見て、五十六は驚いた。
「ひ、姫神さん!?」
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