予想外の仕事 到着編
飛行は順調だった。気象予報通り空は晴れており、飛行を阻む雨雲も雷雲も乱気流もなかった。
巡航速度350kmで飛ぶ。搭載されているアリソンエンジンは不調もなく、一定のリズムを刻んで回っている。
高度は3000m、そこまで寒くはないし酸素マスクが必要な程高くもない。快適その物の飛行である。
綺麗にV字編隊を作って飛ぶ3機は、時折針路を変更する。出撃前に打ち合わせしていた地理把握のために迂回コースを取るからだ。
幾つかの集落や池、川を確認しそれらを地図と照合しさらには直接頭に叩き込む。直ぐに覚えなければいけないのは簡単ではないが、戦闘に比べれば遥かに楽な作業である。
そうした比較的のんびりした飛行を続けること凡そ1時間、遠くの方に海が見えてきた。目的地である小摩木の町は海沿いの町であるからもうすぐ到着である。
すると、沢村機から無線連絡が入った。
「沢村だ。全機高度1000まで降下。右10度変針。」
五十六は言われたとおり、操縦桿を少し前へ倒し、さらにフットバーを軽く動かして右へ変針する。
1分ほどして、前方5kmぐらいに飛行場と思われる整地された場所が見えてきた。
「全機へ、1度飛行場上空を通過するぞ。お客さんも見ているはずだから綺麗に決めるぞ!!速度そのまま、直進!!」
五十六は機体を操縦しながら、下の様子を見た。滑走路はおよそ800mの長さであろうか、単発機がギリギリ下りられる長さだ。その滑走路の一角に、天幕が張られ多数の人間が集まっているのが見えた。
その上を、3機は通過する。
「ようし、では着陸するぞ。万が一に備えて一機ずつだ。」
五十六は一端機体を水平にして、飛行場上空をグルグル旋回するコースに入った。眼下では、沢村大佐の一番機が滑走路への着陸コースに入った所であった。
沢村機は綺麗に着陸を決めた。続いて2番機の藤沢少佐機もそれに続いた。そしていよいよ五十六の番である。
「ここは一発で綺麗に決めないとな。」
自身を奮起し、彼は高度を落として着陸コースに入った。エンジン出力を徐々に絞って速度を落としながら降下する。フラップを出し、さらに脚を降ろす。
スピード計と高度計に注意しつつ、機体をしっかり滑走路の中心線上に乗せた。
高度とスピードが落ちていく、そして滑走路の端を通過したときには高度5mにまで落ちていた。
「よし。」
彼はここで一気にスピードを失速させて機体を地面につけた。機種を上向きにしての綺麗な3点式着陸であった。
滑走路に脚が着くと、エンジン出力をさらに落とし、ブレーキを掛ける。ここでブレーキを一気に掛けると機体が前につんのめるので要注意だ。もちろん、五十六はそんなへまはしない。見事滑走路の中ほどで機体を静止させる。
「ふう。」
無事着陸が成功した事に安堵する五十六。しかし、すぐに機体を先に着陸した藤沢機の隣まで移動させる。そして、ほぼ3機が横一列にピッタシ並ぶよう止めた。
エンジンを完全に止めると、ゴーグルを外して風防を開けて外へと出た。ちなみに、車輪止めがないため、今回は機内に積んできていたそれを持ち出す。
「こっちだ高野!!」
機体から降り、車輪止めをはめると直ぐに沢村に呼ばれた。3人は機体の前に並ぶと、集まっていた皇国軍の将官たちに向かって敬礼した。
「沢村大佐他2名、ただ今到着いたしました。」
すると、一人の将軍らしい中年の男性が一歩前に出て答礼した。
「御苦労。私は皇国陸軍西部方面軍総司令官の本宗一大将だ。諸君らの到着を心から歓迎する。」
その言葉に、内心五十六は少し驚いた。目の前の本大将は日に焼け体つきも逞しく精悍な印象であるがどう見積もっても歳は40代前半だ。大将にしては若すぎる。
「これが君たちが異世界から持ってきた飛行機かね?」
本大将は「飛燕」を見ながら言った。
「そうです。」
沢村が短く応える。
「先日敵補給基地を破壊したというが、どれほどの性能を持っているのかね?」
「最高速度は約600km。航続力は1500km。武装は20mm機関砲1門に加えて12,7mm機銃2基。加えて約360kg分のロケット弾や爆弾を搭載できます。」
「ふむ。」
本大将は機体を一回りしてみる。時折機体自体に手を触れる。
「確かに・・・この時代の代物ではないね。」
興味深げに言うその顔は、非常に知的な印象を周りの人間に与えた。
「まあまた詳しく話を聞こうか。それではまず勲章を授与しよう。福井中尉!」
彼は副官らしい将校を呼んだ。
「彼らを案内したまえ。」
「は!皆さんこちらにどうぞ。」
そう言って、福井中尉は3人を天幕のある所まで案内した。
勲章の授与式は意外に早く終わった。本大将が簡単な言葉を述べた後、3人にそれぞれ勲章を授与した。
授与された勲章は桜の花を模った金色の物で、金鷲第2級勲章という物であった。ただし、異世界の人間である五十六にはこれがどれほどの価値がある物なのかはわからなかったが。
とにかく、そんな感じで勲章授与式は終わったが、その後に起きた事の方が五十六たち3人にとっては大変であった。集まっていた将官から兵までが「飛燕」の前に集まって説明を求めたのだ。
これには五十六も辟易してしまった。一人の質問に答えると、また別の人間が質問の嵐を浴びせてくるのだ。しかも、機械や飛行機の概念に乏しいこの世界の人間には一つ一つ丁寧に言わなければいけなかったことも、苦労を倍加させた。
こうして質問をさばいている内に、正午を過ぎてしまった。ようやくそこで質問攻めは終わり3人は支給された食事を食べる事が出来た。
3人が黙々と食事をしていると、本少将が副官の福井中尉を連れてやってきた。
「いや諸君。御苦労。大分手間を掛けさせてすまなかったね。」
その言葉に、沢村が答えた。
「いいえ、我々こそこの度は勲章授与という栄誉をいただけたのです。これくらいすることは当然です。」
「そうかね。しかし、君たちは異世界から来ていると聞くが、まるで昔からの仲間のような気がするよ。」
本大将のその言葉に、五十六は以前自分自身そんな感情を持ったことを思い出した。
(俺たちがいた日本とこの旭日皇国。地理や歴史は違うけど、人種的、文化的には大分似通っている。そう言うところにお互い仲間意識を持つのかな?)
ここで五十六は思い切った行動にでた。先ほど気になった事を聞いてみる事にしたのだ。
「ところで本大将殿は大分お若く見えますが、失礼ながらお歳はいくつでしょうか?」
「おい、高野!」
沢村が叱責するが、本は笑って言った。
「良いんだよよく言われることだ。私の歳は・・・・」
そこまで本が行った時、彼らの元へ遠雷のような衝撃が響いてきた。
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