予想外の仕事 出発編
整備兵たちの手によって3機のYakこと「飛燕」のエンジンが始動され、暖機運転に入っている。エンジンから発せられる爆音が、夜が白々しく明け始めた飛行場内に響き渡る。
五十六は機体に向かって歩いていく。その途中で、沢村と藤沢が立っているのに気付いた。
「沢村隊長、藤沢少佐!!」
五十六が声をかける。もちろん、爆音にかき消されないようにそれなりに大きな声だ。
「おう!!」
沢村が五十六に気付いた。
「おはようございます。」
「おはよう。十分眠ったか?寝不足は飛行中大きな敵となるぞ。」
「はい、充分に。」
「そうか。よし、じゃあ2人とも自分の機体の調整をしっかり行ってくれ。予定時間通りに飛ぶぞ。」
沢村は2人に今日の予定航路付近のチャートを手渡した。
「では、お互いの無事を。」
「「了解!!」」
3人はピシッと敬礼を行うと、各々の機体へと向かって歩き始めた。五十六は蓮の花が描かれた機体へと向かうが、沢村と藤沢の機体にも個人マークが書き加えられている。
沢村が桜の花で、藤沢が流星だ。沢村は一番好きな花だから、藤沢はなんとなく飛行機に合いそうだったからつけたと聞いている。
五十六は2人の機体を見つつ、自分の機体によじ登った。既に整備兵が操縦席に入って調整を行っていた。
整備兵は先日やってきたばかりの自分と同年代の平賀三等兵曹(伍長)だ。
「平賀三等兵曹、機体の調子はどうだい?」
平賀は振り向いて言った。
「エンジン、機体共に異常は見られません!!燃料は満タン。機銃も満載にしておきました。」
その言葉を聞き終えると、五十六は一度機体から降りて機体の周りを一回りしてみる。確かに見る限り不調などはなさそうであった。
それが終わると、もう一度翼によじ登った。
「代わってくれ。」
「はい。」
平賀が操縦席から這い出し、そこへ五十六が座る。座ったところで、腕時計を見る。0500時を指していた。
「後30分か。」
五十六はエンジンの温度計や回転計を見てみる。今のところ正常を指している。その他の計器も異常なさそうだ。
計器の確認が終わると、五十六は無線機のスイッチを入れた。
「隊長、高野です。機体、エンジン共に異常なしです。暖機運転をこのまま続けますか?」
まだ出撃予定時刻まで30分ある。それまで暖機運転を続けるのは燃料の無駄であるように感じたのだ。
返事は直ぐに返ってきた。
「そうだな。よし、10分だけ切ろう。0515に再起動だ。」
「了解!!」
五十六はエンジンのボタンを切にした。
徐々にプロペラの回転数が落ちていき、やがてパラパラという音を立てて完全に回転が止まった。見ると、沢村と藤沢の機体もプロペラを止めている所だった。
エンジンの停止を確認すると、五十六は先ほど沢村から渡された航空チャートを開けて見る。昨日の会議で確認したとおり、最短ではなく少しずつ地形確認を行いながら飛ぶ。だが、その迂回航路上にも特に高い山とか気流の悪い場所は無いようだ。
チャートを一通り見て、時計をもう一度見る。時刻は0514だ。
「そろそろかな?」
顔を上げて沢村達の方を見る。もう大分明るくなっているので2人の姿は見えた2人とも時刻を気にしているようだった。
と、その時無線が入る。
「ようし、全機エンジン再始動!!」
沢村が言い終わる前に五十六は前を確認する。整備兵はいない。そしてエンジンのスタータースイッチを入れた。先ほどの余熱があったおかげでエンジンは機嫌よく回った。プロペラの回転計と温度計が上がっていく。
ババババ・・・・
再び爆音が飛行場に鳴り響いた。他の2機もエンジンをスタートさせていた。
出発まで後15分。それまで暖機運転を続ける。その間に五十六は朝飯を頬張り始めた。そうして暇を埋める。
そして、弁当を全部平らげた頃に時計をもう一度見る。出撃予定時刻2分前だ。
五十六は飛行ゴーグルを下ろしてベルトをかける。後は隊長からの発進の合図を待つだけだ。
そして1分後。
「ようし、離陸するぞ。俺から順番に続け。」
五十六は両手を振った。整備兵がそれと共に車輪止めを外す。そして他の2機の動きに注意する。機体はいつでも動き出せるのでブレーキやエンジン出力に注意する。
先頭の沢村機、2番機の藤沢機が相次いで離陸していく。それを確認すると、五十六はブレーキを緩めて機体を前に進める。駐機場から滑走路に入る。そこで、管制塔に最終発進許可を確認する。
「管制塔、発進準備完了。発進の許可を願う。」
「了解、発進を許可する。貴機の武運を祈る。」
「ありがとう。」
管制塔との交信を終えると、彼はエンジン出力を一杯に入れた。機体がグングン加速していく。そしてプロペラ機である「飛燕」はかなり短い距離で空中に浮かび上がった。
空中に浮かんだ所で、素早く脚を閉じて風防を閉める。
昇ったばかりの朝日に照らされながら、彼の機体は上昇を続ける。既に先発している2機は高度を充分に取って、飛行場上空をグルグル旋回して五十六が上昇してくるのを待っていた。
五十六がその中へ加わると、直ぐに無線連絡が入った。
「ようし、揃ったな。ではこれより小摩木へ向けての飛行を開始する。いつもどおり3機V字編隊を組んでいくぞ。」
この場合、五十六の配置は逆V字の左側だ。
「了解!!」
こうして、彼らの空の旅が始まった。
戦争中ではあるが、空に敵はいない。殆ど遊覧飛行と同じである。五十六は飛行ゴーグルを外すと、朝日をみた。
「うわああ!!」
所々雲が浮いているが、それがより一層朝日の美しさを引き出しているかのようだった。
かつて真珠湾へ向かって飛んでいった日本海軍攻撃隊隊長の淵田中佐は昇る朝日を見て、「まるで軍艦旗やな。」と言ったと聞いている。それは今五十六が見ている光景そのままだった。
その光景に、五十六は心が穏やかになっていくのを感じていた。そして今自分が何故ここにいて、何故飛んでいるかさえ忘れてしまうかのようだった。
空は美しく、どこまでも広がっていた。
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