予想外の仕事 会議編
五十六が入った時、第二会議室には既に他の二人が揃い、机を囲んでいた。
(しまった。)
心の中で思わず舌打ちする五十六。また遅くなったことで怒られると思ったのだ。しかし、予想に反して沢村の口調は柔らかかった。
「前回よりは早くなったな。」
「へ!?」
意外な言葉に、五十六は気の抜けた表情をしてしまった。
「何間抜けな顔をしているんだ。会議を始めるぞ。」
「あ!はい。」
叱責されて姿勢を正し、急いで机に駆け寄る五十六。そんな彼を沢村は少し呆れた様に見ていた。
「まったく。では明日の計画に付いて話すぞ。」
沢村はそう言うと指揮棒を出して、机の上に敷かれた地図に目を向けた。
「明日の計画は明朝0530(まるごさんまる)に離陸し、南150kmの小摩木に0600(まるろくまるまる)に到着するように飛ぶ。本来なら最短距離を一直線で飛んでいきたい所だが、我々はこの付近の地理を完全に把握したわけではないので、迂回しながら地理把握をしつつ飛ぶ。」
この言葉に、五十六は大きな衝撃を受けた。
(飛んでいくのか!?)
てっきり陸上を車かなんかで移動すると思っていただけに、直接飛んでいくと知らされた彼の驚きは相当な物だった。
「え!?飛んでいくんですか?」
「ああ、そうだよ。」
「何を今更言っているんだ。」
沢村と藤沢の二人が五十六を馬鹿にしたような目で見る。
「だって、向こうに飛行場あるんですか?」
彼は直球で質問をする。日露戦争、もしくは第一次大戦とほぼ同レベルの科学力であるこの世界では、航空機はせいぜいライトフライヤー(ライト兄弟が初めて友人動力飛行をした機体)と同程度の物があると思っていただけに、飛行場があるとは思えなかった。
「あるよ。じゃなきゃ飛んでいくなんて言わないよ。あ、そうかお前にはまだ言っていなかったな。実はな、河口さんは商売柄こちらの政界や財界に太いパイプを持っている。だから、そのコネを使ってかなり前からこちらの世界に部隊展開を出来るように下準備を進めていたんだ。その一つがこの小摩木に造った飛行場だ。ちなみに他にも数箇所の飛行場が完成している。いずれも不時着用飛行場に毛が生えたような代物だが、いつでも使えるように整備されている。」
沢村が得意げに説明した。
(なるほど、そういうことか)
河口という人間に感心すると共に、彼は今後この部隊が今後他戦線に転用される可能性が高いことを知った。
「では話を戻すぞ。現在の所気象予測では飛行に問題はない。ただし万が一に備えて機銃弾はフル装備、そしてロケット弾も4発を懸吊する。もちろん、燃料も満タンだ。」
すると、五十六が手を上げた。
「むこうに付いたら整備と補給はどうするんですか?」
飛行機に限らず、機械という物はデリケートだ。だから一度使ったら整備は欠かせない。もし怠ったりすると、突然のエンジン停止や機銃の暴発などという致命的な故障に繋がる可能性がある。だから整備は不可欠だ。
しかし、如何に五十六たちの世界では60年前のエンジンでも、こちらの世界で整備できる人間がいるとは思えなかった。
「いい質問だ。だから、整備兵も2名ついてくる。それにともなってT6型機が1機付いて来る。燃料に付いては近距離だから大丈夫だ。」
「そのパイロットは?」
「今橘に決めてもらっている。」
橘とは、第二陣を率いてきたパイロットだ。元30歳の彼は沢村、藤沢に継ぐ腕を持っている。階級は大尉だ。ただし不断は科目で、目つきも悪い。だから彼と話をする人間は少ない。経歴については五十六も良く知らなかったが、傭兵出身というのが部隊内の専らの噂だった。
閑話休題。
「そのパイロットに今回の事を教えなくて良いんですか?」
五十六には何故そのパイロットがここにいないのか不思議でしょうがない。
「教えるよ。後でな。T6型機は俺たちより2時間遅れで来る事になっているからな、わざわざ一緒に教える必要もないさ。」
「何で2時間遅れなんですか?」
一緒に飛べば良いのにと五十六は思った。
「他の攻撃隊と発進を合わせるためだ。」
そう言われて納得する五十六。他の攻撃隊というのは、彼ら以外のパイロットで編成された攻撃部隊の事だ。
「次に小摩木の飛行場に付いて説明するぞ。飛行場は海沿いの高台に作られている。滑走路の長さは約900mだ。ただし幅が狭いから3機同時ではなく、1機ずつ着陸する。それと、同地は海に近いが突風が吹くなどはないらしい。それと、・・・」
この後は細かい説明が続いた。その内容1つ1つを五十六は頭に叩き込んだ。メモを取らないのは、万が一不時着などして情報が外に漏れないとも限らないからだ。
「・・・以上だ。質問は?」
五十六、藤沢共に質問は無かった。
「よろしい。では明朝0430(まるよんさんまる)起床。食堂で機内食を受け取った後荷物を持って格納庫に集合だ。以上、解散。」
こうして出撃前の会議は終わり、五十六は自室に戻るために会議室から出た。廊下に出ると、ちょうど隣の第一会議室の会議も終わった所であった。会議室から続々とパイロット達が出てくる。
明日が初陣となるパイロットたちの顔は、ある者は自信に満ち、あるものは恐怖し、ある者は無表情だった。それは以前、五十六が読んだ何かの戦争記録集にあったような光景だった。ただ違うのは、彼らが戦死する率が限りなく低い事だ。
彼らを一瞥すると、五十六は部屋に戻った。既に荷物は纏めてある。五十六はそのまま床に入った。緊張はあったものの、後輩への訓練が忙しかったこともあり、彼は直ぐに眠りに落ちた。
そして翌朝0430.目覚まし時計の音共に目覚めた五十六は素早く飛行服に着替えると荷物の入った鞄を持って部屋を出た。他の隊員たちを起こさないよう、静かに廊下を歩きながら食堂に向かった。
季節は秋であるから日の出はまだである。それでも、東の空は明るくなり始めていた。物音が殆どない早朝の基地には、ある種の幻想的な空気が渦巻いているように感じられた。
食堂で炊事兵から機内食であるサンドイッチと握り飯、そしてお茶が入った水筒を受け取ると、今度は駐機場に向かった。ちなみに、サンドイッチと握り飯なのは片手で手軽に食べられるからと、なるべく食べる物の種類を増やそうという気遣いからだ。
そして、兵舎から出たところで。
ババババ・・・・
エンジンの音が鳴り響いた。
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