予想外の仕事 昇進編
全部隊がこちらの世界に移動してくるという、予想外のアクシデントに見舞われたが、時は待ってくれない。今の状況下で最善を尽くす。それが沢村司令以下の使命だった。
五十六も同じであった。彼は彼でやれることをこなすだけである。
ところが、そのやるべき事に思いもよらなかった事態が追加されたのは、敵補給基地爆撃の3日後であった。
「勲章の授与ですか?」
新米パイロットの訓練教官をやっていた途中で、突然司令官室に呼び出された五十六の第一声であった。
「そうだ。」
椅子に腰掛けていた飛行隊隊長兼基地司令官の沢村はタバコを吹かしながら素っ気無く言った。
「あの、詳細を聞かせていただきたいのですが?」
いきなり勲章の授与があると言われても、何のことだかさっぱりわからない。
「うむ。実は先日の敵基地爆撃が予想以上の効果を上げているらしい。それでだ。皇国軍がその戦果に報いる意味で、我々3人に勲章を授与してくれるそうだ。」
「そういう訳ですか、ではいつ戴けるのですか?」
「予定では明日だ。この基地から南に150km行った小摩木という港町に陸軍司令部があって、そこで授与してくれるそうだ。」
明日という単語に五十六は耳を疑った。
「明日!?え、だって明日は皇国軍の要請で前線への爆撃任務を行うのでは?」
五十六は数時間前、皇国軍の連絡将校である佐々木少尉からそう聞かされていた。敵補給基地への爆撃で、進撃速度を大幅に鈍らせる事には成功していたが、敵の一部部隊は遮二無二進撃を続けていた。そこで、明日これらへの掃討爆撃を行う事になっていた。
「別にその任務には他の隊員が出て行くだけの話だ。」
沢村はあっさりと言ったが、五十六の胸の中は不安で一杯になった。先日の部隊総移動で海鷲島にあった機体とパイロットのほとんどがこの基地にやってきた。しかし、その殆どは五十六と同じく向こうの世界でスカウトされた少年少女だ。そのため、飛行時間が60から80時間しかない者がパイロットの4割に達するのだ。その他のパイロットも実戦経験や自衛隊での戦闘訓練経験がある者はほとんどいない。そんなパイロットにいきなり攻撃任務をやらすなんて無茶である。
ちなみに、旧日本海軍では太平洋戦争開戦当時、1000時間飛んでいない人間は半人前扱いされていた。
問題は人間だけではない。いきなりの機数増加で整備面にも負担が掛かっている。そのため、飛行中にエンジントラブルなどが発生する率も急上昇しているのだ。今はまだ大きな事故などは起きていないが、戦闘時には何が起きるかわからない。新米パイロットではそういう不測の事態に対処する能力も低い。
五十六の不安に、沢村も気付いた。
「お前の言いたいことは俺にもわかる。だが、ここは戦場だ。贅沢は言っていられない。使える物は親でも使わなければ生きていけない。」
「それだったら勲章の授与を延ばしてくださいよ。」
五十六は意見具申するが、沢村がうんと言う筈が無かった。
「そういうわけにはいかないよ。俺たちはこの世界では居候だ。あくまでこの国のために戦っているんだぞ。その相手の御機嫌を取るのも仕事の内だ。」
この言葉に、五十六はすごい嫌そうな表情をした。ミリタリーマニアである彼は戦史に詳しい。そういう体面や面子に拘ったゆえに、勝てるはずの戦いが勝てなくなった例はいくつもある。だからそれを知っている五十六はそういうことが大嫌いなのだ。
「高野。すまん。こればかりはどうにもならんのだ。それにだ。皇国軍からのより一層の信頼を受ける上でも必要なんだ。わかってくれ。大丈夫だ。相手はまともな飛行機を持っていないんだ。新米パイロットでも大丈夫だよ。」
「はあ・・・」
五十六の不安は払拭されない。何せ、離着陸さえ覚束ないパイロットが何人もいるのだ。
しかし、五十六はこれ以上言っても仕方がないとも思った。
「わかりました。お話はわかりました。命令には従います。では。」
彼は部屋から出て行こうとした。
「うおい。ちょっと待て。」
沢村が引き止めた。
「何ですか?まだ何かあるんですか?」
これ以上の厄介事は御免である。早く戻って後輩たちの訓練を行いたいと思っていた。
「ああ。お前に渡す物があった。ほれ。」
沢村は五十六に封筒を投げ渡した。
「なんですかこれは?」
「開けてみればわかる。」
五十六は封を開け、中に入っていた一枚の折りたたまれた紙を出した。そしてその紙を開いて目を通した。その途端、彼の表情が驚きの物になった。
「これは、昇進通知じゃないですか!!」
「ああ。3日前の爆撃作戦の褒賞だ。」
「しかし、自分はまだ兵曹長になって一ヶ月しか経っていませんが。」
通常、軍隊などではこうした昇進は最低でも何ヵ月ごとと決められている。一ヶ月ではいくらなんでも早すぎる。
「家は厳密な軍隊じゃないから気にするな。それに一気にお前の下の人間が増えたからな。指揮官としての士官が必要なんだ。そればかりはどうにもならんからな。」
確かに、この部隊には士官はいない。そもそもが整備兵や警備兵、さらには炊事兵やその他の役職の者を含めて150名そこそこの小さな軍隊なのだ。
「とにかく。それを持って被服科に行って急いで少尉用の礼装を貰って来い。ついでにその他の身支度も整えていつでも出発できるようにしておけ。場合によっちゃ向こうで一泊という事もあるからな。それと夕食を食い終えたら第二会議室に来い。そこで打ち合わせをする。」
結局、五十六は訓練生の面倒どころではなくなってしまった。彼は直ぐに被服科に行くと新品の制服一式を受け取り、それが終わると出撃のための準備をする。拳銃をはじめとする各種装備のチェックをし、鞄に着替えなどの必要な物を入れる。
こうして慌しく準備をしているうちに夕食の時間となった。五十六はその夕食を急いで食べ終えると、今度は第二会議室に向かったのであった。
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