試験飛行
午前10時を回った頃、滑走路上にはテキサンが引き出されていた。
昨日偵察に出撃したものの、一夜かけて整備兵たちが整備したものだ。
「本当に良いんですか?」
飛行服に着替えた真理奈が前を歩く五十六に、心配そうな表情で言う。
「大丈夫。副司令の許可は取ったから。」
副指令とは、藤沢の事だ。
彼は彼女の質問をそうあしらいつつ、テキサンに近づいていった。
「あ、高野少尉。言われたとおりにしておきました。」
整備兵がコックピットから出てくる。
「ありがとうございます。」
「一応、試験飛行も兼ねてという事ですが良いんですか、彼女乗せて?」
整備兵が一応確認する。
「大丈夫。副司令の許可は取ってありますから。」
「わかりました。燃料は1時間分です。お気をつけて。」
「はい。」
二人は敬礼すると、早速発進の準備を始めた。
「さ、来て。」
主翼に乗ると、五十六は真理奈に手を差し伸べた。
彼女はその手を取り、主翼に乗る。そして五十六に指示され後部座席に座った。
「計器やボタンには触らないでください。それと、前の席に僕は座りますが、会話する時は、その伝声管で会話してください。」
五十六は伝声管を指差した。
「わかりました。」
「じゃあ座って。」
言われるまま彼女は後部座席に座った。その後五十六がベルトを締める手伝いをする。それが終わり、ようやく五十六は前の操縦席に移動する。
そして前に誰もいないのを確認すると、スタータースイッチを押した。エンジンは咳き込む事も無く、順調に回り始めた。
「ようし。」
彼は伝声管を取った。
「姫神練習兵、聞こえますか?」
数秒待ってみるが、返事は無い。
「姫神練習兵?聞こえますか?」
もう一回言うと、ようやく返事が返ってきた。
「はい。聞こえます。」
「1分ほど暖機運転をしたら離陸しますから、ちょっと待ってください。」
エンジンをかけて直ぐに全開にするとエンジンを傷めてしまう。だから、車と同じくエンジンの温度が温まるのを待つ。
その間に、水平舵を始めとする各種舵が作動するか確認する。
そうしたチェックを全て終えると、エンジンの温度も丁度良くなっていた。
「ようし。」
彼は両手は振って、整備兵に車輪止めを外すよう合図した。これでブレーキさえ解除すれば機体は動き出す。
「じゃあ行きます。」
「はい。」
五十六はブレーキを少しずつ解除し、機体を滑走路に向けて進めていく。
滑走路まで機体を進めると、管制塔に着陸許可を貰う。もっとも、空には飛行機など飛んでいない場所だ。そして天候も今の所問題ない。許可は直ぐに出た。
スロットルを一杯に引き、エンジンの出力を全開にする。レシプロのテキサンは短い滑走距離で直ぐに浮き上がった。
浮き上がると、直ぐに車輪を畳む。今回はお客さんを乗せているし、乗っているのも練習機だから急激な上昇は行わない。少しずつ高度を上げていく。
高度1000mまで上げるまで10分近くかける。そこまで高度を上げた所で、水平飛行に入る。
「姫神さん。下を見るといいよ。」
初めて空を飛んだので、ずっと緊張しっぱなしだった真理奈は、目を恐る恐る地上へと向けた。
そして、まるで箱庭のように小さくなった地表の美しさがその視界に入ってきた。
「うわああ!!」
彼女の感嘆の声を伝声管越しに聞ききつつ、五十六は次の動作に入る。
機体を旋回させる。一応試験飛行であるから、一通りの動作は行わなければいけない。
「旋回するよ。気をつけて。」
五十六は操縦桿を少し右に傾け、ペダルに力を掛けた。機はそのまま右に旋回を開始する。
「右旋回異常なし。」
右旋回を終えると今度は左に機を傾けて左旋回を行う。こちらも同様に異常なしだった。
「よし。」
そしてそのまま機体を再び水平飛行に移した。そして伝声管を取る。
「姫神さん。どう?空は?」
「最高です。すごいすごい。」
まるで子供のようにはしゃぐ真理奈。そんな彼女の表情を思い浮かべながら。彼は本題に入る事にした。
今回真理奈を連れ出したのは飛行機に乗せてやることも目的の一つだったが、真の目的は、真理奈の正体を確かめることだった。
彼は再び伝声管を手にとり、後席の真理奈に声をかけた。
「あのさ姫神さん。ちょっといいかな?」
「え!?」
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