少女の意志
五十六と沢村の目の前に表れたのは、どう見ても20歳前後の妙齢の女性だった。もしかしたら少女かもしれない。
もんぺに着物という服装だが、均整の取れた顔立ち、白い肌、ショートに纏めた黒髪、そして涼やかな目元等、五十六にとってはかなり可愛い方に入る。
「ええと、お嬢さんは一体何者かな?」
取り合えず沢村がそう聞いた。しかし、少女から帰ってきた返答は意外な物だった。
「人の名前を聞く前に、まず自分から名乗るのが礼儀では?」
五十六にはかなり生意気な返答に思えた。実際沢村も面食らっていた。しかし、その言葉の中にはリンとした強い意志のような物がある。そうとも感じられた。
「これは失礼した。私はここの基地司令であり、飛行隊指揮官も兼任している沢村大佐だ。こっちにいるのは飛行隊の高野飛曹長だ。」
「すると。じゃあ、あの空飛ぶ機械・・・確か飛行機でしたね。あれに乗っていたのはあなたたちなんですか?」
「それは後々答えていくにして、まずは君の身分を確認しておきたい。」
この沢村の言葉に、少女は少しムスッとしたが、すぐに答えた。
「私は姫神真理奈。歳は17でここから40km程離れた豊村の住民です。」
17と聞いて、五十六はかなり驚いた。
(17・・・見かけよりすごく若いじゃないか!)
彼にとって17歳の女性とは、まだまだ子供であるというイメージだった。しかし目の前の少女、真理奈はそこまで老けているとは言わないが、彼のイメージのような女性にはない落ち着きや強い意志を感じ取れた。大人びているとも言おうか、そんな感じである。
「ふむ。で、なんで40kmも離れた村の少女がこの基地の近くにいたのかな?」
「実は・・・昨日私の村はアルメディア軍の襲撃を受けました。私は家族と逃げましたが、敵の装甲騎兵に追いつかれ、家族は殺されました。私自身危なかった・・・そこへあの飛行機が現れて助けてくれたんです。・・・私はその正体が知りたくて、必死に飛行機が飛んでいった方へ歩いてきました。」
これには2人とも驚いた。40kmというのは飛行機では数分だが、歩けば20時間、どんなに早く移動しても10時間以上は掛かるはずだ。その距離を目の前の少女は歩いてきたと言うのだ。
「そんな遠距離からよく辿り着けたね。」
ついつい思ったことを口に出した五十六。
「敵が乗り捨てていった馬があったので、半分以上はその馬に乗ってきました。途中で私が降りた途端逃げちゃいましたけど。」
(なるほどね。時速40kmは出る馬なら20kmは30分で着く。)
「なるほど。君がここに来た理由と方法は理解した。身分については、また皇国軍に頼んで調べてもらおう。で、飛行機に乗りたいというのは本当かな?」
沢村が話題を切り換えた。その途端、真理奈が身を乗り出してきた。
「はい!!是非!!」
「うわ!!」
沢村が身を引く。だがすぐに元の姿勢に戻る。
「だがね。君は一介の民間人だろ。我々は義勇軍だが一応軍という組織だ。そう簡単に入れるというのもな・・・」
「そんな・・・どうかお願いします。」
真理奈が頭を下げた。しかし、沢村は険しい表情をしている。
と、ここで五十六は考えた。
(彼女が問題ない人間ならこの基地にいてくれた方が嬉しいな。)
かなりばかげた考えである。思いっきり私情を交えている。だが、五十六にはそれ以上に漠然と彼女を仲間に加えたいという気持ちがあった。
そこで、助け舟を出すことにした。
「いいじゃないですか司令。身元確認してヤバイ人間だったら自分としても退去願いますが、そうじゃないなら貴重な志願者ですよ。今我々の隊はちょうど人手不足なんですよ。パイロットじゃなくても仕事は色々ありますし。」
それを聞いて、沢村はしばらく考えていたが、ふいに言った。
「ようし。なら取り敢えずその志願の心意気は受け止めておこう。しかし私はあくまで基地司令であって軍司令官ではない。許可を取るからしばらく時間が欲しい。まあ、君には身元確認が出来るまで基地にいてもらわなければいけないしね。」
その途端、真理奈の顔が一気に明るくなった。
「あ、ありがとうございます!!」
真理奈は嬉しさをおもいっきり表情に出しつつ、ぺこりとお辞儀した。
「まったく。おい!高野飛曹長!!」
突然名指しされ、五十六は嫌な予感がした。
「なんでしょうか?」
「お前がこの娘、真理奈嬢のお目付け係りをしろ。」
「ええ!!」
「はああ。」
数十分後。宿舎の廊下を、溜息をつきながら、真理奈を連れて歩く五十六の姿があった。
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