戦果報告
「侵入者ってどういうことだい?」
コックピットから降り、五十六はその整備兵にさらに尋ねた。
「侵入者というより、基地の近くであなた達が出撃していくのをジーっと見ていたらしいんですよ。それを警備の兵が見つけて、捕まえたんです。もしかしたら敵のスパイかもしれないってことで。」
そう言うと、整備兵は話を切り上げ、近くにいる他の整備兵に指示した。
「とりあえず、自分の知っていることはそれだけです。おーい!!機体をハンガー(格納庫)に入れるぞ!!」
五十六の「飛燕」は整備兵たちによって格納庫に入れられた。
「スパイねえ。」
有りえないことではないが、昨日隠密の内に開設した基地に、敵のスパイがいきなり来るのもおかしいと思えた。
「ま、それは後にして、戦果報告をしないと。」
五十六は指揮所に向かった。指揮所では、既に沢村達が彼を待っていた。
「遅かったな。」
「すいません。最後の攻撃に夢中になってしまって。」
頭を垂れる五十六。
「その事はまあいい。先に戦果報告してくれ。」
「はい。」
五十六は戦車を発見した事を含めて沢村に報告した。しかし戦車という単語が出た途端、沢村の表情が厳しくなった。
「そうか・・・お前の言う通りかもしれんな。もしかしたらこの世界の歴史の進行状況は我々の物とは違うかもしれん。」
それは厄介な問題である。彼らが飛行機を持ちこんで戦っている理由の一つとしては、敵が持っていないからに尽きる。しかし、敵の技術革新のスピードが速いことは、すなわち飛行機が早い時期に戦場に現れるかもしれないことを指す。
性能的には大幅に上回るだろうが、数の差はどうにもならない。
かつて「戦国自衛隊」という映画があった。この映画では戦国時代にタイムスリップした陸上自衛隊が、戦車を始めとする近代兵器で最初は優位にたつが、その後物量に押され最終的に倒されてしまう話だ。
もしかしたら、五十六たちもそれと同じ目に遭うかも知れない。戦場では質も重要だが、量も重要なのだ。
「ま、それについては善後策を考えておかねばいけないが、当面は大丈夫だろう。それに、今日俺たちが出撃した後に、司令が新たに零戦もどき2機と、テキサン1機を送ってくれた。これで大幅な戦力増強に繋がるはずだ。」
これは朗報である。一気に戦力が倍加した。
「本当ですか?」
五十六は驚きのあまり声を上げてしまった。
ちなみに零戦もどきとは、T6テキサン練習機をアメリカで映画撮影用に、塗装や概観を零戦に似せて改造した物だ。
この改造のおかげで、最高速度を始めとする性能が上がっている。
一方、テキサンというのはそのT6のオリジナルの機体だ。この機体は練習機であるが、主翼に小口径機関銃2挺を装備し、翼下に簡単な改造でロケットを装備できる。そのため、紛争では重宝されてきた。
また、複座であるから偵察機としても充分使える。
「ああ、零戦もどきは格納庫で既に整備中だ。テキサンは早速戦果確認のために出撃している。」
これで保有機が3機から一気に倍に増えた。
「搭乗員も皆飛行時間500時間以上の奴らだ。横井ががんばってくれたおかげだよ。」
沢村の言葉を聞いて、五十六は思った。
(また訳ありの人たちなんだろうな。)
と。ちなみに横井とは、海鷲島で訓練教官をしている内の一人だ。
「ま、そういうわけで詳しい戦果判定は偵察機が写真を撮ってきてからにする。以上、解散。」
解散と言っても3人しかいないのだが。解散直後に五十六は沢村に聞いてみる。
「隊長、スパイを捕まえたって本当ですか?」
「うん?ああ、そうらしいな。俺もまだ詳しい事は知らないんだ。・・・どうせだ、そいつの面を見に行ってみようぜ。」
こうして、2人はそのスパイが捕らえられているという兵舎に向かった。
その部屋に着くと、五十六の知らない警備隊の兵士(兵曹長)が2人を止めた。ちなみに、この警備隊も河口がスカウトして現代から連れてきた人間である。
前歴が警官や自衛官である者ばかりで構成されていると五十六は聞いていた。
「なんでしょうか大尉?」
「いや、ちょっとスパイの面を見たくなってな。」
すると、その准尉は困った顔をした。
「それは・・・まだ取調べ中です。」
「贅沢言うなよ。俺が責任取るから良いだろ?」
「ですが・・・」
こうした押し問答が15分ほど続いたが、その時扉が開き、一人の人物が出て来た。その人物は、五十六も知っていた。
「あ、警備隊隊長の五十嵐大尉。」
中から出てきたのは、五十嵐道男大尉だった。
「おお、沢村司令どうしたんです。それに高野兵曹長も?」
「ああ、すまん。スパイを捕まえたって聞いたから。」
その言葉に、五十嵐は間の抜けた様な言葉で返した。
「スパイじゃありませんでしたよ。ただの農民でした。」
それを聞いてその場の全員は一安心した。
「じゃあ早く解放しろ。」
すると、今度は五十嵐が困った表情をした。
「それが向こうが出てきたくないと言うんです。なんでも飛行機に乗ってみたいとかで。」
さすがに沢村も驚きを隠せなかった。
「何!!??こも世界には物好きがいるもんだな。ようし、だったら俺が会ってやる。ついでだ。高野、お前も一緒に来い。」
こうして、2人がその人物に会う事となった。
しかし、2人ともその人物を見て開いた口が塞がらなかった。なぜなら、目の前にいたのは美しく長い黒髪を持ち、整った顔立ちをした少女だったからだ。