012
ドラゴンの血を飲みに行くことにした。
我ながら何をやっているのかと思わないでもないし、一縷の望みというには分の悪い賭けだ。
さて、どうやって部隊を抜けるかだけど…。
グオオオオオオッ
お、ドラゴンの咆哮だ。怒ってるのかな。
「う、うわぁぁぁぁぁ」
「いやだ、死にたくないぃ」
「助けてぇぇ」
あらら、パニックを起こしてしまったようだ。
訓練生が持ち場を放棄して里に向けて逃げてしまった。
「こ、こらっ! 待ちなさい!」
「おれたちも逃げようっ!」
「ここに居たらドラゴンの餌食になっちまう!」
さすがに教官、訓練生を止めようする。
しかし、後方支援部隊の大人たちも逃げちゃった。
どんどん逃げていくな…。
おおっ、そうだ。
俺は天幕に入り、みんなが逃げるのを待つ。
誰も居なくなってから行けばいいんだ。
それなら見咎められることもないだろう。
もしかしたらはぐれて死んだと思ってくれるかもしれないし。
……。
父さん、母さん。俺は巣立ちます。何も言わず行く不孝を許してください。
ちょっとしんみりしちゃったな。
あたりが静かになった。訓練で培った気配察知を試みる。
この世界にはスキルとか無いので、気配を察知できるよう訓練で感覚を磨いたんだ。
まだまだ荒削りだが、一応は気配を察知できるようになった。その感覚によると、もう誰も居ないはず。
では、行きますかね…。
ドラゴンは五キロ先だ。
監視部隊と、主力部隊が通っているので下草や邪魔な枝は切り払われている。よって歩きやすい。
山道なので走るというわけにはいかないが、早足くらいで歩く。
伊達に斥候の訓練で山道を歩いてないぜ!
居た。ドラゴンだ。
鱗の色は緑色。その緑色の鱗にところどころ赤くなっている部分がある。あれが主力部隊が与えたという手傷か。
ドラゴンはうずくまっている…、いや、座っているのか。
こちらを見ている。もろバレだな。
威圧感が凄い。今すぐ逃げたい気分だ。だが、逃げるわけにはいかない。逃げる場所は無いんだから。
折れそうになる膝を叱咤しつつ、近づいていく。
五十メートルくらいまで近づくと。
グルルルルル
ドラゴンが威嚇してくる。
くぅっ!?
威圧感が増した。
思わず気が遠くなる。
ダメだっ!
分の悪い賭けであっても、これしか残ってないんだ。
両手で自分の頬を張って気合を入れる。
ドラゴンから視線を逸らさず、もう一度歩き出す。
ん?
ドラゴンが驚いたように見えたけど…。気のせいだろう。
そしてついに五メートルの距離まで近づいた。
ドラゴンは何もしてこない。
さきほど威嚇してきただけだ。
本当に重傷で動けないのだろうか…。
そこで、俺は立ち止まりドラゴンに話し掛ける。
「ドラゴンよ。俺はヴァンパイア族のグレン。あなたに危害を加える気は無い。敵対する気もない」
ドラゴンは俺を見たまま何も言わない。何もしてこない。
「俺はヴァンパイアとして生きていきたくはない。太陽の下で、お日様の下で生きていきたいと思っている」
ヴァンパイアとして生きていきたくはない。の所でドラゴンがピクリと反応した。その反応はすぐに見えなくなった。
ともあれ話を聞いてくれるようだ。知性があるのだろう。そんな話は本には無かったが、ここはファンタジー。何でもとは言わないがある程度はアリだろう。
「だが、最初に言った通りあなたに危害を加える気は無い。ヴァンパイア族に伝わる伝承では、血を飲めばいいとあった。そこでお願いしたい。あなたの流している血。それを飲ませてもらえないか」
グルルルル
不機嫌そうな声が聞こえる。
そりゃそうだ。ドラゴンが流している血。その傷を付けたのはヴァンパイアなのだから。
やっぱりダメかなぁ。都合の良い話だもんなぁ。
ドラゴンの目が鋭くなったような気がするな。
怖い。
ドラゴンの前足でぷちっとやられれば即死だからなぁ…。
あ、ドラゴンはいわゆる西洋竜だ。全長は十数メートルくらいかな?
ずんぐりむっくりではなくて、結構細身だ。
今更だが感動するかも。なんせドラゴンだ。
あぁ、俺ってまだ余裕あるんだな…。
う、ドラゴンが動いた。
一歩二歩、こちらに歩いてくる。
うおおおおお
近くで見るとかっけぇぇぇ!
月が出てるからよく見える。
かっこいいなぁ。
おっと、いけない。感動してる場合じゃなかった。
ドラゴンは俺のすぐ側まで来ると、また座り込んだ。
傷付いた部分を俺の目の前に置いて。
こ、これは…。
飲んで良いのか!?
飲んで良いんだよな!?
そうだ。許可が出たのかどうかは分からない。
だが、一つだけ分かっていることがある。
ドラゴンの血を飲まなければ、ヴァンパイアとして生きていくしかない。
それは嫌だ。お日様の下で生きていきたい。さっきドラゴンに言った通りだ。
目の前の傷口に口を付ける。
血の味がする。
いや、味はよく分からない。
なんと言っていいか分からない。
ごくり…ごくりと飲む。
飲んだ…。
ドラゴンの血を飲んだ。
傷口から口を離す。
あぁ、そうだ。
ドラゴンの目を見て。
「ありがとう」
感謝を伝える。
眠くなってきた。
かなり強い眠気だ。
テントを出す暇どころか、リュックを降ろす暇もない。
リュックを背負ったまま、座り込む。
このまま朝が来れば太陽に灼かれて死ぬだろう。
それも良いかもしれない。だけど…。
お日様の下で生きられますように。
そう願って俺は目を閉じた。




