011
ガアアアアアッ
ドラゴンの咆哮が聞こえる。五キロ離れてるのに聞こえる。
主力部隊がドラゴンとの戦闘に入ったのだろう。
咆哮の聞こえた方向を見ると、たまに光ってる。
魔術の光か、それともドラゴンブレスかな。
どれくらい経っただろうか。一時間? 二時間? 十分てことはないだろう。
戦わなくていい身とはいえ、結構緊張して待ってる。時間の感覚が無いのはそのせいか。
拠点がにわかに騒がしくなった。
今気付いたが、ドラゴンの咆哮が聞こえてこないな。
結構聞こえてきてたのに。ドラゴンの咆哮が聞こえるたび、ビクっとする訓練生がいて面白かった。
勝ったのか? それとも負けたのか?
どちらにしろ、監視班から連絡があるはずだ。
ならば、この騒がしさは監視班が戻ってきたのだろうか。
もう少ししたら分かるかな。
「訓練生、全員集合!」
お、集合掛かったぞ。俺たちを統率してるのは教官だ。一応、信頼関係が築かれてるからな。
さて、勝ったのか…、それとも負けたのか。どっちかな?
「訓練生は今すぐ荷物をまとめよ。撤収の準備だ」
おおっと、これは負けたようだな。そうじゃなけりゃ急いで撤収しないだろうしな。
「我らが主力部隊は負けなかった。だが、勝ってもいない」
うん? どういうことだ。
周りの訓練生もざわざわしてる。
負けてないってことは主力部隊は生きているのか…。
まさかっ!?
逃げてきたのか。だから急いで俺たちも逃げると。ドラゴンが追いかけて来ない内に。
最悪だ。逃げて来るなよ。
里にドラゴン連れて行くわけにはいかないぞ。
もしもドラゴンに追撃されたら、足止めとして殿が必要になる。
殿はほぼ確実に死ぬだろう…、しかも場合によってはドラゴンの追撃は終わらない。
最悪だ。
「ドラゴンに手傷を負わせた。だから追ってくることは無いだろう。しかし、万が一ということがある。手早く撤収するのだ」
うーわー。手傷を負わせたって…。手負いが一番危険だろうに。
訓練生のざわめきも止まらない。
手負いの魔獣が危険だって俺たちも経験で知ってるからな。
「おまえたち、何をしているっ! 撤収準備だ!!」
教官の一喝により、条件反射的に動き出す訓練生たち。
おぉ、これも訓練の賜物か。ぐずぐずしてたらドラゴンの追撃があるかもしれないしな。
撤収の準備をしながら、はたと気付く。
あれ? これ、もしかして好機じゃないか。チャンスじゃないか!?
野営用の道具はそこかしこにある。
一部もらっていってもバレないんじゃないだろうか…。
一度気付くと脱走の考えが止まらない。
撤収の準備をしていると見せかけて、野営用のテントにナイフといった道具類をまとめていく。
誰にも見咎められない。なにせ、荷物をまとめているのは間違いないからね。撤収の準備にしか見えないだろう。
まとめた道具類を背負ったら、次は食料だ。
天幕の外に出ると、さすがに混乱しているようだ。パニックなどは起こしていないようだが、先ほどよりも雑然としているのが分かる。
これなら大丈夫だろう。
食料を調達する。
七日分とちょっとの食料を調達し、革で出来たでかいリュックに詰め込む。これで準備完了だ。ちなみに、無限収納の鞄などは存在しない。
さて、どうする?
天幕に入り、再度荷物をまとめる風を装って考える。
座学で周辺地理については少しだけ分かる。それ以上は教えてくれなかった。脱走防止だろう。だから、脱走するには良いタイミングではあるが、行き先に困ってしまう。
とりあえず、テントは持っている。太陽光は致命的だからテントであっても対策は万全だ。
野宿は問題ない。
北はダメだ。雪に閉ざされていると言っても良い。人里も無い。凍死か餓死だろう。
東に進めば人里はあるが、ヴァンパイアの里もある。周辺パトロールに見つかるだろう。
南は…、ずっと南には南の国があるはずだ。しかし、道中には魔獣という問題がある。一人で魔獣に警戒しつつの野宿は二・三日なら出来ても、それ以上は気力と体力が持たないだろう。
西はドラゴンがいる。選択肢として考えられない。人里も無いしな。
くっそー。ドラゴンめ。伝説レベルの幻獣のくせに出てくるんじゃないよ。うっかり上位ヴァンパイアなんて夢を見るやつが出てくるだろうが。
…まてよ。上位ヴァンパイアか。
そういえば、幻獣は一縷の望みだっけ。
死を覚悟で試してみようとか言ったような気がするな。
南に逃げても魔獣のエサになるだろう。東はダメだ。捕まる未来しか見えない。北じゃ自殺だ。
つまり、どうせ死ぬなら。どこに逃げても同じなら…。
ドラゴンの血を飲みに行くか!!
こうなると、成人してないのが残念だ。
牙が無いからな、本当に飲みに行くことになる。




