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サルファーアイランドからの手紙  作者: ふぇるろっと
1/1

1/はじまり・前編

登場人物

(第1話時点)

妖術師LV97のアイドル:六花・しゃるろっと

付与術師LV92の武具職人:Arabella_HL

―――ある朝。潮の音と硫黄の匂いで目が覚めると。

   そこは見たことのない場所でした。


 真上で暖かく照らしてくれる太陽。

 まぶたを閉じていても感じるぐらいの快晴。

 時折聞こえる岩に当たる水の音。

 時折拭き上げる水蒸気に混ざる硫黄の香り。

 不快な匂いの中で感じる潮の匂い。

「ふぅ、ぁぁあー」

 少女はわざとらしく大きくあくびをしながら体を伸ばした。

(体中が痛い。)

 胸の中で感じる不快感を押し殺して、仰向けの体を横に倒した。

 紫色の髪の毛とその間に見える青い海。

 目だけを横に動かして見える森。

 意識を脳内にあるアイコンのようなものに集中する。

 メニュー画面が現れる。

 意識だけでその画面を確認していく。


六花りっか・シャルロット

種族:法義族

妖術師ソーサラー LV97

HP:212 / 10096

MP:1209/ 14808

所属ギルド:なし

ステータス異常:毒


装備品:

杉石の紫色の短剣スギライトダガー

魅惑の指揮棒チャロアイトタクト

紫水晶のベストアメジストベスト

紫色天象儀パープルプラネタリウム

……


魔法の鞄マジックバック

水薬・食料・消耗品……


ほとんどのスキルがリキャストタイム中だ。

帰還呪文:再使用時間リキャストタイム19時間39分7秒、6秒、5秒……


現在地:

 日本サーバー:サルファーアイランド


(なぜ私はこんな場所にいるんだっけ?)

 少女、六花はそんな疑問を浮かべながらゆっくりと体を起こした。

 少し冷たい潮風に紫色の髪の毛が揺れる。

 六花のアメジストのような瞳は初めて見る光景を映し出していた。

 背後では丘のような山から絶えず水蒸気が吹き出している。

 ここはその山の中腹のようだ。

 近くでは綺麗な水がわき出して小さな泉があった。

 眼下には広大な森が広がっていた。

 そして、左右には広大な青い海。

 六花はもう一度『何故ここに居るのか』を自問した。

 思い出そうとすればするほど記憶が曖昧になる。

 その曖昧になった隙間に違う記憶が入ってくるような感覚。

「気持ち悪い……」

 六花は呟きながら何も思い出せない頭を振り、髪の毛を揺らした。

 去年5月に起きた大災害。

 あの日誰か大切な人とエルダーテイルをプレイしていたはずだ。

 記憶に重い蓋がされているようで、そこから先が出てこない。

 それなのに不思議と落ちつている自分が気持ち悪かった。

 体が重い。

 六花は意識を失った。


 次に六花が目を覚ましたのは夕暮れ時だった。

 空は青色から紫色になりかけていた。

 冒険者の体は寒さに強いが、このまま潮風にあたっていたら風を引いてしまいそうだった。六花の格好は春先のような格好で、まだ寒さの残るこの時期には辛い。

 メニューの魔法の鞄マジックバックの中から紫水晶の割烹着アメジストローブを選択し装備した。

帰還呪文:再使用時間リキャストタイム14時間12分19秒、18秒、17秒……

 4~5時間ぐらい寝てしまっていたようだ。

 空を見上げて星を見る。

 今日はまだ月は出ていないようだ。

 魔法の鞄マジックバックを地面におろし、中から水筒とマグカップを取り出す。

「炎の矢」

 六花が唱えると、小さい炎の矢が目の前に生まれた。

 そしてゆっくりと落ちていき地面に刺さる。

 同時に脇に指していた短剣を不思議な動作で振る。

 マグカップの中に氷が生まれた。

 この世界では脳内にあるメニューから魔法を発動させることもできるが、六花のように言葉と魔法を結び付けて発動させるものもいれば、動作と結びつけて発動させるものもいる。記憶にはないが六花はどちらもできるらしい。

 六花の頭のなかでモンスターとの戦闘の記憶が再生される。

 妖術師ソーサラーでありながら、接近戦を行う。

 右手に持った杖と左手に持ったナイフを交互に動かしながら、両方から魔法を発動し、口から漏らす言葉でも魔法を発動する。

コンバットメイジ。

ゲーム時代ではHPもない、防御力もない、持久力もない、無駄なネタとまで言われた妖術師ソーサラーのスタイルだが、六花の行うここでのコンバットメイジは火力が違った。

記憶の中で70LVレイドx4級モンスターと1対1で戦っていた風景が再生される。

ゲーム時代、初めて参加させてもらったレギオンレイドで貰ったアイテム、幻想級ファンタズマル思考する脳キャストブレインを手に入れてからコンバットメイジとしての火力が跳ね上がった。

思考する脳は魔法の射程を近接攻撃と同じぐらい短くする代わりに専用のスキルショートカットが追加される。

普通なら1番のキーにはスキルを1つしか入れられないが、コレを使うことで1番のキーに2つのスキルを入れられた。

1番のキーを押すと同時に2つのスキルが使えるというものだった。

妖術師ソーサラー専用装備であり、さらにレギオンレイド報酬だったためほとんどその存在は知られることはなかった。(ただ人気がないコンバットメイジ専用で譲渡不能だったからか)

……

更に深く思い出そうとすると記憶が朧になり消えていく。

六花は不快感を飛ばすために水筒の蓋を開け、炎の矢の近くに置いた。

魔法の炎がたてる音と熱で金属製の水筒が温まっていく。

水筒の中身は鶏肉と野菜のスープ。

誰かが調理してくれたものだ。

誰が調理してくれたかは思い出せないが、六花はそれが大好きだった。

潮の音と風の音、山が立てていた水蒸気の音はしなかった。

完全に静かな夜が訪れてくる。

だいぶ温まった水筒をローブの袖を使って持ち上げると、マグカップの中に中身を注ぐ。

マジックバックをガサゴソとまさぐり、なかから先割れスプーンを取り出す。

「いただきます。」

 手を合わせるようにマグカップを掴みながら呟いてから口をつけた。

「おいしい。」

 ため息のように言葉を吐き出しながらその暖かさと美味しさを味わう。

 硫黄の匂いも潮の香りももう慣れた。

 明日にはアキバへと戻れるだろう。

 そう考えた途端『なんとも言えない虚無感』に襲われた。

 強く風が吹き抜けた。

 マグカップを落としてしまった。

 あたりが明るくなる。

 空にオーロラが現れた。

妖精の輪フェアリーリング!?」

 そのイビツでキレイな輝きは知っている。

 そばにある泉にあたった光が空へと戻っていく。

 七色に輝くオーロラが眩しさを増す。

 何か来る……

「たぁすぅけぇーてぇーーーー」

 可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 白色にオーロラが変わった瞬間、六花の目の前で水しぶきが上がった。

「ゥゥーーー」

 低い唸り声も降り注ぐ。

 軽い地面を蹴る音が響く。

 オーロラが完全に消えると低い声の主は六花の方を見つめていた。

 先に降ってきた可愛らしい悲鳴の持ち主は水の中のようだった。

 星明かりに照らされて2つの影が探るように揺れている。

(敵は2つ、大きさは3mぐらい……)

 六花は左手で杉石の紫色の短剣スギライトダガーを腰の鞘から引き抜いた。

 右手に握っていた先割れスプーンを投げ捨て前に突き出す。

挿絵(By みてみん)

―――赤帽子レッドキャップフクロウ熊オウルベア LV92

   ランク:レイド

「ちっ。」

ふわりと浮かんできたステータスを見た瞬間六花は舌打ちした。

 コンバットメイジは低いHPと低い防御力のため、とにかくダメージを貰う前に敵を倒さなければならない。

ナイフで虚空を切り裂く。

「アンチ・シーシー・エンハ・スペル・エフエス・インパティ・シクル・フェルノ・エナウエ・エナフナ・ドレッド・ボルトクラッシュ!」

六花のHPが7956 / 7956 に減ると同時に、髪飾りが髪の毛を包み込み銀色に光り輝いた。

六花がゲーム時代からやっている戦闘ぎりぎりで発動させる魔法の連続発動だ。

ここに来てからはゲーム時代みたいな魔法のディレイを両手と口でごまかすことでほぼ同時に発動させることができるようになっていた。

戦闘状態になってから約5秒で初期状態の強化魔法を唱え終えた。

最初に発動した幻想級ファンタズマルのアクセサリ、安質母尼アンチモンの髪飾り(ヘッドギア)によるスキル、〈安質母尼アンチモン加護ブレッシング〉はHPの最大値を2割削り、自身の攻撃のクリティカル率を0%し、髪の毛の色を変えて周辺のヘイトを上昇させるが、〈神降ろしの儀:奥伝〉と+1分に1度〈禊の障壁:奥伝〉が発動する。24時間に一度だが〈安質母尼アンチモン守護プロテクション〉を使えば更に〈見鬼の術〉〈防人の加護〉〈討伐の加護〉〈鈴音の障壁〉が発動する。

これで不意の事故で倒れる心配が少しは減る。

更に、〈クローズドバースト〉〈エンハンスコード〉〈スペルマキシマイズ〉〈フォースシールド〉〈インパティエンスボルト〉〈アイスクルインペール〉〈インフェルノストライク〉〈エナジーウェポン〉〈エナジーフラクション〉〈ドレッドウェポン〉〈サンダーボルトクラッシュ〉が発動した。

コンバットメイジはこれでようやく普通にレイドモンスターと戦える。

MPを1割以上消費して不思議な色に輝く六花が地面を蹴ると同時にフクロウ熊も六花に向かって飛びかかった。

(まずは一番近いのから)

 六花は一番近かった方のフクロウ熊に駆け寄る。

 距離して6m。相手がツメで攻撃してくるのが見える。

「マジハン・マジポケ・プリ・ンク・スライダー」

 六花が早口で唱えると、六花の姿が消えた。正確には〈プリンク〉で周囲5mのランダム移動を2回繰り返し、〈ルークスライダー〉で相手の背後に移動した。そして、〈マジカルハンド〉で〈マジカルポケット〉から魅惑の指揮棒を取り出して、相手の進行方向に設置してある。

 フクロウ熊のツメが空を切る。

 甲高い風切り音を聞きながら、〈マジカルハンド〉で魅惑の指揮棒を引き寄せる。

 フクロウ熊を貫通して魅惑の指揮棒が六花の手の中に収まった。そのままフクロウ熊の背中にナイフを突き立てる。

「コンセント・ロバスト・シンタックス。」

「ウゥゥゥ!!」

 突き立てると同時に魔法を唱える。

 〈コンセントレーション〉〈ロバストバッテリー〉〈ラミネーションシンタックス〉が発動する。

フクロウ熊は低い唸り声を上げながら地面に叩きつけられる

〈マジカルハンド〉で今度はナイフを引き抜き数回切り裂きながら、もう1つのフクロウ熊に投げつける。

 六花に向かってきていたもう一匹はその攻撃で距離をとった。

 低い声を上げながら、倒れていたフクロウ熊が起き上がる。

 六花はかわいそうな瞳でフクロウ熊

「岩石炎の岩石炎の岩石ストライク!」

 頭のカウントが0になると同時に魔法が発動した。

 幾つもの溶岩の塊がフクロウ熊を包み込み、何本もの炎の矢がフクロウ熊を貫き地面に釘付けにした。

「プリ・フライ」

 六花はその場所から消えた。

 轟音とともに地面から飛び出した針山のような、いや針とは言えない。太く赤く焼けた円錐がフクロウ熊に突き刺さった。

 〈オーブ・オブ・ラヴァー〉〈フレアアロー〉〈バーンストライク〉が近距離で発動したのだった。

 〈クローズドバースト〉の効果で射程が短くなった代わりに威力が跳ね上がった魔法の連打は92LVのレイドモンスターを一瞬のうちに泡にした。

 〈プリンク〉で移動し空に浮かんでいた六花はもうひとつのフクロウ熊に狙いを変えた瞬間。ものすごい衝撃で地面にたたきつけられた。

 〈禊の障壁〉が一撃で壊された上に、HPが5割以上持って行かれた。

 血を吐きながら六花は飛び上がりフクロウ熊のするどいツメを回避した。

 続いてやってきた羽の矢を〈プリンク〉と〈フライ〉で回避した。

 ツメによる連携攻撃を右手の杖ではじきながら、左手の短剣を相手に投げつける。

 新しい〈禊の障壁〉が発動した。

 フクロウ熊の短い回し蹴りを〈禊の障壁〉で受け流した。

 次の攻撃に備えて〈プリンク〉で移動するために、言葉を発そうとした刹那。

 爆音とも言える機械の音が響いた。

 音の発生源、湖の中からフクロウ熊を見つめる少女が、性格の悪そうに笑う。

「良くもか弱い女の子を追いかけ回してくれたな!!

蜂の巣にしてやる!」

少女の背中から幾つもの白い線が生まれた。

泉に反射し複雑な模様を描く。

「〈ダンシングスタッフ〉!」

 少女がフクロウ熊を指さした。

少女のものと思われる黒い杖が何本も少女の上で回り出す。

「バレルフルオープン!」

 〈ゾーンバイドホステージ〉が発動し、振り向きかけたフクロウ熊を転ばせる。

「ターゲット確認!」

 〈アストラルチャフ〉が少女を包み、〈エレクトリカルファズ〉と〈カルマドライブ〉が敵を打つ。

「砲塔回転開始!」

 〈ヴィガ―エンハンス〉〈ヘイスト〉〈フォースステップ〉〈キャストオンビート〉を発動させる。

「掃射開始!」

 意識の中で〈パルスブリット〉とその他併用できそうな魔法を連打する。

 ガリガリと相手のHPを削っていく。

 敵が動きそうになる前に新しい移動阻害魔法が発動する。

敵にダメージを与えれば与えるほど、背中の光が大きくなっていく。

 数秒後、フクロウ熊はその場所から消えていた。

「ひゃっはーーー!! 戦闘は火力! ハッピートリガーは楽しすぎるぜ!」

 それでも、空から落ちてきた少女はMPが尽きるまで打ち続けていた。


「というわけで、これからよろしく!」

( `・∀・´)ノ

という気さくな笑顔を振りまく乱射少女。

Arabella_HLことアラベルは六花の手を取りながら上機嫌だった。

六花が聴くには彼女はドイツに住んでいた日本人で、日本から始めようと思って中国からゲームを初め、道士としてスプリンクラーという特殊なスタンスで有名だったらしい。で、たまたま妖精の輪を通ってドイツか日本に行こうとしたら、内部でレイドモンスターを引き連れたパーティと遭遇。なぜか2匹なすりつけられて、ひたすら逃げてきたらしい。

「1対1なら負ける気はしなかったんだけどね。さすがに2匹だとHPが持たなくて」

と苦笑いをしていた。

「で、アラベルさんはこれからどうするのですか?」

「ベルでいいよ。うーん。この島初めて来たから見ていこうかと思ってね。

 とりあえず、ほいフレンド登録。即念話!」

頭のなかで鳴り響く通知音。

「あの、そういうのいいですから。」

先ほどとは違う違和感というか頭痛を感じながら六花はアラベルを見た。

―――Arabella_HL LV92 

付与術師<エンチャンター> LV92

HP:3402 / 11152

MP:940 / 12856

所属ギルド:お人形さんリターンズ

「そ、そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいな。」

顔を赤くしながらもじもじするアラベル。

赤い髪と病的なまでに白い肌でそういう対応されると病気なのかと勘違いしそうだ。

―――パーティー招待:Arabella_HL 参加しますか?

六花の脳内にウインドウが浮かぶ。

(なんか、この人のテンポについていけない。)

 諦めた六花は、とりあえず『はい』を選ぶのだった。


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