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日常のひとコマ

シャ~ワシャワシャワ~


 沢山の蝉の声が反響し、草は天を目指して伸び、少し動くだけでも汗ばむそんな陽気な一日。


本格的な夏は、ここカダルフィークにも例外なく訪れた。


「ねえ本当にやるの?」


 木々の間を歩くルークは、夏の暑さに少しバテ気味のフェンリルに声を掛ける。冬は問題はないが、その自慢の高級毛皮とやらは、暑さには逆に弱い。


「あったりめぇだろ。それともここまで来て怖じけづいたか?」


「そんな事ないけどさ」


 木々を抜けると、このカダルフィークを支える水源である、サムル湖が見える。底迄見通せる程の透明度を誇り、掬い上げて喉を潤すと夏の暑さでほてった身体につかの間の涼をもたらす。


湖を泳ぐ魚の群れを見ながら、フェンリルが一言


「見ろ、魚だって泳げんだ。仮にも俺様のマスターであるおめぇが、金槌だなんて恥ずかしくて人様に顔向け出来ねぇぜ」


 魚は泳げて当たり前じゃない。そう思った僕に、頭上からも声が掛かる。


「うむ。負け犬の発案なのが気にくわないが、少しは泳げる様になっていた方がいいだろう」


 先に到着していたナーガは、木陰になっている枝に横たわり休息をとっている。


「え~でも泳ぐのが必要な事なんてないし、別にそのままでもいいと思うんだけど」


「既に一度、必要だった事があったと記憶しているが?」


 あ~・・・確かに。竜の島から出た時に、ナーガと一緒に海に墜落した事を思い出す。


「特訓を始めっからさっさと服を脱ぎやがれ」


 しょうがないなぁと思いながらシャツを脱ぎ、しわにならないようにキチンと折りたたむ。


「おめぇは、なぁ~に女みてぇにチマチマ脱いでやがんだ!男ならズバッと脱ぎやがれ」


焦れたフェンリルが僕のズボンに足をかけ、引きずり落とそうとする。


「ちょっとパンツも一緒に脱げるって!ナーガ助けて!」


  僕のSOSを無視して、ナーガは木陰で欠伸をしている。 マスターの危機を無視するなんて酷い。


 そんなじゃれあいを続ける事数分、下着だけになった僕は湖面に足をつける。


「う~冷たい」


 木々に囲まれ常に日陰である湖の水は、思っていたより冷たかったけど我慢して、胸の辺りの深さ迄進む。


「まずは水ん中で眼を開ける練習からだな」


  思い切って水の中に顔をつけて眼を開けると、僕に続いて潜ったフェンリルが、目の前で変顔をしているのが見え・・・


ゴボッ!


大量の泡が僕の口から出ていき、代わりに水が侵入してくる。


エホッエホッエホッ


水上に顔を出し嘔吐く。


「よしっちゃんと眼を開けてんな。次のステップだ」


 僕が文句を言うより早く、フェンリルの頭が水中に潜り、僕はお尻を持ち上げられ放り投げられた。


ザッバーン!


放り投げられた場所は、さっきまでいた場所よりも深く、足がつかない。


「泳いでここまで戻ってきな」


「僕まだ泳げないって!」


喋っている間にも身体が沈む。


「甘えんじゃねぇ!泳ぎっつーのは溺れながら覚えるもんだ」


 必死で手足をばたつかせ、不格好ながらも足がつくところまでたどり着いた頃には大量の水を飲み、荒い息をつく。


「もう一回だ」


・・・殺される


「待って、出来ればナーガに教えて欲しい」


「あん?自分は泳げますなんて余裕ぶっこいてやがんが、どうせあいつも金槌なんだろ」


 フェンリルの挑発に、眼を閉じくつろいでいたナーガが、身体を起こす。


「水竜と呼ばれた私が、泳げないなどと考えるお前の頭の中は、脳みそではなくおが屑でも詰まっているのか?」


険悪な雰囲気、高まる緊張感。


「僕の参考になるからお手本を見せてよ」


 何とかこの場を収め、ナーガは小さくしていた身体を本来の大きさに戻して、湖に飛び込む。


「私の泳ぎは、余りマスターの参考にはならないと思うぞ」


 そう言って動き出したナーガは、物凄いスピードで湖を動く。 でも手も足も動かしてないのに、どうやってんだろ?


「てめぇ魔法を使ってズルしてんじゃねーよ」


 そっか、ナーガが動いてるんじゃなくて、魔法で水が動いているんだ。


「魔法も私の力だが?」


「やっぱ泳げねーんじゃねーか」


 言われたナーガは魔法を使うのを止め、今度は正真正銘自分の身体だけを使って泳ぎ始めた。


 手と足を身体にくっつけ流線型になり、器用に尻尾をくねらせて推進力を生んでいる。だけど僕には尻尾はないし、あんまり参考にはならない。


「ぶひゃひゃひゃやっぱおめぇはとかげだ。わにっつ~やつと同じ泳ぎ方じゃねーか」


ピキピキッ


なんか水面が凍り始めてるんですけど・・・


「だったら貴様は、当然泳げるんだろうな。所詮出来ても犬かき程度だろうがな」


「え~犬かき教えてもらっても格好悪い」


「犬、犬うるせーんだよ。俺様は狼だっつーんだ」


「じゃあ狼かきイタッ」


調子に乗りすぎて、フェンリルに殴られた。


「しゃーねぇ一度しか見せねぇから、その眼かっぽじって見逃すなよ」


 そう言って泳ぎ始めるフェンリル。頭は規則的に水面と水中を行き来し、後ろ脚は見事なドルフィンキック。


「ねえあれってもしかして」


「バタフライと言うやつだな」


狼がバタフライって・・・もう何でも有りだね。


向こう岸に到着したフェンリルを見ながら、ナーガがぽつりと呟く


「とりあえず足がつくところで、ばた足の練習から始めよう」


「そうだね」


これは平和を満喫していた三人の、何でもない日常のお話。


SS・日常のひとコマ【完】




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