私の日常
実話混じりのため、身元バレを怯えながら投稿してみました。
交友関係は狭いし、ありがちな内容だからバレないと思いますが、もしリアルの知人が見たならば、こっそり誰にも聞こえないように耳打ちしてください。
そしたら首を絞めて証拠隠滅しますので。
ねぇ、なんかね、わたしすっごいしあわせっ
かおるくんのことを思うと時々、胸に幸せな何かが込み上げてくる。こみ上げたその何かを言葉でラッピングして、彼に届ける。迷惑かもしれないけれど、ついしてしまう。
そっか
返ってきたのは素っ気ない文面、私がむくれたような表情の顔文字を送ると、
うそうそ、俺もだよ。一緒にいるだけで幸せだよ。
素直じゃないところがなおさら嬉しくて、ベッドの上で足をじたばたさせる。にゅふーだとか、奇声を漏らす姿は誰にも見せられない。大好きだったかおるくんと付き合って一年、今もこうした関係を続けられるのはきっと珍しいと思う。別に珍しくもないかもしれないけど、私にとって、やはり彼は特別だった。
一緒にいる時は落ち着けて、それでいて楽しくて。離れている時は、彼の仕事が捗ることを心の片隅で願っておく。毎日が幸せだった。彼の邪魔にならない程度にメールのやり取りを行い、適度なタイミングで切り上げる。一年の間に、彼と私が心地良い距離を掴めた。
それだけに。別のことを心象に浮かべた私は自分が嫌になった。死ぬ気は無いけれど、死にたくなっている。
もう、これ以上、私を苦しめないでください--
「いずみちゃん、あれ持って来といて」「おっけー」
本屋さんというのは、表向きから見る以上に忙しいことがある。例えば毎日の入荷する雑誌や書籍は、一人で店頭に並べるには時間が足りないほどだ。お客様として本屋に行っていた時は気付かなかった商品が山ほどあり、それなりに本が好きだと自負していた自分の考えが甘いことを認識させられた。その他にも、書類の整理も必要で、担当する商品ジャンルがあれば、それらの発注や売れ行きの動向も確認しなければならない。更にはお客様への対応を行わなければならないが、その他の業務が多ければ、つい心の中で毒づく。
「表情ひどいよー、笑え笑えー」
お客様が多いことは喜ばしいことだが、単純に割り切れない思いもある。先ほどのお客様は横柄だったこともあり、表情にまで滲んでしまったようだ。めぐみくんは笑って指摘してくる。しかも、おどけるように口角を指でぐいとあげる仕草も入れてくる。
「もうっ、わかってるってばっ」
友人のように、いや、友人なのだろう。友人として私達は笑いあった。めぐみくんはとても好感が持てる男の子だった。漫画家を目指しているらしく、漫画を描きながら、書店でバイトをしていると話していた。私は小説が好きだったが、父の影響で漫画もそこそこに嗜んでいたため、よく話も弾む。いつから良く話すようになったか覚えてないけれど、ちょっとした切っ掛けで仲良くなれる程度に私達は趣味が合うと思っている。
駅前にある書店は特に夕暮れ頃が書き入れ時だ。大量に商品が入荷していれば、この時間でも店内を駆けまわることになるが、今日はめぐみくんがシフトに入っているということもあり、そういった類の心配は無かった。お客様一人一人に心を込めて対応をする。そういった時に不意を突かれると私は弱い。レジに並んだかおるくんの姿は、私の心の隙間へ入り込む。
お客様から受け取ったお金を落とし、申し訳ありませんと、一謝罪。お客様へ手渡す商品を上手く掴めず、手元で遊んで、二謝罪。お待たせしました、と三謝罪。手前味噌だけれど、私はそれなりに手際はいいと思う。そして、そのことを大抵の人は認めてくれている。かおるくんの含み笑いは、そういった私が突然失敗し始めたことが面白かったからだろう。
「顔真っ赤じゃん、風邪?」「ち、ちがっ……え、と商品、お預かりします!」
彼の順番が来て早々、からかわれる。周囲の目があるから、抵抗が出来ないことがわかってるから悔しい。でも、私が焦ったことは大好きな彼と会えたことじゃない。それが関係無いわけではないけれど--
「はいっ、商品、お渡ししますっ」「ありがとう、頑張ってね」
彼は商品を持っていない手を目立たないようにひらひらと振って帰っていった。気分転換の散歩のついでかもしれないけれど、私はそれでも嬉しかった。しかし、左でお客様の応対をするめぐみくんの姿を見て、少し気持ちが落ち込んだ。
誰の様子も変わらない。右側でレジの応対をしていた女性の先輩が少し笑っていて、後でからかうつもりなことを除いては。私は気持ちを切り替えて、レジスターの画面を見据えた。
あまり、めぐみくんには見られたくなかった。元々、かおるくんとめぐみくんは付き合いがあったらしく、それを知ったのはかおるくんが話したからだ。そのことを知らなかった私は無邪気に笑っていたが、不意に彼が漏らした言葉に私は少し驚いた記憶がある。
何時頃だったろうか、かおるくんはこう話した。
「恵って、いずみのこと好きらしいんだよな」
「えー、うっそだー。いっつもからかわれてるし、明らかに女として見てないよー」
私はそう心底信じていた。ただの話していて楽しい友達だと思っていた。
「俺も直接聞いたわけじゃないけどさ。なんか誰か言ってたわ」
「なーいないっ、ありえないよー」
いずみくんはとても綺麗な顔をしている。中性的な顔立ちと高い身長を持つ彼からすれば、女性から見ると確かに魅力的で。それなりな選択肢があるわけだから、わざわざ私を好きになる理由なんて無いだろう。少し驚きながらも、私はそのことを気に留めなかった。
その話から一ヶ月ほどだったろうか、私の勘違いでなければ。あるいは、いずみくんは私のことを好きなのかもしれない。他の人と比べると、私に話しかける頻度は多いし、心なしか少し表情が明るい気がする。雑誌の束を持とうとすると、さり気なく助けてくれたりする。個々の行動は、彼の優しさから端を発するものなのかもしれない。しかし、彼が私のことを好きかもしれないと知ってからは、それらの行動には優しさとは別の感情が含まれているように感じ始めた。