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あの夜確かに君は

作者: 霜月あやと

私は常に悠然と雄々しく振舞ってきた。


人は皆私に気高さと強さと賢さを求めてきたのだから。


生まれついての容姿も並み以上で、そのせいもあり、人は私に色々求めたのだろう。


この若さと女の身ながら、私は一国の主になった。


一国の主になると、より人々は私に【完璧】と言うものを求めた。


私は己を演じ続けるしかなかった。


周りにいる人間は皆、浅ましく汚い人間どもだった。


この程度で私の寵愛を授かろうだなんて片腹痛い。


家臣達のほとんどが汚い者どもだったが、たった一人だけ純粋な奴がいた。


身分は低く私に会うたび、深々と頭を下げ、私を敬愛の眼差しで見ている。


それが、お前との出会いだったな。


お前を私の執事にした。


やはりお前は純粋で無垢だった。意外にも優秀で私は驚いたものだ。


そんなお前に何度、私は癒されただろうか。


けれど、お前は私を【完璧】だと思い、私を敬愛している。


私は時々、お前の前で素顔を出しそうで怖かった。


お前が求めているものは私ではなく【演じている私】だと言うことを私は理解している。


あの日、私は前王―――父に呼ばれた。


父は私に皮肉と冷たい言葉を投げつけた。私は父に認められると思っていた。


しかし、父は私を認めては下さらなかった。


思いの他、父の言葉は私の心深くに突き刺さったようだ。


私は家臣達に「決して入ってくるな」と命じ、一人部屋に篭った。


部屋の明かりを点けず、私は窓を覗いた。三日月が顔を覗かせていた。


今、この場だけは素顔の私でいられる。


私は一人、声を押し殺し泣いた。気を抜くと声が出そうだった。


いつから私は泣けなくなったのだろう。


泣く事を常に私は我慢してきた。


一国の主にふさわしい人間になるように、父に認められるようにと私は己を演じ続けた。


けれど、父は、父上は私を認めてはくださらなかった。


不意に微かな物音がした。私は反射的に涙を袖で拭い、扉に目をやった。


微かに開いた扉。まさか、誰かに見られたのだろうか。


私は走って扉を開き、廊下を見渡した。


長い廊下に走る人影―――あの後姿。見覚えがある。お前か。お前だったのだな。


おおかた、心配で私の様子を隠れて見たのだろう。


私が泣いているのを見、逃げたのか。


お前にだけは心配をかけたくはなかった。


私の泣く姿を見、お前は不安になってしまったのだろう?


私の素顔を見、民が、お前が不安になってしまう。


すまなかった。私はもう二度と素顔を見せないよ。


この夜に誓おう。私は二度と素顔を見せないと。


愛しいお前が不安になるのなら素顔を永遠に隠そう。


ただ、今だけは泣かせてくれ。


もう二度と見せる事のない素顔を今夜だけださせておくれ。



あの夜から、何故お前は時々悲しそうな顔で私を見る?


あの夜、お前は私の素顔を見て不安に思ったのだろう?


あの夜、確かにお前は不安になっていた。

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