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今日の異世界  作者:
6/12

6

 俺は早くも後悔している。

 無理にでもレーヴェに運んでもらうんだったと……。

 それほどまでに、森は深く険しかった。

 まったく人が通らず、自然のおもむくままに成長した森というのは、こんなにも歩きにくいものなのか……。

 平坦な道など全くない。

 木の根や倒木が起伏を生み、枝葉が行く先をさえぎる。

 しかもだ。


「これはどうだ?」


「それはセルビエンデの実ですね。毒です」


「これは?」


「キノコですか……。多分グリフですね。猛毒です」


「これならどうだ……?」


「ペルデントの葉は猛毒です」


「だあああああ!! 猛毒ばかりじゃないか!? どうなってんだこの森は!?」


 先ほどからこんなことの繰り返しなのだ。

 食べ物は現地調達で。

 リーズの言うとおり森の中で食べ物を探そうとしているのに、どれもこれも毒ばかり。

 一体何なら食べられるというんだ!?


「そう言われましても……。この森はもともと危険な森なのです。普段人間が立ち入ることはありません。だからこそ、森の中心部に魔王様の城があるのです」


「じゃあこの森に俺の食べられるものは無いのか!?」


「いいえ、そんなことはありません。あ、ほら、上空を見てください。あれはラドロという鳥です。あの鳥は毒を分離する器官を持っていますから、その身に毒はありません」


 リーズに言われて空を見上げる。

 高くそびえる木々の向こう、大きな鳥が円を描くように飛んでいる。


「――あれをどうやって獲れというんだ?」


「できませんか?」


「無理だ!!」


「そうですか。では別の獲物を探しましょう」


 一体いつになったら食べ物を採れるのか。

 今はまだ我慢できるが、そのうち空腹に耐えられなくなるかもしれない。

 水だけなら魔法を使えばいくらでも出せることに気が付いたが、食べ物は魔法ではどうしようもない。

 水だけで3日もしのげるか……?


「食べられる木の実はないのか?」


「ほとんどないですね。それらを探すくらいなら、獣を狩ったほうが早いと思います」


 やはりもっとよく考えてから出発するべきだった……。

 今更城まで戻れないしな……。

 結局森に入った日、食べられるものは得られなかった。

 水で空腹を紛らわし、火を起こして寝ることにした。

 自分は寝なくても平気だからと、火の番はリーズがすることになった。

 今日初めて会ったリーズに無防備な状態をさらすのは不安だったが、思っていたよりも疲れていたようだ。

 気が付いたら寝てしまっていた。


「エーリ! エーリ、起きてください!」


「――トーコ、どうした?」


「エーリ、リーズがいません!」


「なにっ!?」


 トーコの思わぬ言葉に驚き、一気に目が覚めた。

 立ち上がってあたりを見回す。

 火は消えていた。

 確かに、どこにもリーズの姿はない。


「どこに行った……? トーコ、何か知らないか?」


「起きたらいなかったんです!」


 嫌な予感がする。


「もしかして、帰ったんじゃ――」


「どうされましたか?」


「うわああっ!!」


 背後からいきなり声をかけられて、俺は慌てて振り返った。

 不思議そうな顔をしたリーズが立っていた。


「リーズ、お前どこ行ってたんだ!?」


「この先の様子を確かめてきました。直進すると崖になっていますので、こちら側から迂回しましょう」


 帰ったんじゃなかったのか……。

 昨日と変わりない様子のリーズにほっとした。

 こんな森の中で置いていかれたら命にかかわる。

 今はリーズの道案内だけが頼りなのだ。


「――わかった。早速出発しよう」


「ごめんなさい……、エーリ。私の勘違いでした……」


「いいんだ。目が覚めていきなり居なかったら、俺だって疑うさ」


 今日も昨日と同じように、リーズを先頭にして森を進んだ。

 リーズの言うとおり、あのまま進んでいれば崖だったのだろうか。

 森は依然険しく、見通しは悪い。

 遠くまで見通すことはできなかった。


 ――突然、木々の向こうから低い唸り声が聞こえた。

 同時に聞こえる、ガサガサという葉のこすれる音。

 だんだんと俺達に近づいてきている。

 何かがこちらに向かってきている!?


「エーリ、何かいます!」


「ああ、俺にも聞こえてる!」


「お手並み拝見です、ブラックムーン様」


 何が来ているのかわからないが、友達になりたくて近寄ってきているわけではないだろう……。

 俺は魔素を集め、撃退に備える。

 森の中で戦うなら、恐らく青の霧がいいはずだ。

 森の中でも使用を制限しなくていいし、応用が利く。

 炎は、火事の可能性を考えると使いにくい。


 茂みの向こうから現れたのは獣だった。

 しなやかな体をした獣だった。

 その姿は俺の世界の豹に似ており、森の色に染まったような色をしている。

 長く伸びた牙をむき出しにし、俺に飛びかかってくる。


「エーリ!」


「これでも喰らえ!!」


 準備していた魔法を、獣に向けて放つ。

 俺は右手の上で作った水の温度を下げ、氷の状態にしていた。

 それは大きく、今現れてた獣と同じくらいの大きさだ。

 さらに、こんなこともできた。


「砕けろ!」


 俺の言葉とともに、放り投げた氷の塊が無数の破片にはじける。

 その一つ一つは刃物の様に尖っており、猛スピードで飛びかかってくる獣に容赦なく迎え撃った。

 全身に氷の刃物を受け、獣が無様に地面に落ちる。

 もがく獣にとどめを刺すべく、俺はその獣に接近する。

 左手にはさらに大きな氷の塊を作っていた。

 その形はまるで氷のギロチンだ。


「…………」


 生き物を殺すことに罪の気持ちを覚えた。

 しかし、殺さなければ俺が殺されてしまう。

 俺が生きてきた世界とは常識が違うのだと、自分に言い聞かせた。

 

 俺は左手で支えていた氷塊を落とす。

 鋭い断面は、獣の体の半分ほどを引き裂いて止まった。

 もがくのをやめた獣は完全に息途絶えたようだった。


「ふう……」


 思えば、まともに生き物を殺したのはこれが生まれて始めてかもしれない……。

 初めてにしてはうまくやれたと思う。

 頭の中でシミュレーションを繰り返し、その通りに動くことができた。

 これからはこういうことに慣れないといけないのか……。


「エーリすごいです!」


「おめでとうございますブラックムーン様」


 立ち尽くす俺に二人が声をかけてきた。

 達成感はあるし、気分も高揚しているのが分かる。

 しかし生き物を殺して褒められるのは、正直複雑な気分だ。


「ああ、ありがとう……」


「これで食料が調達できましたね」


 リーズの言葉に、そういえばそうだったと思う。

 俺は腹が減っていたはずだ。

 氷の刃物によって切り裂かれ、域途絶えた獣を見る。

 これを食べるのか……。


「これはパディラスという獣です。内臓には毒がありますから、表面の肉だけを剥ぎ取るのがいいでしょう。そんなに長旅ではありませんし、おおざっぱにとってしまっても大丈夫だと思います」


 剥ぎ取る。

 俺にできるだろうか……。


「こういう肉をさばいたことが無いんだが……」


「そうですか。では、僭越ながら私が指示をさせていただきます。ナイフはこちらをご使用ください」


 リーズが俺に、大きめのナイフを渡してくる。

 覚悟を決めなければいけない……。

 俺が殺し、俺が食べるのだから、俺が解体するのは当然のことだ……。


「最初はとりあえず血を抜かないといけません。首を切ってください」


 こうしてリーズの指示の元、俺はこのパラディスという獣を解体した。

 なるべく無心であることを努めた。

 そうしなければ、肉を切る感触や皮を剥ぐという行為に耐えられなかっただろう。

 2時間程をかけて、必要な分だけの肉を取り出すことができた。


「ふう……」


 だいぶ精神的に参っている。

 リーズが火を起こすための枯れ木を拾ってくる間、少し休憩する。


「エーリ、大丈夫ですか?」


「ああ……。――トーコはこういうの平気なんだな?」


 俺が必死で解体している間、トーコはリーズとともに俺に指示を出してくれていた。

 トーコなら怖がると思ったのだが。


「人間が獣を解体するのは、何度も見たことがあります。エーリの世界では誰も獣を解体しないのですか?」


 この世界に、1か所に集めた家畜を専門の人が解体し、パック詰めして売るような文化はないんだな。

 この世界で生きていくなら、こういうこともできないといけないのか……。


「そうだな。初めてこんなことやったよ……」


「初めてはみんな苦労します! エーリは初めてなのにうまくできてました! 次はもっとうまくできると思います!」


「ありがとう……」


 トーコの励ましのおかげで、なんだかすこし元気が出てきた。

 苦労して切り分けた肉を見る。

 こうなってしまえば、店で売っている肉と大差ない。

 とりあえず、さっさと食べよう。

 腹が減りすぎてるから、こんなに弱気になるのではないだろう……。

 えーい、リーズはまだか!



 ◆



 パディラスという獣の肉は、想像以上にうまかった。

 俺が酷く空腹だったことも大きいかもしれない。

 この世界においても、やはり肉は肉だった。

 火で焼けばそこはかとなくうまそうな匂いがして、食欲を取り戻すことができた。


 肉はすべて焼いてしまい、必要な分だけ持っていくことにした。

 その後は再びリーズの後に続き、終わりの見えない森を歩き続けた。

 森に入ってから丸2日以上が経って、やっと森を抜けることができた。

 森を抜けた先には、地平線まで草原が広がっていた。


「アウラダにはまだ着かないのか……?」


「この草原を抜けた所にありますので、夜は休むとして、明日の昼ごろの到着になります」


「――3日で着くんじゃなかったのか?」


「途中かなり休憩を入れましたので、仕方ないかと……」


 それはそうだろう。

 普通あんな険しい森の中を1日中休まず歩き続けるなんて無理だ!

 リーズの言う3日と言うのは、休憩なしで歩き続けた時の話なのか……。

 3日の我慢だという俺の希望が打ち砕かれて、がっくりと肩が落ちた。

 しかしその無茶な予定も、このリーズと言う少女ならやりかねない気がした。

 森に入ってから約3日が経っているが、リーズにまるで疲れた様子はない。

 しかも本当に何も食べす、何も飲まなかった。

 最初からそうなのだろうなとは思っていたが、やはりこの少女は人間ではないようだ……。


「それでは、出発してよろしいですか?」


「――ああ、頼む……」


 そうしてまた草原でも、リーズを先頭にして俺たちの行進がはじまる。

 地面が平らな分、森の中を行くより全然ましだった。

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