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今日の異世界  作者:
4/12

4

 子供たちに手を引かれるままに歩き続ける。

 右手を姉と思われる女の子。

 左手を弟と思われる男の子に引っ張られている。

 子供たちは時折笑いながら俺に話かけてくれるのだが、何を言っているのかさっぱりだ。

 愛想笑いで軽やかにかわしていく。


 目的地に到着したようだ。

 俺たちのほかにも人がいる。

 多分、村くらいの大きさになるのだろう。

 しっかりした木造の家が並んでいる。


 子供たちが大きな声を上げると、何やら大勢集まってきた。

 何かを口々に言っているが、やはり何を言っているかはわからない。

 年配のおじいさんなどから握手を求められたりしたのだが、全然何を言っているのかわからない。

 子供たちの両親らしき人から泣きながら何か言われたが、多分礼を言われたのだろうという事しか分からなかった。


「誰か、俺の言葉が分かる人はいませんか?」


 思い切って俺が発言すると、皆がきょとんとした顔をして、そのあと皆で何か相談している。

 その後また俺に何か話しかけるのだが、やはり何を言っているのかわからない。


「トーコ……。俺はこの世界でやっていけないかもしれない……」


 くじけかける俺の心。


「頑張ってくださいエーリ!」


 救いがあるとしたら、集まった村の人々が言葉のわからない俺に対して好意的なことか。

 しばらくして、村人の皆さんが解散した。

 俺が助けた子供一家だけが残り、子供たちが俺の手を引く。

 着いた先は一軒の家。

 多分この子供たちの家なのだろう。

 子供たちからぐいぐいと押し込まれるようにして、俺は家の中に入った。


「へえー」


 どんな家かと思ったが、かなり普通だ。

 家具なども木を使ったものが大半で、元の世界にもありそうだ。


「おじゃまします」


 とりあえず挨拶して家の中に入る。

 子供たちの様子を見るに靴は脱がなくていいらしい。

 子供たちがここに座れと言わんばかりに椅子を叩くので、木を縦に真っ二つにしたような形の椅子に座る。

 言われた通り真ん中に座ったら、その隣に子供たちが陣取る。

 最初から思っていたが、かなり人懐こい子供たちだ。

 

 子供たちの両親は、俺に声をかけたあと家の奥へ。

 おそらくキッチンの役割を果たすのであろう、平らな木の板の置かれた台の前に立った。

 父親の方が、そばにあった桶のようなものを持って家の外に出ていく。


 子供たちが、先程からうっとうしいくらいに俺に話しかけてくる。。

 掌を俺に向けて、何か言っている。

 なるほど、この子たちが何を言いたいのか大体想像はつく。

 魔法を使って見せてくれという事だろう。

 しょうがないな、見せてやろうじゃないか。

 この俺の力を!


 俺は掌の上に青い霧を少し集める。

 この段階では、俺とトーコ以外には見えない。

 おれは魔素に、水のイメージを送る。

 すると魔素は水に変化し、俺の掌の上に水の球ができた。

 子供たちが歓声を上げる。

 子供たちにも自由に触らせてやる。

 発生の仕方が違うだけで、まあ結局はただの水だ。

 

 それから、食事を出してもらった。

 二つくっついた形の見たことない豆。

 何かの葉は、ゆでられたせいで形は分からないが、少し苦みのある味がした。

 つるりとした肉は、いったい何の肉だったのだろうか。

 皆が食べていたので俺も何気なく食べたが、鶏肉に似ているかなと感じた。

 食事を終え、その後部屋に通された。

 俺をその部屋に残し、子供たちとその両親は部屋を出て行った。


「ここで寝ていいってことかな?」


 トーコに聞いてみる。


「たぶんいいのではないでしょうか?」


 人間の言葉が分からないんだから条件は一緒か。

 誰も見ていないし、俺はごろんと横になる。

 床から高さがありベッドの様だが、下に敷く部分は畳の様だ。

 じっと見てみると、編み方は畳とは違うようだ。

 まあ草を編んでるのなら、寝心地が畳に似るのは当然だろう。

 それから少しだけベッドの上で休んだ。



 ◆



 そう言えばトーコと会ってから、頭痛が嘘のようになくなっている。

 あの頭痛は、いったい何が原因だったのだろう。

 現実に対するストレスか。

 それとも、実在しないものが見えることによるストレスか。

 とりあえず、トーコに出会ったことで何かが変わっただろう。

 

 天井近くに作られた窓から、外が仄かに明るいのが分かる。

 月が出ているのかもしれない。


「そろそろ行こうか?」


 トーコに話しかける。

 しかし返事はない。


「トーコ?」


 頭を起こしてトーコを探す。

 トーコは俺の腹の上で寝ていた。

 軽すぎるせいで全然気が付かなかった。


「トーコ、お前何時の間に寝てたんだ……?」


 トーコの頬を指先でつつく。


「んん……」


 丸まったまま、起きようとしないトーコ。

 まあ、まだいいか。

 だがとりあえずどかさないと俺が起きれない。

 トーコを両手ですくって、起き上がる。

 トーコはそのままベッドの上に寝かせた。


「行かない訳にはいかないよな……」


 あの魔獣とした約束を思い出す。

 あいつは約束を破ったら、せっかく助けた子供たちを殺すと言っていた。

 行けば、どうなるか分からないな……。

 もしかしたら、あの子供たちの代わりに俺を殺して食うつもりなのかもしれない。

 時間があれば何かいい案が浮かぶかと思ったが、特に何も思い浮かばなかった。

 最悪、もう一度戦うしかないか。

 言葉は通じるのだから、なるべく話し合いで解決したいが。


「こいつなかなか起きないな……。トーコ、行くぞ」


 先ほどよりも強く、トーコの頬を円を描くようにぐいぐいといじる。

 これにはさすがにトーコも耐えられなかったようだ。

 あうあう言いながら目を覚ます。


「エーリ……、もうちょっと優しく起こしてほしいです……」


「悪い」


 全然悪いとは思ってないが、一応謝っておく。


「そろそろ行こう」


「はあい」


 パタパタと飛んで、俺の頭の上に着地する。

 今度は俺の頭の上で寝るんじゃないだろうな?

 部屋を出て、辺りをうかがう。

 家の中はしんと静まり返っている。

 どうやらこの家の住人はもう寝てしまったようだ。

 足音をたてないように気を付けて家を出る。

 何度か床がきしみを上げてヒヤッとしたが、どうやら大丈夫だったようだ。

 

「とりあえず村から離れるぞ」


「はい!」


 トーコはどうやらすっかり目が覚めたようだ。

 夜更かししてテンションが上がっている子供のようで、少し面白い。

 村から離れるため、少し歩く。


「気になってたんだけど、トーコってたまに聞きましたって言うよな? それは誰に聞いたことなんだ?」


 その人は、この世界に詳しい人なのだろうと感じていた。

 トーコと知り合いなら、一度会って話を聞いてみたい。


「クセロのことですか? クセロは物知りです! 私にいろいろなことを教えてくれました!」


「クセロか。そのクセロって人はどこにいる?」


「エルミスという都市です!」


「なるほど。じゃあ何時か、そのエルミスって都市にも行かないとな……」


「はい! ぜひ来てください! エーリが来たら、きっとクセロも喜びます!」


 今の短い会話で引っかかることがあったので、トーコに聞いてみる。


「その、クセロって人は人間じゃないの? トーコは人間には見えないし、言葉もわからないんだよね?」


「ううぅ……、それは、クセロとの秘密なのです。いくらエーリでも教えられません……」


 なにか秘密があるのか。


「秘密なら別にいいんだ。無理に聞き出そうとは思わないよ」


 別にトーコを困らせるつもりはなかったので、断りを入れておく。


「ごめんなさいです……」


 なんだかものすごく申し訳なく思っているらしい。

 聞いてしまったこっちの方が申し訳ない気持ちになる。


 あまりに村に近すぎると、もし戦いになった時に被害が出るかもしれない。

 歩き続け、だいぶ村から離れることができた。

 これから魔獣に会うのだ、気持ちを切り替えないといけない。


「この辺にするか……」


 あの魔獣は森に入れと言っていたが、夜の森は暗く不気味だ。

 できることなら入りたくたくない。

 多分呼べば出てくるだろう。


「来たぞ! 姿を見せろ!」


 返事があるかと耳を澄ます。


「人間と言うのは、やはり随分間の抜けた生き物だな……。ラタスでも、もう少し危機感があるものだが……」


 声が聞こえたのは、すぐ後ろだった。

 背筋に悪寒が走る。

 俺は慌てて振り向いた。

 そこに昼間見た魔獣が座っていた。

 青い眼が、獰猛な牙が、艶やかな銀色の毛並みが、月の光を反射して光っている。

 額に生えた角が、触れ得ざる神聖な生き物のように思わせる。

 その美しさはまるで一枚の絵画のようだ。

 あまりにも現実離れしすぎているせいで、こんな感想を抱いてしまったのだろうか。


「いつの間に……」


 全然気が付かなかった。

 こんな大きな魔獣が真後ろにいて気が付かないなんてことがあるか……?

 トーコは悲鳴を上げて俺の後ろに隠れてしまう。


「まあいい。人間よ、お前をケルハイト様へ献上せねばならん」


「け、献上!? どういうことだ!?」


「話は後でする」


 そう言うが否や、魔獣の口が俺に迫る。

 魔法が間に合わない!

 突然現れて意味の分からないことを口走る魔獣に、あっけに取られてしまっていた。

 食われる!?

 その痛みを想像してしまい、思わず目を瞑ってしまう。

 闇の中で、ぐいっと体が上に引っ張られる。

 突如現れる浮遊感を味わい、なにやら柔らかい物の上に着地した。

 恐る恐る目を開けてみる。

 間近に、銀色の毛並みが見えた。


「おかあちゃん!」


「明日の昼には帰ってくる。それまで一人で大丈夫だな?」


「うん! 大丈夫!」


 一体なんだ!?

 体を起こして気が付いた。

 俺はどうやら、あの大きな魔獣の背中に放り投げられたらしい。


「お前! おかあちゃんに何かしたら許さないからな!」


「大丈夫だよ。何かしようとしたら振り落してやるから」


 魔獣の親子の会話が終わり、魔獣の姿勢がぐぐぐっと下がる。


「しっかり捕まっていろ」


 その言葉とともに、魔獣が大地を蹴った。

 木々を越え、空に舞う魔獣。

 景色が線になって流れていく。

 仄かな月明かりしかないせいで、周りに何があるのかも判別できない。

 ひときわ高く魔獣が舞った時に、地上にいくつかの明かりが見えた。

 それはもうかなり遠く、すぐに見えなくなった。

 あれが村かな……。

 魔獣は俺をどこかに連れて行くと言っていた。

 少なくとも、すぐにでも殺してしまおうという気はないらしい。

 俺は少し気分を落ち着ける。


「一体どこに行くつもりだ?」


 風圧のせいで聞こえないと思ったが、どうやら耳はいいようだ。

 返事を返してくる。


「さっき言っただろう。ケルハイト様の所だ」


「そのケルハイトってのは誰なんだ?」


「お前は、魔王様の名も知らんのか」


「知らないな。その魔王が俺に何か用があるのか?」


「珍しい人間がいたら連れてくるように命令されている。お前は珍しい人間だろう?」


 俺はこの世界に来て少ししか経っていないが、俺の存在が常識外れだというのはトーコの言葉から十分自覚できた。

 異世界から来たことは知らないだろうが、魔法を使うところは見られてしまった。

 言い逃れはできそうにない。

 ついでに、逃げることもできそうにない。

 魔法を使うより早く、この魔獣は俺を振り落すことができるだろう。

 今落とされれば、死は免れない。

 逃げられないなら、一つ確認しておくことがある。


「そのケルハイトってやつは、珍しい人間を集めてどうするんだ? 殺すのか?」


 あらかじめ自分に敵対しそうな人間を殺しておく。

 魔王なんて呼ばれる奴がやりそうなことだ。


「さあな。詳しくは知らん。自らの目で確かめろ」


 なんて無責任な言葉だ。

 俺が死んだら、一体どう責任をとってくれるのか。

 一瞬そんなことを考えて、こいつには俺の命などどうでもいいのだということに思い至って虚しくなった。

 そうだ、トーコは大丈夫だろうか?


「トーコ、大丈夫か?」


 襟の所に避難していたトーコに呼びかける。


「今から、魔王の所に行くんですか……?」


 怯えているのがわかる。


「魔王ってのはそんなに怖いのか?」


「怖いですよ! たくさんの妖精を殺しました! 私も殺されるかもしれません!」


「妖精を殺したのは先代の王だ。ケルハイト様はそのような野蛮なことはしない」


 看過できない言葉だったのだろう。

 魔獣が口を挟んでくる。

 トーコは怖がって、また潜り込んでしまった。

 俺も、すこし気持ちを整理したかった。

 しばらくの間、誰も話さない時間が続いた。

 その間に、魔獣はいくつもの山を越えた。

 遠くの方に、大きな明かりも見えた。

 おそらく町があったのではないだろうか。

 何時間が経っただろう。

 朝日が昇り始める頃になって、魔獣が足を止めた。

 見えたのは、湖の上に立つ大きな城だった。

 朝日が水面に反射して、とても綺麗に見える。

 魔王の住む城がこんなに綺麗だとは、思ってもみなかった。

 湖の縁から城に向かって、細く地面が続いている。

 魔獣が、足を折って寝そべる格好になる。


「着いたぞ。降りろ」


 俺は、慎重に地面に降りる。

 ずっと魔獣にしがみつく姿勢でいたせいで、足に力が入りにくい。


「この先だ。先に行け」


 俺は城への小道を歩く。

 後ろからは魔獣が付いて来ている。

 魔王の城は、とても静かだ。

 朝だというのもあるのだろう。

 けれどそれだけではない。

 魔王の城と言うのは、もっとこの魔獣のような化け物がひしめいている場所だと思っていた。

 しかし、ここには門番も、兵士もいない。

 城の正面、大きなアーチのようになった門には扉はなかった。

 その門を通り抜けるときに、わずかな風を感じた。

 長い通路をそのまま進めば、二段ほどの段差があった。

 さらに続く短い通路の向こうには、王様が座るような豪奢な椅子が置かれていた。

 今は、その椅子には誰も座っていない。


「ケルハイト様! 珍しい人間を連れてまいりました!」


 魔獣が声を上げる。

 こんな朝っぱらから大声あげて怒られないのか?


「少しまて、今準備をする!」


 城の奥から声が聞こえる。

 それは間違いなく女性の声だった。

 この声の主が魔王なのか?

 これは予想と反する事態だ。


 しばらくして現れたのは、やはり若い女だった。

 黒いドレスを身に纏い、黒い長髪をなびかせる。

 その長身は、俺よりも20センチ程は高そうだ。

 すらりとした体つきだが、女性らしいふくらみも失ってはいない。

 女性は優雅な身のこなしで歩を進め、椅子に座った。

 肘掛けに肘をついて足を組み、妖艶な瞳で俺を見る。


「ようこそ私の城へ。私が魔王だ」


 その女は、確かにそう言った。

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