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今日の異世界  作者:
3/12

3

「こんなことになるなんて聞いてない、聞いてないぞ!」


 森に吠える俺。

 まさか期待の異世界に来て、いきなり愚痴を吐くことになろうとは。

 俺はちょうどいい所にあった倒木に腰を下ろす。

 異世界への移動は、予想していたような簡単なものではなかった。

 その道中は、まるで巨大な洗濯機の中に放り込まれた様だった。

 上下左右もわからぬまま翻弄され、やっと着いたと思ったら、肩にかけていたはずのリュックがなくなっていた。

 トーコはまだ目が回っているのか、俺の膝の上で寝転がっている。


「うぅ……、気持ち悪いです……」


「はあ……。先が思いやられる」


 とりあえず、当初予定していた計画は続行不可能になった。

 最初にこちらの世界でもゲートを作れるのか試しておきたかったのだが、金箔はリュックに入れたままどこかに流されてしまった。


「なあトーコ。こっちに来る途中で荷物が無くなったんだが、こっちの世界には来てるのか?」


「たぶん、来てると思います。ゲートの移動は一方向だって聞きました」


「なるほど。だったら、この世界のどこかにはあるわけだ。意外と近くに落ちてないかな?」


 ぐるりと辺りを見回してみるが、それらしいものはない。

 ここはどうやら、元の世界でゲートの向こうに見た森のようだった。

 一見すると、元の世界と同じかと思ってしまう風景。

 地面から生えた木々や草花、飛び交う虫達。

 しかし確かに、元の世界とは違っている。


 例えば、今座っている倒木を這っている虫。

 甲虫のような、つややかな流線型を描く体をしている。

 カブトムシのようだと思ったが、角が3本生えていて、ジジジジ鳴きながら森の奥に飛び去っていった。

 どこかで見たようで、なんか違う。

 そんな感じの違いだった。


 しかし一つ、元の世界とは決定的に違う点がある。

 元の世界より濃さを増した霧の量だ。

 魔素の量が、俺の世界とはまったく比較にならない。

 この光景を見れば、元の世界でトーコが魔素が薄いといった理由がわかる。

 色とりどりの魔素が、数倍の濃さと大きさを持ってあたりを漂っている。


「景色はほとんど変わらないが、トーコの言った通りだな。すごい魔素の量だ……」


「これくらいが普通だと思います。エーリの世界は魔素が薄すぎるのです。ここでなら、エーリも魔法が使えるのではないですか?」


「よし、試してみるか!」


 何はともかく、まずは魔法だ。

 俺に特別な力があるというのなら、確かめなければならない。

 これで、ただ魔素が見えるだけでしたということになれば、拍子抜けもはなはだしい。

 いきなり計画倒れした異世界計画から目をそらすための、現実逃避も良い所だが。


 ひとまず気を取り直し、魔法とやらが使えるかどうか確かめてみないと。

 確か、精神集中だっけ?

 トーコが言っていた台詞を思い出す。

 とりあえず目を瞑ってみる。


「おお……!」


 それだけで、周囲を漂う魔素の気配が分かった。

 精神集中なんていうからどれだけ難しいのかと思ったが、意外と簡単だったな。

 で、魔素を集める……か。

 掌を上に向けて、その上に集めるようにイメージしてみる。

 周囲を漂う魔素が、引き寄せられるように掌に集まっていっているみたいだ。


「エーリ!」


 イメージとしては、掌の上にある風の塊が、周囲の霧を吸い込む様子だ。


「エーリ! 目を開けてください!」


「ん、なに?」


 トーコの呼ぶ声で、俺は目を開ける。

 そうすることで、否応なしにその光景が目に入った。


「な、なんだこれっ!?」


 俺の掌の上に、どす黒い球状の物体が鎮座している。

 大きさはピンポン球くらいなのに、恐ろしい存在感を放っている。

 それは時々バチバチと放電しながら、揺らぐように球体を保っている。

 恐ろしく危険な物体に見えるが……。

 なんだ、これは……?


「エーリ! 早く消してください! 危ないです!」


「トーコ! これはいったい何なんだ!? 俺が思ってる魔法と違うぞ!?」


「いいから早く消してください! 死にたいんですか!?」

 

「死っ!?」


 トーコがここまで必死なるのは初めて見た。

 気持ちは焦るが、どうしたらいいのか分からない。


「ど、どうやって消すんだよ!?」


「ええっ!! じゃ、じゃあ投げてください!! うんと遠くへ!!」


 それならできる!!

 俺は立ち上がって、掌の上の不気味な球体を力の限り放り投げる。

 黒い物体は、森の木々の向こうへ落ちて行った。


「これでいいのか……?」


「多分……。まだ小さかったので、これだけ離れていれば大丈夫……な、はずです……」


 自信なさげにトーコが言う。

 その瞬間、黒い球体が落ちた方角から、雷でも落ちたかのような轟音が響き渡った。

 あまりの轟音に、思わず目を瞑り耳を塞ぐ。

 空気の振動がビリビリと体を震わせる。

 続いて、パキパキという木々の折れる音。

 最後に重低音を伴って、地震のような振動が響いた。

 轟音が収まってから、しばらくして開ける。

 

「何が起こった……? なあ、トーコ?」


 うずくまっていたトーコの後頭部を指先でつつく。

 恐る恐る顔を上げるトーコ。

 あたりをきょろきょろ落ち着きなく見回す仕草は、小動物のようだ。


「終わりました……?」


「ああ、静かになった。あれはいったいなんだったんだ?」


「あれは……、私も見るのは初めてです。多分、コントラです」


「コントラ? それはなんなんだ? なんでそれができたんだ?」


「普通……、魔法は一つの色だけを集めて作ります。けどエーリは、全部の色がごちゃまぜでした。あんなことができる人は、普通い


ないです」


「でもエルフは魔法が使えるんだろ? だったらエルフならだれでもその、コントラってやつは作れるんじゃ無いのか?」


「基本的に、一人が操れる色は一つだけです! 全部を操れる人なんて、聞いたことないです!!」


 トーコの強い語尾に、少し驚く。


「そ、そうなのか……」


 それはまた凄いことになったもんだ……。

 俺って実はすごいんじゃないか?


「とりあえずどうなったのか確認しに行くか……。もう、大丈夫だよな?」


「たぶん……」


 トーコも確証はないのだろう。

 その答えは自信がなさそうだ。

 まあとりあえず、俺は俺の魔法がどれだけの威力があったのか確認したい。

 球体を飛ばした方向に歩き始める。

 トーコも、俺の影に隠れるようについてくる。


 森のすぐ向こう側に、開けた空間が見えた。

 空間の手前側で、崖の様に地面がなくなっているのが見えた。

 落ちないように気を付けながら、俺は開けた空間の端に立つ。


「これは……、とんでもないな……」


 トーコが死にたいのかと言った意味がよく分かる光景だった。

 直径20メートルはあるだろうか。

 半球状に地表が抉り取られ、木の根や地層が露出している。

 あの小さな球体が、これだけの空間を抉り取ったとは信じられない。

 しかしそれにしても、さっぱりしすぎてないか?


「ここにあったものはどうなったんだ……?」


「コントラは、周囲の物を巻き込んで消滅するそうです。つまり、完全なる消去です。後には何も残りません」


 普通、物を壊してもその痕跡は残るものだ。

 焼いてもそうだ、灰が残る。

 けれど、コントラは違う?

 完全なる消去……。

 とてもじゃないが想像がつかない。


「そこにあったものは消えてどうなるんだ? 完全になくなるなんておかしくないか?」


「でも、そういうことになってます。そもそもコントラは理論上の魔法です。いままで存在は確認されていないのです。だから、実際の所は誰にも分かりません……」


 俺がこの世界に来て始めて使った魔法がこんな魔法とは……。

 なんだかとても幸先が悪い。

 すごいことはすごいのだろうが、不気味極まりない魔法だった。


「あんまり使わない方がいいかな……?」


「絶対使わない方がいいです!」


「そうするよ……」



 ◆



 それから少し、森の中でトーコと魔法の練習をした。

 トーコの言う通り、さらに魔素の気配に集中すると、一つ一つの気配が微妙に違うことが分かった。

 間違ってコントラを作ってしまわないように、一つの色だけを集める。

 いくつか試してみて、それぞれの色に違いがあることが分かった。

 赤色の霧は炎だった。

 黄色は電気。

 青色は水。


 緑色は、恐らく成長促進。

 集めた霧の見た目だけでは分からなかったので地面に落とすと、その部分だけ草が一気に成長した。


「この緑色の霧はよく分からないな……」


「そうですね、私も見るのは初めてなので――――――――!」


 突然、トーコがはじかれるようにして顔を上げた。

 真剣な顔で、あたりを見回す。


「どうした……?」


「声がしました! 多分人の声です!」


「なに、本当か!?」


「聞こえます! あっちです!」


 トーコが指を差す。

 木々が生い茂っているだけで、何も見えない。

 俺には何も聞こえなかったので、遠くから聞こえてきたのかもしれない。

 間髪入れず、俺は立ち上がる。


「いくぞトーコ!」


「はい!」


 何はともあれ、人に会える。

 人が近くにいるというのなら、このチャンスを逃してはならない。

 この世界の人と言うのは、どういう姿をしているのだろう?

 トーコは俺の姿を見てもさほど驚かなかったし、それほど違いはないのかもしれない。


 生い茂った草木に足を取られないように気を付けながら、俺に出せる精一杯の速度を出して走る。

 しばらく走ると、景色が変わった。

 森が開けている!

 先ほどのコントラの時を思い出して、思わず地面を確認する。

 地面もあるようだ。

 俺は速度を緩めぬまま飛び出した。

 地面の色が違う。

 土と言うより、砂だ。

 それが森と森の間に続いているので、これは多分道だ。


「トーコ、どっちだ!?」


「エーリ、あれです!」


 トーコが見ている先を、俺も確かめる。

 かなり距離があるが、確かに人がいるのが見えた。

 小さい姿が、二つ見える。

 こちらに背を向けているが、おそらく子供だろう。

 背の高いほうの子供が、棒を振り回しながら喚いている。

 背の低い方は、背の高いほうの子供にすがりつくようにして立っている。


 その理由は、一目瞭然だった。

 その子供たちは、襲われていたのだ。

 何やらでかい獣が、その歯をむき出しにしてうなり声をあげている。


「なんだよあれ!?」


「恐らく魔獣です!」


 魔獣!?

 どう見ても、あの化け物みたいな獣は子供を食べる気だぞ!

 かなりでかい獣だ。

 俺の体の10倍はありそうな巨躯に、鋭い牙。

 そのシルエットは一見でかいオオカミにも見えるが、その額には角が生えていた。


 どうする!?

 それは勿論あの子供たちを助けなければいけないのだろうが、それができるのかが問題だ!

 子供は精一杯棒を振り回しているが、あれだけでかい獣にあんなものは意味がないだろう。

 食われるのは時間の問題だ。


「まだ、練習の途中だってのに!」


 仕方ない、魔法を使って倒すしかない!

 右手に魔素を集めるように集中する。

 このままでは魔素が集まりきる前に子供たちが食われるかもしれない。

 獣の注意を、こちら引き付けないと。


「おいっ!! こっちだ!!」


 俺に出せる限界の大声で獣の注意を引く。

 獣が俺の声に気が付き、こちらを見る。


 必要最小限の魔素が集まった。

 集めたのは赤い魔素。

 集めた魔素に、俺は魔素に炎のイメージを送る。

 そうすることで、ただのエネルギーでしかない魔素を燃やすことができる。

 俺の右手の掌の上に、野球のボール程の火の球が出来上がった。

 獣もそれに気が付いたようで、俺の持つ火の玉を見ている。

 俺は火の玉を作ってからも、魔素を集めるのをやめなかった。

 たのむから、まだ来ないでくれよ……!

 炎に薪をくべるように、小さな炎をより炎を大きくしていく。


「ほお……、器用な人間がいたものだな」


 獣が口を開くとともに、声が聞こえた。

 まさかあの獣、言葉が話せるのか!


 子供達もこちらに気が付いたようで、何事か言っているのだが何を言っているか分からない。

 恐怖のせいでまともに言葉にならないのかもしれない。

 それよりも今はあの獣だ。


「トーコ、あいつしゃべってる……」


「エーリはあの魔獣の言葉が分かるんですか!?」


 どうやら魔獣の言葉が分かるのも普通ではないらしい……。

 いったいどうなってんだ俺。


「おい、お前! 俺の言ってることがわかるか?」


 俺の言葉に、獣が目を細めるのが分かった。


「分かるとも、人間よ。だがその問いかけに何の意味がある? お前らは我らの言葉が分からぬであろう? 一方的な要求を繰り返す


愚かな人間。お前はそこでこの子供らが食い殺されるのを見ているがいい」


「何言ってんだ?」


「やはりな。我ら魔獣と人間とは分かりあえぬもの。言葉も通じあいはせぬ」


「違う! 俺はお前の言ってることがわかる! お前の言っている意味が分からないと言ってるんだ!」


「我らの言葉が理解できると?」


 獣の目が、大きく見開いた。


「ああ。とりあえず、その子たちはあきらめろ! さもないと――――」


 掌の火球はさらに大きさを増し、ほとんど俺と同じくらいの大きさになっている。

 どれほどの威力ならあの獣に対する脅しになるか分からなかったので、ひたすら大きくしてみたのだ。


「―――こいつを味わうことになるぞ!!」


 獣が沈黙する。

 この大きさの火球だ。

 恐らく、当たればただでは済まないはず。


「おかあちゃん!!」


 突然森の中から小さな獣が現れた。

 小さいと言っても、その大きさは俺と同じくらいはありそうだ。

 後ろに立つ獣がでかすぎるせいで、小さく見えるだけだろう。


 ……おかあちゃん?

 大きな獣は自分の前に立った小さな獣と、二人の子供、俺のことを順番に見据えて、やがて再び口を開いた。


「珍しい人間、お前に免じてこの子供らは見逃してやる。そのかわり、夜になったら森に来い。もし来なければ、やはりこの子供らを殺す」


 まさか獣に交換条件を持ちかけられる日が来るとは。


「分かった……。夜に、森に入ればいいんだな?」


 戸惑いはあったが、それで今は見逃して貰えるのなら、安いものだ。


「約束したぞ……。さあ坊や、帰るよ」


 そこまで言って、大きな獣は高くジャンプした。木々を越えて、一気に森の中に見えなくなる。

 それを追って、後から現れら小さな獣も森の中に帰っていった。


「助かった……」


「エーリはやっぱりすごいです!」


 俺の首筋に捕まって隠れていたトーコが歓声を上げる。

 獣が戻って来ないことを、しばらく待って確認する。


 どうやら帰ってこないようだ。

 だったら、この膨らみすぎた火球を消滅させないといけない。

 火球については、どうやって消せばいいのかすでに練習済みだ。

 どうやら魔素をエネルギーとして燃えているようなので、燃焼温度を上げて一気に燃やし尽くしてしまえばいいのだ。

 俺は火球に集中し、その温度を上げていく。

 炎の色がが赤から白に、白から青に変わった。

 温度が上がるにつれて火球は小さくなる。

 青色に変わった火球は、一気に燃え尽きて消えてしまった。

 おそらく青い炎のまま維持しようと思ったら、これくらいの魔素では全然足りないのだろう。


 子供たちが、こちらに向かって駆けて来るのが見えた。

 ものすごい勢いで走ってきて、直前で止まるのかと思ったら、そのまま腹にダイブされた。

 ぐふ……。

 やはり子供は容赦が無い……。

 それはどこの世界でも一緒なのだろう。

 まあしかし、今はこの子供たちの無邪気な笑顔に免じて許してやろう。


 それはそうと、今この瞬間に一つ問題があることが分かった。

 獣との戦闘中には気にしなかったけれど、これは由々しき問題だ。


「なあトーコ」


「なんですか?」


「この子供達が一体何を言っているのか全然わからんのだが……」


「私もちょっと、人間の言葉は分かりませんね……」


 子供たちは俺の困惑にはお構いなしで、右手と左手をそれぞれ握って引っ張ってくる。

 俺をいったいどこに連れて行こうというのだろうか。

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