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買われた羽月買った唐変木



 私は部屋に入ると、ドンッとシンを突き飛ばすかのように押してベッドに座らせた。


「一体どういうわけ? 説明してよ」

「え・・・。どういう訳って・・・。俺は羽月の親が住む家が無くなりそうって困っていたから・・・助けただけだ。昨日の羽月と同じだろ?」


「う・・・」


 シンの目からは偽善やおせっかいと言った色は見えない。昨日も不必要だからって大金を私に渡そうとしたくらいだ。今日も、私の家にはお金が無かった。自分にはあったから出した。ただそれだけだ・・・、という事がすぐに分かった。


「そ・・・それでっ! でも、心のどこかで狙っている物とかホントはあったりするんじゃないのっ! ・・・たっ・・・例えば・・・。何か私に・・・させようと思っているとか・・・」

「させようと? ・・・そう言えば一つあるな」


「ほ・・・ほぉーらやっぱり。・・・あんな大金出されて親も助けられたんじゃ・・・こっ・・・断れないかもしれないけど・・・。私の体は自由に出来ても心までは・・」


「学校と言う所は何をしに行っているんだ? 勉強と言う事は分かっているが、何の勉強だ? 勉強をするためだけにどうして特定の場所に集まるんだ? あと、同じ歳の人間が何人くらいいるんだ? それをいろいろ聞かせてくれ。・・・・それと、どうして着替え終わっているのに・・・また服を脱ぎ始めているんだ?」


「はふ? 学校?」


 私は脱いだTシャツをそっと拾ってまた頭からかぶった。




「17歳が100人もいるのか! 嘘だろ? ・・・いや、人口から考えるとおかしくはないのか・・・」

「私の学校は少ないほうだよ。普通の高校ならその倍はいるはずだけど。どうして驚いているの? シンの学校はもっと少ないの?」


「俺の周りで同い年と言うのは、ヒロ・リラ・ミリンの一人だけだ」


 外国人という事で、ニューヨークやパリなどのお洒落な都会で育ったと想像していたけど、もちろん自然豊かな地方もあるはず。シンは見た目とは違い、そう言う所の出身だったのか・・・。


「同い年が一人だけ? すごい田舎の学校なんだね。ふーん。ヒロ君ね。ヒロ君とは仲良かったの?」

「うるさい奴だ。俺の事が好きだったようだが、俺は好みでは無かった」


(嘘・・・ボーイズラブ?)


「何か言ったか?」

「ううん。外国ではそんなの、普通だもんね!」


 高校生で男が男相手に告白か・・・。日本だったら大人になってからカミングアウトだよね。進んでるなぁ・・・。


「それで、学校は楽しいとの事だが、どう楽しいのだ? うるさい鬼教官はいないのか?」

「鬼・・・。怖い先生はいるけど、本当に嫌な先生はいないよ。それよりも、友達と一緒に遊べるのが楽しいんだよ。部活も友達とやるから楽しくて。私はバスケットボール部に入っているんだけど・・・。やったことある? バスケット」


「いや、ないな」

「アメリカなら盛んっぽいけど・・・」


「他には・・・。やはり100人もいれば男もいるのか?」

「もちろんいるよ。半分の50人は男に決まってるじゃない?」


「男が50人? ・・・おどろいた。俺の国では、俺が生まれる前後10年間、男子は作られていないんだ。同じ世代の男はどのような感じなんだろうか・・・」

「男が生まれてない? ああ、あなたの村ではずっと男が生まれなかったのね。とても小さな村だったのね・・・。それで謎が解けた。シンが村でもてるって言うのは女の子ばかりだったからじゃないの? 言っておきますけど、私も学校では男子に人気がある方なんですから! 告白なんて今まで何度受けたことか!」


「そうか・・・。羽月は人気があるのか・・・」


 シンは小さく何度か頷くだけで、少しも残念そうな顔を見せない。


「ちょっと! そこは「お前なんて人気あるものか!」って噛みつくのが定番でしょうがっ!」

「・・・・」

「・・・・」


 なぜか答えは無く、会話は突然切れてしまった。私達二人はうつむいたまま時計の音だけが聞こえてきた。


 しばらくそのままでいたが、私は一つ咳払いをすると、シンに向かって笑顔で手を差し出した。


「・・・まあ! とにかくよろしくね! 大家さん!」

「・・・・あ、ああ。よろしく」


 シンも私に向かって手を差し出してきた。だが、その手は私の手を掴む事なくすれ違う。


―ムニュ―


「あ・・・しまった。くせで・・・」

「き・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は握手として伸ばしていた手を握ってこぶしを作ると、それでシンの横顔を殴った。シンは部屋のドアにぶつかり、それを開け放つと、きりもみ状態で飛び出していって壁にぶつかって落ちた。



 一階ではその声と物音を聞き、

「よし。今日中に決めてしまいなさい、羽月」

 と言う母親の声がしたという。




 翌朝、私は6時に目を覚まし、そーっとシンの部屋との間にある壁に耳を当てた。今晩から、物置として使っていた隣の部屋でシンは眠っている。


「・・・・? 今日はまだ起きてないんだ。・・・昨日激しく壁にぶつかったけど・・・怪我したのかな?」


 動いている気配は無かった。私はそっと部屋を出て、シンの部屋の扉の外で聞き耳を立てる。やはり物音はしないようだ。


「ふ・・・ふん。シンがまた私の胸を揉んだせいだもんねっ! やっぱりあれはハグじゃなかったんだ・・・。今まで何人の物を触ってきたのやら・・・。まったく!」


 私はドスドスと強い足音を立てながら一階に下りた。


「おはよー羽月。急な事で赤飯が用意できなかったから、ケチャップライスのオムライスを作っちゃった。記念だからあなたも今日は朝ごはん食べなさい!」

「は? ・・・どうして赤飯なの? なんの記念? ・・・おいしそうだからそれじゃあ食べるけど・・・」


 テーブルにはオムライスが3つ。父親はなぜかいつもはしていないのに、新聞を顔の前に広げながらオムライスを食べている。


「あれ、シンの分は?」

「シン君はね、朝早く出かけたわよ。あなたも今日は早めに出かけたほうが良いと思うわ」

「どうしてよ?」


 母親は少し目線を下げると、一呼吸置いて言った。


「あれ? 歩きにくく無かった?」

「なんで? ・・・訳わかんない」


「お父さん・・・、どうもまだみたいだわ」

「・・・・」


 母親が、黙って聞くだけの父親に向かってごにょごにょと話しかけているのを、首を捻りながら私はオムライスにフォークを伸ばした。




 シンは結局、私が家を出る時間までに帰って来なかった。また今日もシンと二度と会えなくなるような予感がしつつ学校へ向かう。いや、家を恩返しとばかり買い取って、何の憂いもなくなった今日こそ国に帰ったのではないかと言う気がする。


「なんか毎日いろんな事考えちゃうなぁ。私・・・どうしたんだろ。変なの」


 騒ぐ胸を手でぎゅっと押さえつつ、いつもの時間のいつもの電車に乗った。





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