文化の違い
10分後、俺は人気の無い場所に連れて行かれ、
羽月指導の下『ジャパニーズ ドゲザ』と言うものをさせられて、ようやく許してもらえたようだった。
「もぉ。いくら外国人だからって・・・。聞いているの! シン!」
「はい。聴覚の感度は良好であります」
俺は羽月の後を付いて歩き、頭をずっと上下させながら歩いている。俺に操縦を叩き込んだフル教官の説教より、羽月の口調は厳しい。
「言葉は覚えてきたのに、文化はろくに覚えてないって何よそれっ! 言葉は何年かけて覚えたの? その期間に常識程度の文化くらい頭に入ってきたでしょ!」
「言葉は30分で覚えました。ですが文化はほとんど・・・、いや、重要視していない俺の責任に間違いは無いのですが・・・」
「はぁ? 日本語を30分? ・・・シン!あんた真面目を装って、時折訳の分からないギャグを入れるんじゃないわよっ!」
「いえ・・・決して冗談を言っている訳でも・・・、ふざけているつもりでも無いのですが・・・」
俺は噴き出した汗を拭う。体温が上昇しているようだ。ボディスーツの温度調節に故障は無いはずなんだが・・・。
「ふう・・・。敬語使わなくていいわよ。シンに悪気があったわけじゃなくて・・・ちょっと『変』なだけのようだから」
「はぁ・・・。それはどうも」
先ほどまで原住民だとやや見下していた俺だったが、素直に頭を下げる。どうも地球の女は妙な威圧感がある。俺の星の女にはいないタイプだ。
「それじゃ、私の家ここだから」
「・・・えっ?」
羽月は突然足を止め、建物を背にして微笑んだ。天然石を重ねて作られた塀に囲まれる二階建ての建築物が見える。あたりを見回すと、若干の違いはあるようだが、俺には見分けが付きにくい良く似た建物が並んでいる。どうやら、地球ではスタンダードな住居のようだ。
「わかった。それではまたな」
俺はカバンを両手にしながら羽月に背を向ける。
ここまでの道のりには羽月が言うとおり、宿泊施設のようなものは無かった。そして、このあたりも個人所有だと思われる住まいばかりのようだ。仕方ない、今日のところはOVER DOLLの狭いコクピットでまた寝るとするか。今まで48時間閉じ込められてきて、さらに一晩を明かすというのはなかなか辛い物がある。
・・・いや、待てよ。今からまた移動して違う街に行き、そこでホテルを探すと言うのはどうだろうか・・・。それが最良の作戦だろう。そんなことを考えていた時、後ろから羽月の声が聞こえてきた。
「シン。・・・泊まる所どうするの?」
俺は振り返り、首を捻りながら答える。
「当てはある。とりあえず池に帰る」
軽く笑い、羽月に背を向けると、すぐに勢い良く俺の肩に手がかけられた。
「あっ・・・。ごめんなさい・・・」
羽月は俺の肩に触れた手を逆側の手で包み込んで、なぜか謝る。
「外で・・・寝るつもりなら・・・。あの・・・」
羽月は先ほどまでと違って、急におどおどした感じになり、言葉の歯切れが悪くなった。
「外では寝ないぞ。しかし、足を伸ばせるほど広くは無いが・・・」
「・・・・えと。そんな変な所で寝るくらいなら・・・」
「変な所というほど悪くはない。それに、今から違う街へ行って、宿泊施設を探すプランもあるし」
「違う街? ・・・・そんな・・・、あの・・・」
「お前が良い奴だったことは忘れないぞ。それじゃあな・・」
「ちょっと来て!」
「うおっ!」
羽月は俺の手を掴み、鉄格子の門の中へ引き入れた。そのまま俺の腕をぎゅっと両手で抱きしめながら住居の扉を開けて入る。
(シ――――――――っ!)
人差し指を口に当てて、それを俺に見せてきた。
どうやらこの場合、羽月と同じく足音を立てないようにして歩かなければいけないようだ。
通路の奥から数人の話し声が聞こえてくる。羽月の仲間だと思われるのだが、彼女は段になっている通路を上って、二階へと向かうようだ。
その間、羽月の目配せのような合図からして、言葉も発してはいけないようで、俺は話し声も音も立てないようにしてその後ろに続く。
「羽月ぃー。帰ったのぉー? 今日は遅かったじゃないの。学校からの帰り道、こんなに遅くまで寄り道しちゃだめよー。ご飯は食べるでしょ? 用意してあるから早く来なさいー」
突如、家の中に声が響き渡った。羽月はびくっと体を震わせると、急ぎ足で二階へと向かう。俺ももちろん遅れないようにその後に続いた。
[バタンッ!]
俺が入ると、羽月は勢い良くドアを閉めた。その後「フーッ」と深い息をついている。
「・・・一体、何事だ。いや、それより、さっきの声の主はどうして羽月が家に入ってきたことがわかったんだ? どこにもカメラは無かったようだが、どのタイプのセンサーが仕掛けられていたんだ? おそらく俺は感知されていないはずだが・・・」
「カメラ? センサー? そんなもの私の家には無いわよ。気配で分かったに決まっているでしょ?」
羽月はずっと持っていた自分のカバンを机の上に置いて、その前の椅子にため息と共に座る。促された俺も床に置かれたクッションのような物の上に腰を下ろした。
「気配? ・・・なんだそれは」
「何言っているのよ。めんどくさいわね・・・。えーっと英語で『気配』ってなんて言うんだろ・・・。とにかく、センサーとか無しで、人がいることを体で感じる事よ」
「センサー無しで・・・人がいることを知る? ・・・そんなことが地球人には出来るのか・・・」
「当たり前でしょ。外国人だって一緒だと思ったけど・・・違うのかな? ・・・まあいいや。私変に思われないように下行ってご飯食べてくるから・・・シンはここにいてよね。食べ物はちゃんと持ってきてあげるから」
「いや・・・。俺は早く違う街へホテルを探しに行かないと・・・」
「シン!」
「は・・・はい!」
羽月は強い口調で俺の名前を呼び、椅子から立ち上がり近づいて来ると、俺の両方の肩にゆっくりと左右の手を乗せた。
「まだ分からないの? この、うら若き乙女が、かわいそうな外国人に同情して、部屋を提供してあげる・・・って言っているのよ!」
「・・・はぁ。ここで俺は寝て良いって事か? ・・・えっと、料金は? うっ・・・」
今回は羽月の視線に殺気を感じ、俺はカバンから出しかけていたお金をそっと中に戻した。
「それじゃあ、着替えて行って来るね!」
羽月は紺色の袖の無い動物繊維で出来ているのだろう上着を脱ぐと、今度は化学繊維で出来ている白い半袖シャツのボタンに手をかけた。
上から一つ一つ外していき、その丁度真ん中のボタンを外すと、俺の顔を見た。
「・・・・レディが着替えているところを・・・普通ガン見する?」
「? ・・・俺は埃がたとうが気にしないぞ」
「私が気にするのよっ!」
枕を投げつけ、羽月はベッドから布団を剥ぎ取るとそれを俺に頭からかぶせてきた。
「見ちゃダメよ!」
衣服を脱ぐような音が聞こえた後、ドアがパタンと閉まり、足音が小さくなっていく。どうやら一階に下りたようだ。
俺の想像していた地球とは、この任務とは、原住民が火を囲んでいるところを遠くから眺めて楽しみ、時にはジェスチャーによるコミュニケーションを図り仲良くなる。
その文化の違いと純朴さに安らぎを覚え、10日ほどで帰還すると言う事を考えていた。
しかし・・・・。なんだこれは。非常に過酷な環境のような気がする。
そして、やけに地球人達は他人の世話を焼くものなのだな。
自分の興味がある事以外に何の反応も示さない俺の星の人間とは大きく違うようだ。
スピル人の興味と言えば、太陽系外の惑星の探索に向けられている。
数万年に渡り、すぐそばにあった地球に僅かでも感心を示さなかったのもそのせいだ。
他人にも基本的に興味は少なく、おそらくそろそろ俺が地球に旅立ったことも忘れられている事だろう。データまで削除されているかもしれない。
地球への任務は、俺の夢をきっかけにした思いつきだった。
最初はバカンスのつもりだったんだが・・・傷心旅行とも思われるしまつ。
地球へ向けたOVER DOLLの新機体も、技術部の好奇心を刺激したようで最優先で作り上げられた。
・・・その事も技術部の連中はもう忘れているだろうが。・・・とにかく、俺を含めたスピル人は細かい事を気にしない。なんせ命は無限。全ての事に浅く、薄く。まあそんな感じだ。
「あれ・・・。まだそれかぶっていたの?」
気がつけばドアが閉まる音がした。羽月は俺にかかっている布団を持ち上げると、笑顔で顔を寄せてくる。いつの間にか食事を終えて戻ってきていたようだ。
「パンツでもあさってるんじゃないかって、急いで帰ってきたのに・・・」
俺の体を覆っていた布団が無くった瞬間、俺はおかしな感覚に襲われる。
「・・・何か・・・、匂いがするな」
「ぇぇぇっ! 嘘っ! ・・・く・・・臭い?」
羽月は部屋の中をうろうろと鼻を動かしながら歩いている。俺も立ち上がり、この不思議な感覚に身を任せる。そして、俺は羽月が置いた先ほどの布団とベッドに顔を押し当てた。
「やめて! 匂いかがないでよー」
羽月は俺の肩を掴んで引き起こした。
「なんだこれは?」
「なんだ・・・って。臭かった?」
「臭い? ・・・どういう感覚かと言うと・・・、リラックスできる感じだ。この世界には多種多様な匂いが満ちているな」
「リラックスって・・・。いい匂いって事? ・・・ちょっと私はアロマとかにこだわっているから・・・気に入ってくれたって事かな」
羽月は照れたような表情の奥に、嬉しそうな顔もにじませている。スピルでは見たことの無い表情なのだが・・・悪くは無い顔だ。
「俺の国では食事以外に匂いを発する物など無い。・・・そう言えば、お前の体からも何か・・・」
顔を羽月の体に近づけようとした俺だったが、顔を赤くした彼女に突き放された。
「そんな訳無いでしょ! や・・・やらしいわね!」
羽月は振り返ると、机の上に置いてあった容器と何かの装置を、床に置いてある低いテーブルの上に置いた。
「やっぱりお母さんの目が厳しくて・・・。これが精一杯だった。カップ麺で許して!」
「・・・カップ麺?」
「えっ! 知らないの? ・・・最近では外国でも結構あるって聞いたけど。・・・ふふふ」
首を捻っている俺を、何やら得意げな顔で羽月は見ている。
「さぁ! 驚きなさい、見てなさい! タネも仕掛けもないこのカップ麺。中には硬いへんてこな物が入っています!」
羽月は蓋を開けて俺に中を見せてくる。指で触ってみると硬い、やや太目の繊維が入っているようだ。
「・・・・・うん」
返事をした俺に向かって、目をこれでもかっていうくらい輝かせた羽月は、それに何やら湯気の出ている液体を注ぎ込んだ。
「これで三分待ちなさい!」
上気した顔で羽月は唇を突き出しながら俺を見ている。複雑な表情の変化が少しかわいらしく感じてしまう。
「はい! 三分!」
羽月は俺に見えないように容器に粉末状の何かを入れると、フォークと共にそれを俺の目の前に置いた。食欲をそそる匂いがする。
「これは・・・食事か?」
「あは。ラーメンって言うのよ。って、偉そうに言ってごめんだけど、今日はこれで我慢して!」
「バカなっ!」
「えぇっ! ・・・ダメ?」
羽月は何やら目を丸くしている・・・振りをしているのか? どうして食事を目の前で作り出せたんだ? ポータブルレプリケーターなどスピルでもいまだ開発されていないというのに・・・。
それとも、この液体を出した円柱型装置がレプリケーターなのか? いやっ! 小さすぎる! ・・・しかし、この部屋にはそれを思わすようなシステムは見受けられないが・・・。・・・まてよ。この扉は怪しい。中に大型の装置が隠されているのかもしれない。
俺は立ち上がると、後ろにあった扉に手をかけた。
「まさか・・・いつの間にか地球では、我々に隠れて高度な科学技術を発達させていたのか?」
「ちょ・・・ちょっとっ! 勝手にクローゼットを・・・」
羽月も立ち上がる。この慌てぶり・・、間違いは無いようだ。
「あなどれないな。お前たちは」
俺は扉を引き、両側にそれをよけた。・・・しかし、中に入っていたのは金属製の装置ではなく、いろんな形をした衣服のようだった。
「・・・?」
俺は視線を下に落とす。棚のような物の上に、小さく丸められたカラフルな布切れがぎっしりと詰め込まれている。
「・・・これは一体・・・」
それに手を伸ばそうとしたのだが、気がつけば俺は羽月の攻撃で壁に大の字で貼り付けられていた。
「パンツに決まってんでしょ!」
数分後、
羽月指導の下、俺は『ジャパニーズ正座』というおかしな座り方をさせられながらカップ麺なるものを食べていた。




