鶏が先か、卵が先か
「羽月・・・。すまなかったな。ネロス、相手のシールドは?」
《98%です》
「ううん。仕方ないよ。シンが同じ武器持っていたら絶対勝っていたよ!」
羽月は声も手も震える事無く、明るい顔でシンを見ていた。
《お前は良いパイロットだった。後、数年もすれば俺を抜いていただろう》
スピーカーからフル教官の声が聞こえる。
《俺は驚いた。そして羨ましかった。何か原因があるんじゃないか? 遺伝子にその要素があるんじゃないかってな。そして、ある時お前の遺伝子を調べてみたんだ》
「・・・それで、どうだったんです? 俺も興味あるな」
シンは口元を緩めながら答えた。
《何も無かったよ。ただの・・・『才能』だ。お前は実践でこそ、その能力を発揮する。それは、『直感力』とも言えるかもしれんな》
「直感? 他の木星人と同じく、俺にはそんなもの無い」
《いや・・・。地球行きを決めたのも直感。地球の数ある国で日本を決めたのも直感。そして、日本の中で、この街を選んだのも・・・直感だ》
「俺がどうしてこの街を選んだのが直感なんです? ・・・・もしかして・・・。羽月だと言いたいのですか?」
《そうだ。俺は常にセンサー範囲を最大にし、お前に気がつかれないようにして、後をつけるように地球に来た。センサーにかからないように出力を最小に抑えて地球に降り立つと、お前の身の回りを調べ始めた。調べるという言葉もおこがましいほどすぐに見つかったよ。探していたイブがな》
「イブ? ・・・木星人らしく明瞭に言ってくれ」
《ふふふ・・。十分はっきりと言っているはずだぞ。羽月という娘はイブだ。そして・・・アダムがお前だ、ユリ》
《なるほど そう言うことでしたか》
ネロスは足りなかったパーツを手に入れたかのようにそう言った。
「・・・どういうことだ、ネロス、説明しろ」
《まあ焦るな、ユリよ。・・・俺はお前の遺伝子を細かく分析した。俺の遺伝子とどう違うのか本当に微細な事も見逃さないようにして調べたよ。その時、気が付いたんだ。俺は・・・俺の遺伝子は・・・お前の血を引いている。俺はお前の子孫だってな》
「・・・・? 何を言い出す。それこそ俺が羽月の子孫だと言う話より無理があるじゃないですか? フル教官は俺より100年近く前に生まれている」
《さっきはお前が羽月と言う娘の子孫だと俺は言ったよな。もう一つ話がある。その娘は・・・お前の子孫でもある》
「支離滅裂だな。つまらない話をするくらいなら早く俺を殺せ」
シンはモニターに映る黒い敵機を強く睨んだ。
《それは本当です シンからマドレーヌを渡された時 そのお菓子に羽月の遺伝子が付着していました 私はある日 ただの好奇心から羽月の遺伝子を調べてみると あなたと羽月に血の繋がりがあることを発見しました 羽月は間違いなくシンの祖先です そして シン あなたも 間違いなく羽月の祖先なのです》
「・・・ネロス、お前まで何を言い出すんだ。それでは俺と羽月、どちらが先に生まれたことになるんだ? 矛盾が生じているじゃないか?」
《はい生じています これを タイムパラドックスと言います》
「タイム・・・パラドックス?」
シンは後ろを振り返って羽月を見るが、彼女も首を横に振る。
《先ほどフル教官が言った言葉で謎が解けました アダムとイブ それは地球の旧約聖書に書かれている最初の人間です 彼の言った通り シンと羽月がアダムとイブだと考えれば全てのつじつまが合います》
「俺と・・・」
「私が・・・」
「最初の人間?」
二人は顔を見合して、自然と声をそろえて言った。
《そうだ。俺はデータが残っている全ての木星人の遺伝子を調べてみたが、ユリ、全員お前の子孫だということが分かった》
《私はそれに加え 地球で池のそばを通る人間の遺伝子を採取 調べてみましたが 間違いなくシンと羽月の子孫でした》
「待て、肝心な事がわからない。全ての人間が俺達の子孫だとして、俺達は今ここにいる。どうして最初の、太古の人間になれるんだ?」
《シン 貴方たちはそう遠くない未来に タイムワープを行う事になるのでしょう》
「タイム・・・ワープ? ・・・時間を跳躍するのか? 過去に? ・・・そんなバカな・・・」
《理論は私も分かりません しかし 時間というものが1から2へ流れているのはただの偶然なのです 何かの弾みに2から1に流れたとしてもまったく不思議はありません》
「・・・それでは俺達はこれから過去へ行き、そこで人類を作り始めるのか・・・。しかし、相応の装置が無ければ取り出した遺伝子から子供を作ることは不可能だ・・・」
眉間にしわを寄せて考えているシンに、羽月は顔を赤らめながら言った。
「そ・・・それは・・・。私が知っているから大丈夫・・・。機械が無くても・・・多分・・・なんとかなるよ・・・」
「・・・・? まあ、それで偶然子供が出来、人類を作り出し・・・人は木星へ移住する。そこで数万年後、また俺が、ユリ・ロア・シグンが生まれる。かたや地球では、残った人々が繁栄をし、数万年後、西原羽月が生まれる。・・・と言うことか?」
《そうです》
「おかしいではないか。それではまた生まれた俺達は過去へ行き、人類を作り出す。このループは・・・一体いつから始まっているんだ? 最初の俺達は・・・一体誰が始まりなんだ?」
《人はそれを『鶏が先か、卵が先か』と言うようです》
《そう言うことだ、ユリ》
「う・・・・。そ・・・それではっ! それじゃあ、あなたは何をやっているんだ! フル教官! そこまで知っていて何をする気なんです? ループを壊したいのかっ!」
シンにそう言われたフル教官は、言葉に少し神妙な色を出しながら答えた。
《俺は戦う事しか出来ない男だ。その俺が、どうしてかその事実に気が付いた。これは・・・偶然だと思うか? ユリ》
「ぐ・・・偶然じゃないと言うのですか?」
《ああ、これは必然。俺もこの無限のループに組み込まれている鍵となる人間の一人だって事だ。この事実を知って何もしない事は罪。俺がお前の教官だったことも、これもまた必然だったと言う事だ》
フル教官の機体から殺気が放たれる。ネロスの機体からアラームがなり、照準をロックされたことを知らせる。
「それで、どうして俺を殺す?」
《ただ殺すんじゃない。お前を追い込むのが俺の役目。失敗したとしても被害を受けるのはこの原始人の住む惑星だけだ。遠慮なくやらせてもらった。そして、今この引き金を引けば、お前は過去に戻るかもしれない》
「撃てば木星を含む全ての人間が消え去る未来になるかもしれませんよ?」
《その時はその時。木星人がそんな細かい事を気にしないのは知っているだろ?》
「ふふ・・・そうでしたね」
アラームが鳴り響く中、シンは笑っていた。
《シン 一撃だけ この一発だけ避けてください そうすれば私が何とかします》
フル教官への通信を一時切り、ネロスがシンに、この後に何かの作戦が実行可能になることを伝えた。
「トリガーに指がかかる・・・その一瞬だな・・・」
黒い機体は長さ6mの、OVER DOLLの半分もあるロングライフルをシンに向けている。銃の厚みは最大部分で2m。そこから放たれるプラズマは、シールドが消滅してしまったネロスを簡単に蒸発させてしまうだろう。
二体の周辺の時は止まってしまったかのように静かだった。シンの耳には波の音も、鳥の鳴き声も聞こえていなかった。
「さらばだ、シン」
銃口から青白い巨大なプラズマが発射される。それはネロスを撃ち抜き、すぐ下にあった海水を蒸発させた。それを見て、フル教官は「フー」とため息とも取れる息をはいた。
「・・・・過去に飛んだか? それとも無となったか?」
黒い機体はもうもうと立ち上る水蒸気の中、プラズマライフルの銃口を下げた。
感慨深いような、寂しそうでもある表情をするフル教官。
しかし突然、波の音を打ち消し彼の操縦席でアラームと共にA.Iの声が響いた。
〈ピー 後ろに敵機〉
「なにっ!」




