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出逢った原始人

「きれー。魚?」


 俺はその声にひどく驚いて振り返った。俺から見て木を一本挟んだ向こうに人影が見える。まさかそんな所にいつの間にか人がいるなんて、センサー無しでは捉えようが無い。ナノプローブを体内に注入されていない原住民にはOVER DOLLは見えていないはずだが・・・、なにぶん前例が無いので絶対とは言えない。


「あ、どうも初めまして」


 俺は笑顔でその人影に近づいた。野蛮人相手だ。優位なこちらから話しかけたほうが良いだろう。もし攻撃を不意に受けたとしても、奴らの技術では俺を怪我させる事など出来やしない事だし。


「きゃぁ!」


 ん? 何やら悲鳴に近いようなトーンの挨拶だ。俺の姿に脅威を感じているのかな?  俺は木星ではスタンダードなパイロットスーツ、柔金属繊維で作られた、体にぴったりとくっついている真っ黒な物を着用している。地球人どもには見慣れない姿かも知れない。


「こ・・・コスプレ変質者・・・・」


 コスプレ? 女の言葉が理解出来ない。先ほど学習した中では無かった単語だ。とは言っても、基本的な物だけだったので、知らない言葉があっても仕方がない。


「どうも、コスプレ変質者です。よろしく」


 俺はにこやかに右手をそいつに向かって差し出した。これは握手と言う挨拶だ。言葉も丁寧に選んで申し分は無いだろう。しかし・・・この手は・・・どこに持っていくんだ? 目の前の人間はどうしてかじりじりと後ろに下がっていく。俺が何もしないからか?


 ・・・早く挨拶を完了しなければ・・・・。


 そのとき、俺は気がついた。目の前の原住民はメスのような気がする。妙に長く伸ばした髪の毛のせいで顔が見えなかったが、この張りのある大きな胸はメスの特徴だ。なら話は簡単。木星で女に挨拶をするようにすれば良いのだろう。


「こんにちは。仲良くしてください」


―ムニュ―


 俺はガールフレンドにも向けたことが無いような笑顔を作り、右手を目の前の女の胸に押し付け、出来るだけ上品に、優雅に、リズミカルに揉みあげた。


「い・・・・いやぁぁぁぁぁ!」

「うっ・・・」


 何やら耳をつんざくような音波がどこからか発生した。ひょっとしたらナノプローブの物理プロテクトが破られたかもしれない。俺の鼓膜は無事か? まだまだ人工パーツに取り替えるのは早い年齢だと言うのに・・・。


「こ・・・攻撃か! ・・・まさか、スピル人を相手に攻撃をかけてくるような生物がいるとは・・・。俺が軽装備なのを知っての作戦か!」


 俺は地面を転がり周りを見回す。ダメだ、照明が少なくてこのメス以外には何も見えない。それに敵がいた所で俺は武器を持って出ていない。すぐさまOVER DOLLを呼び出してこの辺り一体を蒸発させてやるしかない。


「OVER DOLL! 出てこ・・」


[バカンッ]


 片膝をついていた俺の頭に衝撃が走る。右側頭部に攻撃を受けた。俺は左に吹っ飛び、草木をなぎ倒しながら地面を滑る。


「変態! 若いくせに何考えてんの!」

「な・・・なんだと?」


 バカな・・・。攻撃を加えてきたのはこの原住民の女だ。女は体調が悪いのか、顔を真っ赤にしてハアハアと息を切らしている。振り上げていた右足をそっと地面につき、機能的でない長さの髪のせいで、自分の視界を奪っている髪の毛を手でかきあげるようにして取り除いている。


「・・・殺意は無いのか・・・?」


 俺は女を見上げながらゆっくりと立ち上がった。

 ボディアーマーに覆われていない頭部への攻撃だった。しかし、通常なら殺意にナノプローブが反応して防御に回るわけだが、今回は何も反応しなかった。体に数億と存在する完全自立型ロボット達全てが一斉に機能不全を起こす確立などあるはずが無い。ならば・・・この女は俺を殺す気などまったく無かったと言う事か・・・。しかし、それでいてまだ頭が痛むようなこの激しい攻撃は・・・。理解できない。


「はぁ? 殺意? ・・・乙女の胸を触ったからって・・・死刑にする気までは無いわよ!でもね、あなたその年で痴漢だなんて・・・親が泣くよ!」

「親? ・・・とは何だ?」

「えっ? ・・・なんの冗談よ。そんなこと言っても許さないんだから! 警察に突き出してやるから!」

「警察・・・とは何だ?」


 しまった。会話が成り立っていない。学習が不十分だったか。それとも、親や警察と言う物にあたる単語が俺の星には無いのか。

 俺は警戒をして鋭い目でじっと女を見つめる。時折、まわりに視線を配るのも忘れない。


「ちょっと・・・。そんなに見ないでよ。・・・ご・・・ごまかそうって言ったってそうはいかないんだから・・・」


 女はどうしてか俺から顔をそらして横を向いた。隙だらけだ。やはり、俺と戦う意思は無いと言う事か? 今の攻撃は・・・挨拶の一形態だったのかもしれない。相手に敵意が無いのであれば、俺は文明人。友好的に行こうじゃないか。


「さっきは池で何か見たのか?」

「なに突然話を変えているのよ。そんな事したって私の気は変わらないわよ。・・・でも、池では魚が跳ねていたのか、キラキラして綺麗だったわ」


 やはりOVER DOLLは見えていなかったか。回りくどい言い方だが、女は素直に答えてくれているようだ。原始人と言えども、こちらが誠意を持てば返してくれる。最低限の礼儀は存在するようだ。


「そうか、それならば次は店を案内してくれ。金を貨幣に交換してくれる店だ。案内してくれたら礼ははずもう」

「こ・・・今度は何を言い出すのよ! ・・・お金で許してもらおうってわけ? ちょっと警察に行くわよ、来なさい」


 女は俺の襟元を掴むと、明るい場所に向かって歩き出した。これは確かスキンシップという物だな。友好的な奴だ。


 女は俺をずんずんと引っ張って歩いていく。掴まれている位置のせいで俺は前かがみに背を丸めて付いて歩く。どちらかと言えば手を引っ張って欲しいところだが、郷に入っては郷に従え、この星のルールに従おう。


 林を出ると、丁度乗ってきたOVER DOLLと同じくらいの建物がいくつか見えてきた。灰色なのは、確かコンクリートとか言う原始的な素材だったはずだ。

 ふと気がつくと、どこから沸いたのか沢山の人間がこちらに目もくれず歩いている。


「すごい人だな。今から(けもの)でも狩りに行くのか?」

「な・・・んのジョーク? 昭和のギャグとか私ちょっと分からないんだけど・・・」


 女はポカンとした顔をしているが、俺も彼女の言っている意味が分からず首を捻る。獣では無かったか。木の実という物でも皆で拾いに行くのだったかな?


「あ・・・、あなた、・・・ハーフなの?」


 急に女は俺に顔を寄せて見上げてくる。こんなに顔を近づけてくるとは無礼な気もするが・・・地球では問題ない行為なのかもしれない。


「なんだ? ハーフ?」

「髪の毛は黒いのに・・・目は深いグリーンじゃない? 珍しいよね・・・。初めて見た」


 瞳が少し緑色なのは生まれつきだ。しかし、髪の毛や目の色が何だと言うのだ? そんなもの遺伝子をちょっといじればすぐ変えれるものじゃないか。いや、この原始人どもはそんな技術は持ち合わせていないのだろう。文明のギャップにやや心身に疲労を感じるが、ここはとりあえず笑っておこう。


「・・・どうしてあんな事をするの? 結構モテそうだし。ハーフだし。それにそのコスプレなに? ロボットにでも乗るパイロットって設定なの?」

「お・・・驚いた。どうしてわかった? いや、やはりOVER DOLLを先ほど見ていたのか?」

「オーバードール? 何それ? アニメの名前? 私オタクじゃないからそんなの知らないわよ」


 どうも話が噛み合わない。とにかくこの場は笑って過ごして、必要な情報だけこの女から引き出そう。


「金を交換する場所の他にもう一つ聞きたい。このあたりに宿泊できるような場所はあるか?」

「ホテル? この辺にそんな物なんて無いわよ。電車で二駅ほど行った所ならあると思うけど・・・。あなたひょっとして旅行者なの?」


 女はため息をついて噴水前のベンチに腰掛けた。どうも俺にも座って欲しそうなそぶりなので、隣に腰を下ろす。


「店はまだか?」

「はぁ・・・。どうもおかしいと思ったら・・・。外国人なの? 髪は黒いし上手に話すから日本人かと思ってたけど・・・胸を触ったのもハグだったの? それにしては手つきがおかしかったけど・・・」

「外・・国・・人? ・・・確かに、外の国の人間には違いない。胸に触れたのはもちろん挨拶だぞ。それ以外に何があると言うのだ?」


 女は自分の髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱す。今頃長すぎると気が付いたのだろうか?


「あーもー。じゃあ大目に見てあげる! 特別だからね! あなたは外国人だからノーカンだからね! 私の胸はまだ誰にも触らせたことが無いって事にしておいてよねっ!」

「・・・ああ。そうする」


 良く分からないが、とにかく当たり障りの無いことを言っておこう。他の生命体とのファーストコンタクトがこんなに難しいとは・・・。今度幼馴染のヒロにでも教えてやるか。


―ガサガサ―


 俺は突然後ろから聞こえてきた雑音に顔を向ける。髪の毛が女と比べて鮮やかな色をした、歳は俺や女と同じくらいの少年が俺に向かって勢いよく走って来る。敵か? ・・・やはりセンサーが無いと不測の事態に対応できない。原始人共はどうやって生活をしているのだろうか・・・。


 少年は俺のカバンを拾い上げたものの、数メートルも走らずに叫び声を上げ、そして肩を押さえながら手を離した。カバンは「ドスン」という音と共に地面に落ちた。


「それはゴミとして捨てたのではないぞ。まだ権利を放棄した訳ではない」

「いてて・・・。なんだよ! 鉄板かよ! つまんねーもん入れてんじゃねーよ!」


 なんだか理解できない言葉を吐き捨てながら少年は行ってしまった。横に座っていた女は立ち上がったと思うと、首を捻る俺の前を通り過ぎてカバンを拾い上げようとする。


「な・・・何これ! あなたこんな重いものをずっと持って歩いていたの?」


 女はお礼が欲しいのか、俺の前までカバンを必死な様子で持ってきた。なかなか健気な生き物ではないか。


「我々はナノプローブで身体を強化されているからな。そういえば普通の人間には重いのかもしれない。こんな物、かさばるから早く貨幣に換えよう。店を案内してくれ」


 俺はカバンを持ち上げて肩にかけると、笑顔で女を見る。女は何やらじっと俺の顔を見ていたかと思うと、顔を逸らし、足早に歩き始めた。


「ちょっと待ってくれ。あと、この国では地面に物を置くと、さっきのように人間の清掃員がすぐに来て片付けてしまうのか? そうならば次からは気をつけないといけないが・・・」


 女は振り返ると、俺を見ながら苦笑いを浮かべている。


「違うわよ。あれは引ったくり。気をつけなさいよ。ぼーっとしちゃって・・・。放っておけないわね・・・あなた」


 キョロキョロ周りの様子を伺いながら歩く俺を、女は先へ行っては待ってくれる。なかなか気が利く奴だ。これは礼を弾まねばならんな。場合によっては余った全ての貨幣をあげよう。


 しばらく歩くと、透明な扉の向こうに、金で出来た飾りを置く店が現れた。


「ここ・・・。金買い取りますって書いてあるから、多分大丈夫だと思うけど」

「貨幣に換えてくれるのだな?」

「貨幣・・・。お金よね? 『円』に換えてくれると思うわ」


 よし、かさばる物から、お金というものに変えてもらえる。俺は、女と一緒に店の中へ入り、何やら俺と同じように意味も無く笑顔を浮かべている店の中の人間に、カバンごと(きん)を渡した。




 数分後、店の中は何か事件でもあったのかと言うような大騒ぎになっていた。


「この星の人間は騒がしいな。事故でもあったのか? 機械のトラブルか?」

「おかしいわね。店員さん達の顔色変わっているわよ。あなた、ひょっとして偽物の金でも持ってきたんじゃないの? 中に鉛を入れたり鉄を入れたりして・・・」

「そんなことは無い。純粋な金のはずだが・・・、この星の金とは別物だったのかも・・・」


 スピルは地球についてほとんど情報を有していない。二日で行ける距離とはいえ、取るに足らない遅れた人間が住む星だからだ。


「あなた・・・詐欺で捕まったら痴漢どころの罪じゃないわよ。私も助けてあげられないんだから!」


 女は心配そうな顔で俺を見る。

 機能的でなく不衛生な長い髪をしていて気がつかなかったが、明るいところでよく見ると、女は原始人と言えど、私達と遜色の無い顔立ちをしている。思わずスピル人かと思ってしまうところだ。店の人間達は野蛮人に相応しい凶暴な顔をしているが、この女は我々に近い。どうやら、地球人が我々と祖先を同じくするものだと言う事には間違いがないように思える。


「・・・何じっと見ているのよ・・・」


 またもや女は顔を赤くする。なにか持病でも持っているのだろうか。詳しい症状が分かればOVER DOLLのレプリケーターで薬を簡単に作ってやれるのだが・・・、いや、やはり地球人に過ぎた薬を与えることは良くないかもしれない・・・。


「お・・・お待たせいたしました・・・」


 店員という男は、先ほどとは違って笑顔に引きつりが見られる。短時間の間に愛想笑いが下手になったものだ・・・。


「こちらの金塊・・・。10kgありますが・・・全部お売りになられますか?」

「ああ、邪魔だから全て貨幣に換えてくれ」

「あの・・・、こちらで調べまして、確認は出来ているのですが・・・、失礼ながら念のためにお聞きします。これは・・・あの、『盗品』ではありませんよね?」


 店員は俺の目を見ずに、視線を空中で泳がせている。胸の前で合わせている両手もかなり汗ばんでいるようだ。


「盗品・・・とはなんだ?」


(盗んだものじゃないかって事よ。人の物をあなたが持ってきたんじゃないかって、疑われているのよ)


 女が俺の耳元でささやく。その声が聞こえたのか、店員は申し訳なさそうに小さく笑いを浮かべている。


「この金は確かに俺の物だ。他に誰も触っていないはずだぞ」

「左様でございますか。もちろん金塊が盗まれたようなニュースや情報は今のところ無いようですので・・・大丈夫だと思っております。あと、こちらの金には刻印がありませんが・・・純度はひょっとして最高クラスの8Nではありませんか? つまり、99.999999・・・」

「純度? いや、100%だと思うが」

「ひゃ・・・百? 100というのは聞いたことが・・・。申し訳ありませんが8Nとして扱わせてもらいます。X線や比重でも純金に間違いは無いようですし」

「うん、いくらでもいいからお金にしてくれ。俺は早く休みたい」

「は・・・はい、少々おまちください・・・」


 店員は再び奥に戻り、中から話し声が聞こえてくる。


「結構時間がかかるのだな。そう言うものなのか?」

「どうかしら。私もこんな事に付き合った事はないから・・・。いろいろ手続きに時間かかるんじゃないかしら?」

「まあ、この星の人間の能力ならそうかもしれないな」

「でも辞書よりも一回り小さいような金の塊、さっさと交換してくれればいいのにね? どうせ10万円くらいでしょ?」


 女はクスクスと笑い、肩をすくめる。


「ホテルにはいくらお金を渡せばいいのだ? 他に食事をして、・・・あっと、衣服も買いたい。一日どれくらいの貨幣が必要なんだ?」

「そうね。大体一万円あったら泊まれると思うから・・・。服もこだわらなければ、一日二万円ってところかしら?」

「そうか、結構かかるのだな。5日後にはまた交換をしにこなければならないか・・・。お前に礼を払う分は次回になるかな? 5日後にまたここへ来るか、連絡先でも俺に教えておけ」

「な・・・なによ。な・・・ナンパ? ・・・そ、そんな簡単に連絡先教えるわけ無いでしょ! それにお金なんて要らないし! 何より! 私の名前は西原羽月よ! 馴れ馴れしく『お前』なんて呼び方止めてよね!」

「わかった。西原羽月よろしくな」

「ちょ・・・ちょっと! フルネームは止めてよ! なんか気持ち悪い」

「ん? そうなのか。それじゃあ西原! よろしくな!」

「・・・なにかそれも偉そうね。私、学校ではみんなに羽月ってよばれているの。あなたも下の名前で呼んでよ」

「ややこしいなお前らは。わかった、羽月、よろしくな。これでいいか?」


「・・・・・・・それで?」

「ん?」


「あなたねぇ、人の名前聞いたら自分の名前も名乗るものなのよ! 地球共通のルールでしょう?」

「地球共通と言われても・・・俺は違うし・・・。まあいいか。俺の名前はユリ・ロア・シグンだ」

「ゆり・・・ロア・シグン? 変わった名前・・・」

「変わっている? ・・・そうか、この国で違和感が無い名前を考えておけばよかった。後で奴にでも考えさせるか・・・」

「奴って誰? ・・・彼女?」


 羽月は突然鋭い目を俺に向けた。敵意があるのかと思ったが、どうもそうではない様だ。


「彼女では無い。相棒だとは言えるが・・・」

「なんだ、男かぁ」

「・・・男? では無いが・・・」

「女?」


 羽月は何やら口を尖らして俺の肩を人差し指で突っつきだした。彼女の機嫌を損ねるような会話は無かったと思ったが・・・、どうも感情の起伏が地球人は大きいようだ。・・・それともこれも持病の症状の一つなのか?


「なら私が考えてあげる。ユリ・ロア・シグンだから・・・。悠里・・・シ・・ン。悠里シンってどう? シンは外国人だから下の名前はカタカナで残しておこうよ? いいと思わない?」


「悠里シンか。まあなんでも構わないが・・・」


[バコッ]


 突然後頭部に痛みが走り、俺の額は目の前の机に打ち付けられた。


「・・・なんだ?」


 俺が目だけを羽月に向けると、何やら頬を膨らまして俺を見ている。


「せっかくかわいい女の子が考えたんだから、嘘でもそこは喜んで見せるところよ!」

「そうだったのか。しかし、地球人の挨拶はなかなかの威力だな」


 俺が顔を上げると、先ほどの店員が両手に何かの束を抱えて歩いてきた。


「すみません、お時間をとらせてしまいまして。なにぶん高額なもので」


 目の前に文字が書き込んでいる、柔らかな素材で出来た物を俺の前にいくつも積み上げた。


「嘘っ!」


 羽月はそれを見て口をぽっかりと開けている。


「なんだこれは?」


 俺はその束を指でペラペラとめくりながら店員に尋ねてみる。羽月が驚いているところを見ると何かおかしな所があるのかもしれない。


「お・・・お気に召しませんでしたでしょうか? 金塊には刻印がありませんでしたが、恐ろしいほどの高純度でしたので・・・。私どももかなり頑張ったつもりなのですが・・・。10kgの金塊で3500万円。いかがでしょうか?」

「あ・・・これがお金なのか。・・・しかし、(きん)よりも余計かさばるようになるな・・・。これは一枚が一万円なのか?」

「はい? ・・・ええ、それが3500枚あります」

「分かった。これでいい。どうもありがとう」

「ありがとうございます!」


 店員は立ち上がって俺に向かって挨拶をした。そして、彼らの手で綺麗な別のカバンに詰められて、それごと俺に渡してくる。最初に金塊を入れてきたカバンには到底収まらない大きさなので気を利かせてくれたのだろう。思ったよりも地球の原住民には気が利く者が多いようだ。


 何かの訓練なのか、店員と思われる男たちが出口に並んで一斉に頭を下げてきた。俺も教官に似たような事をした事がある。こいつらも意外と兵士なのかもしれない。そう考えれば、野蛮な顔も相手を威嚇するのに役立つ。


「き・・・金って確かに重みはあったけど・・・・、あれだけの量でこんなにお金がもらえるんだ・・・。すごいね」


 店を出たところで、羽月は興奮気味に俺に話しかけてくる。それと同時に辺りをキョロキョロと機敏な動作で見回している。餌でも探しているのだろうか?


「羽月、腹が減ったのか?」

「ちょっと! 私がまるで落ちている食べ物を探しているかのように思わないでよ! ぼーっとしたあなたのために怪しい奴がいないかどうか警戒しているのよ!」

「なるほど。お金を取られないようにか? 羽月は優しい奴なんだな」

「やさしいとか! ・・・簡単に言わないでよ! ・・・照れるでしょ」


 また羽月の顔が赤くなる。照れて興奮状態になっているのか。アドレナリン過剰分泌だな。レプリケーターでいい薬を・・。いや、そう言うのはダメだったな。


「確か一日に二万円。二枚か。10日で20枚だから・・・このくらいか」

 俺は大きなカバンを開けて、その中から100枚つづりだと思われる束から五分の一ほど抜き出し、金塊を入れてきた小さなカバンにそれを移した。

「それじゃあな。羽月助かったよ。またどこかで会えるといいな。これは礼だ」

 俺は大きなカバンを羽月に渡すと、人が多い方へ向かって歩き出した。

「ちょ・・・ちょっとちょっと! ちょっとぉ!」


―ドォーン―


 羽月は両手でカバンを抱えながら俺の背中に強烈な体当たりをしてきた。


「な・・・なんだ・・・」


 俺は顔をしかめながら羽月を見た。


「何よこれ! どうして大きな方のカバンを私に渡すのよ! ・・・いえっ! 小さなほうのカバンでも多すぎるわよ! バカにしてんの? シン!」


 羽月は身振り手振りのスピードに言葉が追いついていないような感じで、凄まじい何かを俺に訴えてくる。


「多すぎる? ・・・って言われても、俺そんなにいらないし・・・」

「いらないって、私もいらないわよ! ・・・いえ、いるかどうかより、あんたこれで私を買おうって気? 言っておくけど私を買うならこれっぽっちのお金じゃ到底たりないわよ!」

「いらないならその辺に捨てておいてくれ。・・・それに、原住民を買って持ち帰る習慣は俺には無いよ」

「げ・・・・げ・・・・原住民だとぉ!」


[ドカーン]


〈ピー ナノプローブによるプロテクト発動〉


 顔面にパンチを受けた俺はどうやら後ろ向きに回転をしながら壁にぶち当たったようだ。敵意は感じないが、あまりの衝撃にナノ防御が働いたみたいだ・・・どういうことだ地球人。暗殺者向けの人間なのか・・・。


「痛いなぁ・・・。・・・えっ?」


 羽月は顔をやや上に向けていた。目にたまった涙は今にも流れ出しそうだ。歯を食いしばり、唇は震えている。


「あんたなんかに優しくするんじゃなかったわよ! はい、さよなら!」


 羽月は俺にカバンを投げつけると、大またで俺に背を向けて歩き出した。


「・・・理解不能だ。これは・・・どういう事態なんだ・・・?」


 俺はカバンを二つ両手に持ち立ち上がる。羽月は先ほどまでと違って、俺を振り返ることなく姿を小さくしていく。


うなだれて考え込んでいる俺の肩を誰かが叩いた。それは、先ほどの店の店員でもなく、まったく知らない地球人だった。


「追いかけなよ。たぶん・・・君の服装のことで揉めたんだろうけど・・・。どれだけそのコスプレが好きでも・・・、謝った方がいいよ。彼女は君が来るのを待っているから」


 髪をきちんと分けたかなり年老いた男のようだった。なぜ去っていく羽月を追いかけないといけないのか分からないが、仲間の地球人が言うことに従った方がいいと思われる。


それに、羽月を悲しませてしまったのは、俺が原因に間違いは無いような気がする。文化を知らないとはいえ、知らないのは俺のせいだ。謝る必要性を感じる。


「わかった。地球人よありがとう」


 俺はその男に礼を言うと、通りの先に見えるか見えないかとなった羽月に向かって走りだした。


「視力強化。・・・羽月だと確認。肉体強化。全力で移動」


―ゴッ―


 あたりに風が巻き起こる。ナノプローブを使って全力で走れば、羽月までの距離、200mなど7秒前後で問題なくたどり着けるだろう。


「きゃぁっ!」


 俺が前に回りこむと、羽月は突然の突風に髪の毛を押さえる。


「羽月、とにかく・・・すまなか・・」


 そのとき、やや遅れてきた風が、羽月のひらひらとした洋服を舞い上げた。


「・・・・・・ピンク? ・・・どうして上着はおとなしい紺色なのに、下にはいているものはそんな派手な色なのだ?」


 羽月は次の瞬間には両手で、そのひらひらとした下半身に身につけている服を押さえつけていた。


「シン・・・。今のは・・・、あなたがめくったの?」


 唇の震えは収まっていないようだ。それどころか、震えながらも下唇を強く歯で噛んでいる。先ほどの悲しみは癒えてないようだ・・・。


「今の? ・・・風は俺が起こしたから・・・。めくったのは俺だろうな。・・・それがどうかした・・」


[ばこ――――――――――――――――ん]


〈ナノプローブ発動〉

 

俺はせっかく羽月の目の前に来たと言うのに、そこからさらに10mほど前方に吹っ飛ばされた。

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