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急接近



 15時。


「羽月・・・。もう勘弁してあげなよ。そろそろ・・・死ぬよ」

「ん? そう? ・・・それじゃあ、丁度いいからあれで休憩しようかな」


 羽月が指差したのは、観覧車だった。


「じゃあ、ちょっと行ってくるねっ! シン、今度は怖くない乗り物よ。行きましょっ!」

「・・・・。あれか? ・・・乗ったら超高速で回転を始めるんじゃないだろうな・・・?」


 二人が行ってしまうと、光美がぽつりとつぶやいた。


「羽月って・・・。最初から狙ってたのかも・・・・」


 横で、美鈴も間違いないという顔で笑った。



 観覧車は一周15分。羽月は明るく楽しげにあれこれ景色を指差してシンに話しかけてくる。その豊かな表情を見ていると、次第にシンも元気を取り戻し、丁度半周、一番高い地点に来る頃にはすっかりと回復していた。


「あー楽しい! シンは?」

「楽しいぞ。ジェットコースターのような乗り物も決して怖い訳でもつまらない訳でもない。ただ、安全面が気にかかって神経が疲弊してしまうんだ」


「あはは! じゃあそう言うことにしておこうかな」

「本当だぞ! 重力無効化が効いているとはいえ、俺が日ごろ乗っている乗り物は第一速度でも秒速40kmキロ以上で・・」


「何よそれ! 秒速とか! 時速で言わなきゃわかんないよ!」

「いや、まあ大気圏下ではいろいろな問題があり、もっと遅くなってしまうのだが・・」


「ねえ、シン」


 羽月は向かいからシンの隣に移動して座った。


「私、シンがいると張り切っちゃうの・・・」

「・・・・?」

「これからも・・・ずっとシンのそばで頑張ってもいい?」

「ああ」


(ああって何よ! このシュチュエーションで受け流すんじゃないわよっ! もうっ!)


 もちろん心の中で叫んだだけで、羽月はぐっと(こら)えた。


「し・・・・シン・・・」


 羽月はシンの肩に頭を置き、目を閉じあごを上げた。


「眠いのか?」


(イラッ・・・・)


 羽月はもう少しあごを上げ、シンに顔を寄せた。


「食べ物が欲しいのか?」


(イライライラ・・・)


 羽月はさらにあごを上げて、唇をぎゅっと閉じて突き出すようにした。


「ああ。火星人の真似か? 先ほど本多が言っていたタコ型宇宙人など少なくとも木星人が接触した範囲では存在しない。ましてや、火星には生物などいない。まあやろうと思えば約1年で火星に大気を作り、タコ型の生物を作り上げて住まわすことも木星人には可能だが、そんなこと誰もするとは思え・・」


「どっかぁ―――――――ん!」


 羽月は大声を出して立ち上がると、シンの目の前に立ち、両手で肩を押さえると前後に強く揺すった。


「シン! 恥ずかしいだけよねっ? テレてるのよねっ? マジで分かんないんじゃないよねっ?」

「・・・・す・・・すまん。会話のどの部分の事を言って・・」


「ばかぁ―――――――――――――――――っ!」



 二人が乗っていた観覧車は一周を終え、元の位置に戻ると扉が開いた。美鈴達は近くのベンチで羽月達が降りてきたのを見て、声をかける。


「おかえりー。どうだった? たの・・・し・・・かった・・・のか・・な?」


先に出てきた羽月の顔を見て、良くないことがあったのを感じ取った美鈴は言葉の最後をほとんど飲み込んでいた。


「シンくーん。冷たいものでも飲む?」


 光美もそれを察知して、大げさな笑顔を作ってシンに声をかけた。シンはと言うと、怒っている風でも無く、機嫌を悪くしているそぶりも無かったが・・・、


「・・・悪い。みんなで少し楽しんでいてくれ。用事が出来た。すぐ戻ってくる」


そう言うと、光美に背を向けて人気(ひとけ)の無い方へ歩いていった。


「あーあ・・・。シン君怒ったんじゃない?」

「あんな鈍感男に怒るようなデリケート部分無いわよ!」


 大月と本多はこの空気に耐え難く、わざとらしく「トイレ行ってこよう」と言って消えた。


「急ぎすぎなのよ、羽月は・・・」

「急ぐわよっ! だって・・・だって! シンはいつ帰ってしまうか分からないんだから!」


 唇を噛みながら顔を上へ向けた羽月の肩を、そっと光美は抱いた。




 シンは、夕方になり人気の無くなった遊園地の隅まで歩いて来ていた。耳にはナノプローブを通してOVER DOLLのA・I、ネロスの声が聞こえる。


「飛行物体? それがどうして緊急なんだ?」

〈高速で動いています 重水素核反応炉を持った兵器です〉


「地球の物か?」

〈現在まであらゆる地球のシステムにハッキングを行いましたが そのようなデータは皆無です〉


「では他文明の物か。以前お前が予測していたように」

〈技術はおそらくその通りです しかし 不思議な事に私のセンサーに今捉えているその機体は地球製の特性を持ち合わせています〉


「昨日ニュースでやっていたロボットなのか?」

〈違います あんなガスタービン機関で動いている物など玩具です しかし 確かにあれも地球の科学を超えた物には違いありません ですが その話は後でしましょう 今 センサーに捉えているのはそれより遥かに高度な機体 おまけにステルス機です 間違いなく地球のセンサーでは捉えることは出来ません〉


「なるほど。ニュースで言っていた北西の国。そこから飛行して来たのか。アメリカのイージス艦とやらのレーダーをかいくぐって・・・」

〈進路は東京 そして その機体は都市を2度ほど壊滅させる量の高性能弾薬を有しています〉


「・・・不快だな。家には作りかけのプラモデルがある。あれを壊されるわけにはいかない」

〈ではどうぞ 直ちにインターセプトコースで発進いたしましょう〉


 シンの目の前に突然ワイヤーが現れた。いや、普通の人にはそう見えただろうが、シンには最初から見えていた物があった。この丸みを帯びた乗り物ばかりの遊園地に似つかわしくない、鋭利な刃物を思わせるような機体、人型、二足で立っている4階建てビルほどの大きさのロボット、OVER DOLLの姿が。


「搭乗。緊急発進、全ての手順をカット」

〈パイロットスーツ レプリケート〉


 乗り込み、シートに座ると、シンの体が黒色の光沢あるスーツに包まれる。頭部も同じ色のヘルメットにいつの間にか覆われている。


「・・・ポケットにある物を出し忘れた。名前はマドレーヌ、スイーツだ。登録しておいてくれ」

〈登録完了 いつでも作り出せます〉


「いくぞ! 発進!」


[ゴッ・・・・・]


 遊園地の隅に、小さな音と共に突風が吹いた。





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