宿題の答え合わせ
「来週まで考えてきて。宿題だから。」
先週の金曜日、あいつに一方的に押し付けられた宿題。
宿題が出されてから今日で6日目。
“絶対答え出してみせる”なんて言ったけど、ぶっちゃけわからない。
だいたい何でこんな宿題出されなきゃいけないの。
「あたしが何したって言うのよぉ。」
私はうなだれながら、机に突っ伏し、右脚だけ盛大に貧乏揺すりをしてみる。
午後の授業と授業の合間、こんなあからさまにイライラを態度で表しているのは流石に私だけなんじゃないだろうか。
そうしているうちに人の気配を感じ、不機嫌なままの顔を上げる。
と、祐子ともう一人の友達の嘉乃(カノ)が席の前に立っていた。
あら、2人お揃いで。
「どうしたの、未緒らしくないね。」
祐子とは違い、淡々とした口調のまま嘉乃は私に問いかける。
別段それに腹が立ったとかではなく、今週1週間溜まりに溜まった感情が言葉に勢いを乗せてしまった。
「どうしたもこうしたもぉ…!」
そこまで言って口を結ぶ。
2人に言っても仕方がない…。
それにこれじゃあただの八つ当たりだ。
全く関係ない2人に八つ当たりそうになった自分にもイラッとする。
その先の言葉を続けない私を不思議に思ったのか、2人の頭の上にははてなが浮かんでいた。
「ううん、何でもない。そしてごめんなさい。」
「何だ何だ?気になる感じ!」
「あ、いやホント何でもないんだ。」
「小野くんのこと?」
とりあえずこの話題を終わらせようとして言った言葉の後に、嘉乃から出てきた名前に動揺し一瞬体を小さく揺らした。
小野(オノ)くんとは、私の、その、気になっている人で…。
別に本人がこの場にいるとかじゃないんだけど、なぜか顔が熱っぽくなっていくのを感じる。
けど、すぐにまた眉間にしわがよる。
「その悩みならまだ幸せだよ…。ってか何で知ってるの。」
「まぁ、私たちには分からないから何とも言えない、けど…。」
「けど…?ってかスルー?」
「その未緒の悩みは、大好きな小野くんを勝ってしまうわけだ。」
「え…?」
「え、何々未緒って小野くんが好きなの?!」
話しの着眼点がワンテンポ遅れている祐子と、何で小野くんが好きだと知っているのかと聞いている私を無視して嘉乃は話しを先に進める。
というか、よくこんな高度なことが出来ますね、嘉乃さん。
ある意味尊敬します、はい。
「だから、いつもなら比較的小野くんのことで頭いっぱいなのに、今はそうじゃない。それって優先順位が上ってことだよね、小野くんより。」
「そ、そんな訳ないよ!」
「そう?じゃあ、小野くんのこと考えてたの?」
「…すみません考えてませんでした、全く。」
「ねぇねぇ、今なんのこと話してるの?」
相変わらず祐子は話しのテンポが合ってこないが、嘉乃はさっさとまとめに入る。
「まぁ、未緒が聞くなって言うなら聞かないけど。」
「あ、うん…。そうしてもらえるとありがたい。」
私の答えを聞くと嘉乃は祐子を連れ、自分たちの席へ戻っていった。
ははは、ホントにいい友だちだわ。
そうして私はもう一度机に顔を伏せた。
あぁもう、明日になんてならなきゃいいんだ…!!
*
昨日の願いも空しく時間は正常に進み続け、宿題が出されてから1週間目を迎えてしまった。
私は国語科準備室の前に立ち尽くす。
先週と変わらず夕焼けがきれいなパターンですかこのやろう。
はぁ、太陽に悪態ついても何も変わらないんだよ、おバカな私。
少々自嘲気味なのも仕方がない。
あんだけのことを言っておきながら答えなんて出せていないのだから。
だって私、浅野先生じゃないし。
そうやってぶつぶつと文句を言って入るのを躊躇していると、中からドアがいきなり開いた。
「!」
「何してんの。早く入んなよ。」
先生はそう言うと、奥の自分の席に座った。
私はその様子を見て、仕方なく(仕方なくないけど)中に入りドアを閉めた。
「で、答えは見つかった?」
先生は自分の前まで来た私に間髪入れずに聞き始めた。
「……まぁ一応。」
「その間が気になるけど。どーぞ、言ってみて。」
偉そうなのが若干気に触るけど。
ってかかなり。
座り方だってそうだ。
脚を組んで腕も組んで、おまけに若干背もたれに背中を預けすぎな気がするんだ。
仮にも話し聞くって態度じゃないぞ。
心の中で先生にひとつ忠告してから気を取り直して話し始める。
「えっと、先生はホントは国語が好きじゃなくて、だから気の向かないことしてるから、少しでもうっぷんを晴らそうとたまたまターゲットにされた私にそ「すごい妄想が広がってる。」
…。
まだ言い終わってないんですけど。
さっきの体制から全く動かず、口元だけで先生は私の話しを上から被せてくる。
みんなこんな先生を見ても見惚れるんだろうか。
私は全くです。
「じゃあ、あれだ。いつも国語4時間目だからお腹空いてイライ「どっから来るの、その考え。」
頭の中からですよ、私の。
てか先週といい、つい数分前といい、最後まで言わせろぉ!
段々本格的にムカついてきた私は、左の手を握り、その握りこぶしに思いっきり力を込めることでどうにか自分を抑える。
「あー、じゃあこれで最後です。先生は私のことが生理的に受け入れられない。」
私が半ばやけくそに言ったこの言葉に先生の眉が一瞬動いた、気がした。
「…つまり?」
「先生は私のことが嫌いなんですね。」
私が最後まで言うのを口を挟まず聞いていた先生は、組んでいた脚と腕を解いて頭を掻いて、おもいっきりあからさまなため息をついた。
え、何。
何かまずいことでも言った?
「な、何ですか。」
「何でそっちに転ぶかなぁ。」
「そっち?転ぶ?何のことですか?」
先生は机に肘をついて不満げな顔をした。