新しい存在
夏休みも終わり、新学期も始まってまた忙しい日が始まる。
クラスに入ると、久しぶりにみんなの顔を見ることが出来た。
そして、海以来にあいつの顔も。
あの日は結局あの後、みんなが待っていてくれたから合流してお開き、みたいになって帰って来た。
つか、海入ってない。
海に遊びに行って、海に入ってない私って……。
それもこれもみんなあいつのせいだ。
「きりーつ、礼。」
「さよならー。」
あいつの顔を見て、蘇ってしまったあの日のことをぼーっと思い出しているうちにあっという間にホームルームまで終わってしまった。
登校初日は、体育館での全校集会と、クラスでのホームルームだけだから早めに帰れる。
「あ、れ?」
「あれ、じゃないの。もう終わったよ。」
「あらー?」
気がつけば目の前には嘉乃がいて、独り言にツッコミを入れられた。
素で何も聞いてなかった。
うーん、ちょっと浸りすぎたかな?
「ま、いっか!ね、早く帰ろ!」
「…何言ってんの、未緒。アンタ文化委員でしょ?」
「そうだけど、それが?」
「はぁ、何も聞いてなかったの?」
「えっ、と…。」
私が必死に記憶を手繰り寄せていたら、祐子もやって来た。
「今日、文化委員だけ話し合いがあるんだってよ!」
「……んだよ、それぇ!!」
「“な”を略さないの。」
「何でそんなことになってるの?!」
「だってほら、10月入ったらすぐに文化祭だし!」
あぁー、なるほどねー。
…じゃなーい!!
「え、じゃあ、早く帰れないってこと?!私たち!」
「勘違いしないで。早く帰れないのは、“私たち”じゃなくて、未緒だけね。」
「え、待っててくれないの?!」
「だって、文化委員の話し合いって長くなるので有名じゃん?」
祐子が笑顔で言ってくる。
何だかそれが逆に恐い。
冷や汗が流れるのを感じた私は2人に言う。
「……わかりました、2人は帰っててください。」
「ん、じゃあね。」
「ばいばーい!明日ねー!」
2人はさっさと荷物をまとめて教室から出て行った。
切り替え早さね。
……はぁあ。
しょうがない…。
私はかばんを持って、図書室に向かった。
3年生の教室から図書室はあんまり近くない。
長い廊下を歩いて階段へ上がろうと角を曲がった、その時―――。
ドンッ
「ひゃっ」
「わっ」
誰かにぶつかって尻餅をついてしまった。
「い、いてて…」
「あの、大丈夫ですか」
「あ、はぁ…」
そう言って顔を上げると、そこには心配そうな表情の男の子がいた。
私の答えに、“痛いとこないですか?”と手を差し出しながら言う。
「あ、ありがとう。」
その手を借りて起き上がる。
「あの、ホントすみませんでした。」
「いや、こちらこそ」
「じゃあ」
そして、ご丁寧にお辞儀までしてその子は走って行った。
………親切な子。
尻餅ついてお尻が少し痛いけど、何だか気分は悪くなかった。
何も言われなかったり、逆に文句なんて言われたら+αで嫌なこと重なりってことで終わってただろうけど、ちゃんと謝られるとそんな気は起こらなくなる。
律儀だったなぁ。
そう思い返しながら階段を上がっていると、また人にぶつかった。
「あ、すみませ…、げ」
「げ、って失礼じゃない?」
私がぶつかったのは紛れも無く、あいつだった。
しかも、階段の上りきったところの壁に背をもたれさせ、腕を組んで立っていた。
ちょっと、上ってくるのが見えてたはずじゃん!
どいてくれないからぶつかっちゃったじゃんか!!
「どうしてそんなところに立ってるんですか。」
「…気分?」
気分でそんなとこ突っ立ってないでよね!
「ってか永岡。」
「何ですか。」
先生は階段を上りながら、話してくる。
私もそれに合わせて、斜め後ろの位置でついていく。
いや、ついていくんじゃなくて、たまたま同じ方向に図書室があるから歩いてるだけ。
そこ、勘違いしないこと。
「今日全然話し聞いてなかったよね。」
それはアンタの顔を見たら、海に行った日のこと思い出しちゃったからだよ、いい意味ではなくて。
「そんなこと、ないですよ。」
「ふーん、ならいいんだけど。…あ、」
最近思ったこと。
今みたいに急に、あ、とか言い出すと、何事かだろうかと、少しだけ“何だろう”とか無意識に思っちゃう自分がいる。
そして、
「何ですか、急に。」
それをまた無意識に聞いてしまう自分もいて、それが嫌だ。
気付くのはいつも言ってからなんだけど…。
「あの海の日のことなんだけど。」
「え…」
ってか触れたくない話題来たー!!
何でこのタイミングでその話し、持ち出してくるかな。
「永岡の水着、…子供っぽかったよね」
「そんなことわざわざ今更言ってくれなくて結構です。」
ってか最低!!
何見てんのよ!
………気に入ってたのに。
「…………嘘」
「…へ?」
「似合ってた、永岡らしくてよかったと思う。」
「なっ…!」
な、何急に!!!
けなしてみたり褒めてみたり…!!
「そ、それは子供っぽいのが似合うってことですか。」
「ん、何で分かったの?」
結局けなしてたのかよ!
こいつと話してると、イライラが募っていく一方なんですけど。
私がその結論に至ったときちょうど図書室に着いた。
あぁ、やっと解放される…!
とルンルン気分でドアを開けようとしたら、その前に先生がドアを開けて入って行った。
…え?!
私は慌てて中に入り、先生に詰め寄る。
「何でここに入ったんですか?!」
「何でって、文化委員担当だから、俺。」
どうして、どうして私が行くところすべてにこいつが現れるんでしょうか………。
偶然も重なり過ぎると嫌になる。
ってか前回のあの海のは意図的なものだったけど。
「ぐ、偶然ですね…?」
「何急に。偶然なわけないじゃん。」
「あの、それはどーゆー…」
「永岡が文化委員になったからそのあと職員会議で、やりたいですって言ったってこと。」
………もう嫌。
家に帰りたい。
部屋にこもりたい。
何なんだ、何なんだこいつは!
「そんなに俺が担当で嬉しいんだ、永岡。」
「ふふふ。……んなわけあるかぁ!」
「“そ”を略さない。」
「うるさい!」
私は相手が仮にも先生だということを忘れ、怒りをぶちまけて、適当な席を探して座った。
幸い、まだ始まってなくて特に注目されたりはしなかったのでよかった。
それから少しして、開始時間になって前に浅野先生じゃない先生が立って、話しを始めた。
「今年の文化祭のテーマは…」
ガラッ
先生が話している途中で静かだったから開いたドアの方に一気に注目が行く。
まぁ、私は誰が入って来たかなんて特に気にならなかったから見なかったけど。
「遅いぞ、何組だ。」
「あ、すみません。1年C組です。」
「もう少し余裕を持って来るようにな」
「あ、はい。」
その声の主は私の横の席に座った。
さっきまではそうでもなかったけど、隣の席となるとぶっちゃけ気になる。
そっと相手にばれないように顔を伺ってみる。
「「あ。」」