異変
あいつのこと見直してた私が馬鹿だった!
先生が出て行った国語科準備室で私はただ呆然としていた。
何だか、妙にこれが現実だという感じがした。
この間告白されたときは、髪の毛にキスまでされたのに、あんまりまだ本気にしてなかった感じがあった。
でも、今日のは何か違う。
先生本気だ。
そう思った瞬間、心臓が跳びはねた。
うるさい、心臓。
静かにしてよ。
それからすぐに、私は静かに国語科準備室から出て、家へと向かった。
先生がいつ帰ってくるかなんてわからないし。
今日中にもう一度顔を合わせることになる、なんてことになったりでもしたらたまったもんじゃない。
帰り道、何か気を紛らわしたくていろいろ考えたいのに、何も浮かんで来ない。
それだけ私の頭の中をいっぱいにするのには十分過ぎる出来事だった。
―――‐‐‐
次の日の国語の時間。
一日じゃ昨日のことを、過去のこととして処理できたわけでもなく。
妙に意識しちゃって、先生の方見れない…。
なのに先生ってば、何もなかったかのように涼しい顔をして、いつも通り授業をしてる。
なにあれ、大人の余裕ってやつなの?
「じゃあ5行目から、山下、読んで」
「はい」
私は悶々と考えながら教科書越しに先生を睨みつけていた。
ら、何か違和感を覚えた。
………?
「次の答えを木村、答えて」
「あ、はい」
………おかしい。
いつもの先生じゃない。
いや、変なところが表に出ているわけじゃないから、他のみんなは気づいていないかもしれないけど。
だって、もう授業が半分以上すぎてるのに、
まだ私を当ててない。
あと15分もしたら、授業が終わる。
……何で?
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
あ、当てなかった…!
結局最後まで先生が私を当てることはなかった。
私、私……っ
とうとう先生の魔の手から逃れられたんだね、私!
私は内心大喜びをし、嘉乃のところに行くと祐子も着いて来た。
「ねぇねぇ!」
「何、いきなり。」
「未緒いつもよりテンション高いね!」
「まぁねー!」
そりゃあテンションだって上がりますでしょっ!
今の私は確実に満面の笑みに違いない。
「で、何、どうかしたの?」
「いや、話すと長いんですが…」
「じゃあ今はいいや。」
「えっ、ひどいっ!」
「だって未緒の“話すと長い”は、本当に長いから。」
「長いねぇ」
「祐子まで…!分かってるから前置きを入れてるんじゃんっ!」
もう、ひどいよ!
と、思ったんだけど。
このことは嘉乃も祐子も知っているわけじゃないし、話すとなると、小野くんのこととか昨日こととか話さなきゃいけなくなるよね。
うーん、やっぱり言わないほうがいいのかも…。
話しを代えておこうかな。
「いやいや、もうすぐ夏休みじゃない?海にね、行きたいなぁって」
「海!行きたい行きたい!」
「その話しのどこが“長くなる”の?」
流してくれはしないのね、嘉乃さん。
嘘は重ねたくないけど…。
「え、じゃあ、朝ニュースで海開きのことやっててそこでインタビューを受けてたライフセイバーの人がめっちゃかっこよくてお母さんとかっこいいねって盛り上がってたらお父さんが妬いてきて宥めてたら焼いていたパンが真っ黒になって大変だった、っていうとこまで全部話してもいい?」
「割愛してくれてありがとう、未緒」
嘉乃が少し引きつってそう言った。
まぁ、実際あったことを2割くらい盛って話したから、そりゃあそうか。
永岡家、朝からパワフルです。
「じゃあ、いつ行こっか?」
「そうだねー、混み過ぎてると嫌だよねー」
「お盆ははずすよね?」
高校最後の夏休み。
お楽しみのスケジュールも決まり、楽しくなりそうだ。
夏休みに期待を抱きつつわくわくしている私は、その会話を聞いていた人がいたなんて、その時は気付かなかった。
だから、もっと警戒心を持っとくべきだったんだ。