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PUNK

作者: 少年鉄也
掲載日:2026/10/18

世界は最初から狂っていた。

 東京。満開の桜並木は、まるで内臓をぶちまけたようなドピンクの暴力だ。見上げるだけで吐き気がする。だが、その狂い咲くピンクの群れに、俺の歪んだシナプスがほんの少しだけ自鳴(ハミング)するのを止められねぇ。


 胸の奥には、どす黒い底なしの沼が鎮座している。

 自分を律するほどの高潔さ(モラル)もなければ、完全にドブに落ちるほどの弱さもない。死ぬ勇気がないから、惰性で心臓を動かしているだけだ。

時折、その虚無が牙を剥いて心音を急かす。背中を伝う冷たい汗が、俺がまだ肉塊として生きていることを証明してやがる。


「明日? そんなもん、ハナから信じてねえよ」


 吐き捨てた言葉は、渋谷のスクランブル交差点の人混みに揉まれ、一瞬でかき消された。夢なんて大層なガラクタは、満員電車の網棚に忘れちまった。


 愛を歌うなんて上等な芸事は忘れた。いや、最初から俺のプレイリストには入っていなかった。

 昨日何を食べたかさえ、安ビールの泡みたいに弾けて消える。何をやっても裏目に出る。ディストーションの歪みすぎたギターみたいに、俺の人生はノイズしか発していない。


 それでも、ブーツの先を前に進める。

 理由なんてねえよ。理屈が欲しいなら、後からいくらでもデッチ上げてやる。俺が欲しいのは教科書の正解じゃない。嘘で塗り固められた、俺だけの真実(爆音)だ。


「おい、そこの、お前だよ」


 すれ違う奴らの視線はどれも冷ややかで、鏡に映った自分の死んだ魚のような目とそっくりだった。世間の優しさってやつには、必ず裏に利息(ギブ&テイク)のタグがついている。計算高い優しさなんて、反吐が出る。

 俺が欲しかったのは、そんなビジネスじゃない。

 「無償の愛」だ。


 だが、どこへ行ってもギグの観客はゼロ。俺は一人だ。どこへ歩けばこの渇きが報われるのか、そのコード(答え)を知る奴は、この街には一人もいない。



 俺のなかの「勇気」とやらは、いつの間にかただの「狂気」にモジュレートされちまっていた。これまでの生き方すべてが、完全なミスタッチだった。


 ――ガシャーン!!


 頭の中で、アンプが派手に爆発して崩れ落ちる音がした。


 何かを知ることから逃げ、何かを為すことから逃げ続けた罰だ。ステージの上には何も残っていない。すべては砕け散り、俺は完全な「無」とタイマンを張っていた。


 俺は何が欲しかった? 何を手に入れたかった?

 他人はおろか、自分自身にさえ分かりゃしない。冷酷な現実という名の巨大な壁の前に、俺は膝をつくしかなかった。


「無償の愛、か……」


 もしそんな綺麗事に触れられたなら、この腐った生き方のチューニングも直るのか?

 そう口にした瞬間、脳内のもう一人の俺が、中指を立ててせせら笑う。『おいおい、他人任せのワガママ言ってんじゃねえよ、パンク気取りが』。こびりついた理屈と固定観念が、俺の四肢を縛りつけて離さない。強烈なジレンマでゲロが出そうだ。


 通りすがりの奴が、俺を見て鼻で笑った。

 別の奴は、哀れみ混じりの安っぽい同情を小銭のように投げつけてきた。

 だが、俺の心は一ミリも動かない。怒りもなければ、感謝もない。


 ただ、たまらなく恥ずかしかった。

 ただ、この世界からスモークみたいに、パッと消えてなくなりたかった。


    *


 その夜、泥水のような意識の底で、俺は夢を見た。


 歪んだディストーションは消え、そこは静かな海辺だった。俺は錆びついたベンチに腰掛けている。視界の先には、どこまでも穏やかな水平線(ノイズレス・ブルー)が広がっていた。

 潮風は心地よく、肌を刺す太陽はどこまでも温かい。あまりのまぶしさに、凍りついていた俺の顔が、自然と笑みに変わっていく。


 そこには虚無もなければ、夜の底のような孤独もなかった。

 そして、なぜだか直感が、アンプのハウリングみたいに脳内で鳴り響いた。


――今の俺なら、空を飛べる。


 俺は硬いアスファルトを蹴り破るように、力いっぱい大地を踏み切った。

 重力なんて知るか。身体が宙を舞い、俺は本当に、空を飛んでいた。


 自由だった。

 風を切り裂きながら、俺はすべてを悟った。



スリーコードさえあれば、まだやれる。



 ――世界は、まだ俺を見捨てちゃいねぇ。

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