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小人の辞  作者: EndoArisa


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踏切のカタツムリ


 例えば、こんな話がある――

 梅雨に入ったばかりのある日のこと、一人の少年が踏切沿いの道にしゃがみこんでいた。彼の視線の先には、一匹のカタツムリがいた。下校途中にもかかわらず、激しい雨が降りしきっているにもかかわらず、じっと見つめ続けていた。

 薄暗い空の下、彼の黄色い傘はとても目立っていたが、もともと人通りの少ない道なうえ、この日は強い雨も降っていたので、彼を邪魔する人は誰もいなかった。雨が傘とアスファルトを叩く二重奏を聞きながら、彼は飽くことなくカタツムリを観察していた。

 いや、とうに飽きてはいた。早く家に帰って体を拭いて、ゲームでもしたいと頭では考えていた。しかし、彼の目はウジウジと地を這うちっぽけな生き物に釘付けになっていた。茶色い甲羅を背負ってノロノロと進むこの虫けらがどこへ向かうのか、気になってしょうがなかった。そして、子供ながらの残酷さで、あわよくばコレが電車に潰される瞬間を見てみたいと思っていたのだった。

 十分ニ十分と経って、少年は脚がくたびれてきたので、線路侵入防止用に張られている金網をつかんで体重をあずけた。硬くてヌメヌメしていた。金網が揺れ、水滴が落ちてきて手首をひんやりと濡らした。線路脇に繁茂している雑草が、金網の隙間から野次馬のように首を出して揺れていた。

 カタツムリがようやく十センチほど進んだ頃、踏切からカンカンと音が鳴り始めた。そこで久しぶりに少年が顔を上げてみると、踏切警報灯が赤いランプを左右交互に出していた。先生の丸眼鏡みたいだ、と思っているうちに、黄と黒の遮断バーがぎこちなく下りていった。

 それに合わせるように再び地面に顔を向けると、カタツムリは全く同じ場所にいた。まるで死んでいるかのように見えたが、よく見るとじわじわ蠕動(ぜんどう)していた。間もなく、少年の背後の方向から、ごうごうと音を立てながら電車が走ってきた。真横を通る瞬間、雨も音も全てが止まったような心地がした。そして次の瞬間、電車のとんでもない風圧がやってきたのだった。雑草から吹き飛ばされた水滴が、少年の横顔を濡らした。やがて、何事もなかったかのように遮断バーが上がった。

 電車の力強さと速さを体験した後だと、カタツムリの動きがやる気のない怠惰なものに思えてきたらしく、少年はついにしびれを切らして立ち上がった。その手に例のカタツムリを持っていた。彼は二三歩進むと、再びしゃがみこんでカタツムリを置いた。そこは、ちょうど踏切の真正面だった。ここまで運んでやれば、次の電車までには線路にたどり着けるだろうと思ったのである。

 しかし少年にとって予想外なことに、またカンカンと警報機が鳴り始めた。おそらく反対方向からの電車だろう。少年は慌てて意味もなくキョロキョロした。完全に虚を突かれて、次の電車を待てばいいということが頭から抜け落ちてしまっていた。だから、彼は大急ぎでカタツムリを拾い上げると、その甲羅を思いっきり取り外した。この甲羅が重くしているんだ、こうすれば速くなるに違いない、そう思ったのだ。

 カタツムリを元の場所に置くのと電車がやってくるのは、ほとんど同時だった。遮断バーの間近に立っていた少年の顔に、容赦なく風と雨がぶつかってきた。傘を吹き飛ばされそうになって強く握っていると、無意識のうちに目も強くつむっていた。

 電車の音が遠ざかってようやく目を開けると、バーはすでに上がっていた。ふと思い出して足もとを見たが、そこにカタツムリはいなかった。探してみると、カタツムリは彼の少し後方に転がっていた。そして、少しも動かなくなっていた。

――そんなお話。


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