ケヴラールの女神
例えば、こんな話がある――
あるところに、病床の少年がいた。まだ十歳にもならない少年だ。彼は先日水難事故に遭って運よく生き残ったのだが、一緒にいた友人は流されて後日遺体で見つかった。その少年は流されていく友人の姿が脳裏に焼きついて離れず、心を病んで床に伏すようになってしまったのだ。
「坊や、起きないかい?巡礼さんたちが通るそうだよ。」ある日、母親が言った。
「今は何も見たくないし聞きたくない。あの子のことばかり思い出して、悲しくてたまらないんだ。」
少年はそう言って母に背を向けるように寝返りを打ったが、母はどうにかして彼を外に連れ出してやりたいと思っていたので、あきらめなかった。
「それなら、ケヴラールへ出かけましょ。女神さまが、お前の心の病気をきっと治してくださるからね。さぁ、お起きなさい。」
本当に外に出る気分ではなかったが、少年はしぶしぶ従った。母を心配させたくなかったからだ。お参りをして彼女の気が済めば、自分のことをそっとしておいてくれるだろうと思ったのだった。それに、ケヴラールほど遠い町なら少し気が楽だった。近所だと嫌でもあの川のことを考えてしまうし、友人が化けて出てきそうで怖かったのだ。
街々を抜けて、晴れた空の下、林や田畑に挟まれた田舎道を進む巡礼たち。母親は息子の手を引いて列に加わった。そして人々の合唱に合わせて歌う。
「女神よ、みさかえあれ!」
その日は祭りの日。ケヴラールの女神が一年で一番忙しい日だ。人で溢れかえった聖堂の中でも、ひときわ女神像のもとにたくさん人が集まっていた。彼らはみな病人で、女神に蠟で作った手や足などを捧げているのだ。蠟の手を奉納する者は手の傷が治り、蠟の足を奉納する者は足の傷が治るのだ。
「これをお供えなさい。そうすれば、きっとお前も治していただけるからね。」
母親はいつの間にこしらえたのか、心臓の形をした蠟を少年に渡してそう言った。
少年は少し戸惑った。なぜなら、その蠟が何をかたどっているのか、分からなかったからだ。確かにそれは心臓と呼ぶには不格好だったし、第一、少年がイメージしていた心臓の形とはかけ離れていた。
「それは心臓の形だよ。お前の心の傷を治してもらうんだから。」母が教えてくれた。
それでも少年はためらっていた。彼は別に心臓が痛むわけではなかったからだ。それならどこが痛むのか、どこが病んでいるのか。それは彼にも分からなかった。ただ悲しかった。心が痛かったのだ。
母に背中を押されて、少年は女神像に近づいた。そして教えられた祈りの文句をたどたどしく唱え始めたが、次第に涙が目からあふれて言葉が心から流れだした。
「――女神よ、みさかえあれ!」
その夜、少年とその母が眠っていた時、女神が静かに部屋に入ってきた。そのまばゆい姿にもかかわらず、部屋の暗さは変わらなかった。彼女は少年のベッドに身をかがめると、彼の心臓の上にそっと手を置いた。そして少年に向かって優しく微笑んで、立ち去っていった。
その一部始終を夢か現か見ていた母親は夜が明けるなり起き上がって、息子の顔を撫でた。彼の息は止まっていた。母親は呆然としつつ、気づけば両手を組み合わせて強く握りしめていた。
彼女は苦しみをかみつぶしたような低く小さな声で、しかし敬虔な心でもって唱えた。
「女神よ、みさかえあれ!」
――そういうお話。
ハイネの「ケヴラールへの巡礼」をもとにしました。




