第三十六話
荒野に不気味な静寂が訪れた。
砕けた岩の欠片が風に運ばれた。
かすかな砂埃を巻き上げた。
夕陽の赤みが大地の傷跡を照らした。
耐性兵たちは、瓦礫の山を越えた。
簡易の測量機を地面に突き刺した。
クレーターの深さを確認した。
直径数百メートル、深さ数十メートルの巨大な穴だ。
要塞の基盤を根こそぎ抉り取った。
周辺の土壌を放射性粒子で汚染した。
兵士の一人がマスク越しに報告した。
「粒子濃度、臨界値超え。滞在時間、五分以内に制限」
皆が即座に仮設の酸素供給器を接続した。
クレーターの縁に、急ごしらえの仮設テントを張った。
簡易ランプの白い光が周囲を照らし出した。
テントの布は風に煽られた。
内部では簡易テーブルが瓦礫の上に置かれた。
地図や通信機が散らばっていた。
外では、兵士たちが警戒線を張り巡らせた。
ギゲンを筆頭とする帝国代表団がテントに集まった。
向かい側にシキが新公王として現れた。
銀髪を風に軽く流した。
漆黒のドレスにクロノ家の紋章を輝かせた。
彼女の背後にエリナの黒いベールが静かに影を落としていた。
公国軍の少数の将校たちが緊張した面持ちで控えた。
テントの空気は重く張りつめていた。
公国側の将校たちは、シキの背後に控えめに立った。
テント内の空気は重かった。
ギゲンの代表団は軍服の襟を正し、剣帯を握りしめた。
シキの登場に一瞬体を硬直させた。
公王の威厳がテントの空間に広がった。
ジンは補佐として同席した。
ソウマは後列に控えていた。
公国軍の将校の一人がわずかに肩を落とした。
帝国側の兵が銃を構え直した。
シキの瞳が一瞬ソウマを捉えた。
ギゲンがまず口火を切った。
「公王シキ、和平の席に着くとは意外だ。クロノ家の誇りは、復讐の炎で燃え尽きるはずだったのでは?」
「将軍、炎は灰から新しい芽を生むのです。私の統治は、血ではなく、民の声で支えられます」
「公王シキ、ユウエンとメイテンの敗北は公国軍の終わりを意味する。メッカイサイの崩壊は、帝国の勝利だ。だが、和平の道を模索するなら、条件を聞こう。この瓦礫の上で、すべてを決着させる」
ギゲンの声はテント全体に響き渡った。
厳格な調子が皆の耳を圧した。
将軍の瞳はシキを鋭く射抜いた。
背後の代表団が会談の行方を注視した。
シキは微笑みを浮かべた。
卓に置かれた魔鉱の欠片を指でなぞった。
「将軍、戦争の原因は明らかです。強制移住政策が、魔界を未開発の牢獄に変え、魔鉱を独占したのです。核の遺産──放射性魔素粒子──を、脅威として放置し、公国は復讐の糧としました。ユウエンとメイテンは、家族の血で民を扇動しましたが、私は違います。クロノ家の末裔として、新公王に認められた今、魔鉱の共同管理を提案します。結晶植物の栽培を帝国の技術で支え、公国の民が自らの手で大地を甦らせるのです。強制労働の廃止、霧圏の共同浄化──これで戦争は、二度と起きません」
シキの言葉は、テント内の空気を優しく振るわせた。
ギゲンは抑えながら応じた。
「公王の言葉、受け止めた。帝国も、資源不足の過ちを認めざるを得ん。ムカイハラを焼いたのは、我々の監視の失敗だ。だが、和平の代償は? 公国は独立を維持するのか? 魔素技術の共有は、帝国の安全を脅かさんか?」
ソウマの視線がギゲンの背中を注視した。
シキはゆっくりと頷いた。
卓に置かれた古い羊皮紙──魔界独立宣言の写本──を押し出した。
「独立は維持しますが、鎖は断ちます。魔素技術の共有は、破壊ではなく再生のために。変異した者たち──ソウマ・ツキヤマのような守護者──を、脅威ではなく、未来の鍵として迎え入れます。公国軍は解体し、民の声で統治を。帝国の支援があれば、公国は段階的に畑を甦らせ、長期的な豊かさを築けるでしょう」
シキの頷きは優雅だった。
独立宣言の写本が皆の目に古びた威厳を映した。
技術共有の詳細──破壊防止のための共同監視委員会の設置、変異者たちの保護プログラム、民衆統治の選挙制度の導入──が次々と提案された。
彼女の視線が再びソウマに向いた。
柔らかな笑みが浮かんだ。
「特に、守護魔導書──それは帝国の遺産ですが、魔界の魔素吸収に不可欠な力を持っています。ソウマのような魔力持ちがこれを操れば、浄化は加速し、旧本州への開拓さえ可能になるのです。彼がその使命を帯び、公国に留まるなら、協力は惜しみません──技術、資源、すべてを。ですが、最終的にゆだねるのは、ソウマ自身の意志です」
ギゲンは一瞬沈黙し、ソウマを振り返った。
ソウマはシキに視線を移す。
「公国に留まるなら、ユナや村人たちを巻き込まないで欲しい。俺の力は、守るためのものだ」
シキは微笑んだ。
「約束しましょう。あなたの守護魔導書が、魔界の鎖を断つ鍵になるのですから」
ソウマは静かに頷いた。
「父さんの遺志は、村を守ることです。公国で、やり遂げます」
シキの視線がソウマに注がれた。
笑みが柔らかく広がった。
その瞬間、テント内の空気が微かに変化した。
皆の視線がソウマに集まった。
ギゲンの沈黙が会談の転機を予感させた。
ソウマの頷きが静かに受け止められた。
魔導書の表紙が光を反射した。
平和の鍵としての役割が議論の基盤となった。
会談の続きは詳細な条件交渉に移った。
夜が深まる頃、暫定協定の骨子がまとめられた。
守護魔導書の所有は、ソウマの意志を尊重する形で暫定的に決着した。
シキの公王統治が公国側の将校たちに安堵を与えた。
最終合意は後日の検証委員会で確認されることとなった。
魔鉱の共同利用が再生の象徴として強調された。
皆の視線が未来に向かった。
会談が終わり、テツカガミに戻った。
ジンはブリッジで通信を開いた。
「ソウマ、シキの提案……信じられるか? クロノ家の血は、簡単には変わらんぞ」
「ジンさん、俺も迷ってる。でも、畑が甦るなら、試す価値はある。みんなの犠牲を、無駄にしないために」
ソウマは通信機を握った。
「ジンさん、本当は複雑な気持ちです。でも、畑が甦るなら、父さんの研究が本当の意味で生きる。みんなの未来を、守れた気がします」
ジンは低く笑った。
「ああ、そうだな。道具じゃなく、守護者としてな。俺は正規兵として戻るが、支援は約束する。君の道を、信じろ」
和平の報せは公国と帝国の全領土に広がった。
民衆たちは歓声をあげた。
公国軍の残存兵が武器を下ろした。
荒野に優しい静けさを生んだ。
テツカガミのクルーたちは、英雄として迎えられた。
瓦礫のホールに帝国の将校と公国の使節が集まった。
ギゲンが声を張り上げた。
「テツカガミのクルーよ! 君たちはキリザクラを制圧し、シャクゴクを崩壊させた。ソウマ・ツキヤマ、守護魔導書の継承者として、帝国の未来を切り開いた功績は、歴史に刻まれる!」
壇上の簡易ランプが英雄たちの顔を照らした。
将校たちが一斉に拍手した。
公国の使節が敬意を込めて頭を下げた。
ホールの瓦礫が足元に散らばった。
英雄たちの功績が一つずつ列挙された。
ホール内の空気が達成の温かさに満ちた。
「へっ、英雄だってよ。酒の褒美は出るのか?」
カズマの皮肉がホールに軽い笑いを呼んだ。
肩を叩く将校の手に皆が視線を送った。
和平の宴は夜更けまで続いた。
公国の空に星が瞬き始めた。
シキ公王の統治が魔界の息吹を呼んだ。
ゆっくりとした再生が始まった。
未来の予感を生んだ。
守護者の道が優しく続いた。




