第三話
ソウマは瓦礫から魔導書を拾った。
刻印が光り、銀色の粒子が体を包んだ。
体内の魔力が目覚め、霧から粒子が引き寄せられた。
肌に銀色の光が集まる。
粒子が急速に凝固して鎧を形成した。
そのシルエットは、流線型のメタリックアーマーで覆われていた。
肩から胸にかけての鋭角的なプレートが重なった。
青白い刻印が脈動した。
光の回路が全身を這った。
頭部はヘルメット状のフェイスガードで覆われた。
頭に機械音声が流れた。
【Silverglass】
背中のスラスター排気口から炎が微かに漏れ出した。
鎧全体は軽量でしなやかだった。
鼓動と共鳴する低いうなりを上げた。
帝国の技術が結晶化した鋼鉄の守護神として威圧的にそびえ立った。
地面が遠くなった。
霧の粒子が舞う。
村の残骸が足元に広がる光景に、ソウマの息が止まった。
「え……!? 何これ、体が……でかくなってる!? それに今音が……シロガラス?」
心臓が激しく鳴り、混乱が頭を支配した。
頭に鎧の操作方法がインプットされていく。
試しに指を曲げた。
巨大な銀色の指が空気を震わせて反応した。
「うわっ……動いた! 俺の意志で……これが鎧の力?」
彼は自身の変身した姿に驚愕した。
心臓が激しく鳴り、父さんの言葉がよぎった。
「守れ」
その一言が、恐怖を興奮に変えた。
心を奮い立たせた。
巨大な拳が空を切った。
風圧で渦を巻く感触に、ようやく興奮が恐怖を上回り始めた。
魔導書が再度光を放った。
魔素刃「アメノハバキリ」、魔素盾「ヘツカガミ」の操作方法がソウマにインプットされた。
「アメノハバキリ、起動!」
鎧の右腕に、プログラムされた情報が流れた。
周囲の魔素を集めた。
凝固させて鋭い刃が追加された。
刃は魔力回路を通じて圧縮魔素を送り込み、触れるだけで鋭い感触が伝わる。
「ヘツカガミ、起動!」
鎧の左腕にシールドが追加された。
魔導騎兵が迫る中、ソウマは本能的に動いた。
霧の向こうで、赤い光学センサーが二つ輝いた。
ガルドのテッカイから通信が漏れ聞こえた。
「少佐! ガルドだ──霧圏に白く発光する機体を確認! 例の新兵器の可能性あり、シグナル異常! どうする?」
レイは即座に応答した。
冷徹に、だが警戒を帯びて。
「確認した。データ送信しろ。ガルド、お前が先陣を切れ。ミラ、援護射撃でフォロー。奴の正体を暴け──生け捕り優先だ」
ミラの声が続く。
「了解、少佐。ガルド、援護は任せて!」
ミラのロケット砲が耳をつんざいた。
ソウマは咄嗟に反応し避けた。
鎧の力が体を駆り立てた。
体が霧よりも軽くなるような感覚に、ソウマは息を呑んだ。
ガルドの機体が、獣のような咆哮を上げた。
魔導斧槌を振り下ろす。
「何が新兵器だ、粉砕してやる!」
巨大な斧槌が空気を引き裂き迫った。
ソウマは咄嗟にシールドを構えたが、タイミングが遅れた。
斧槌が障壁を弾き飛ばした。
ソウマを後方へ吹き飛ばした。
ソウマの視界が回転し、背中が土に叩きつけられる。
「ぐあっ……! 強すぎる……!」
鎧が軋んだ。
ガルドが追撃の構えを取り、斧槌を振り上げる。
ソウマは這い上がり、刃を振り回した。
ガルドは動じず、突進した。
「素人が戦場に立つな!」
斧槌を横薙ぎに払い、刃を弾き飛ばそうとした。
斧槌と刃が激突し、空気が爆ぜた。
だが、刃が斧槌の柄を一閃で切断した。
その流れでガルドの機体の胸部を深く斬り裂いた。
コアを貫通した。
火花に噴き出し、機体が膝をついた。
「俺の攻撃が……ずりぃよ!」
ガルドの断末魔が漏れた。
ソウマは守護魔導書の重みが、初めて呪いのように感じられた。
この力は守るためのものなのに、奪う結果を生む。
戦争の連鎖が、心を蝕んだ。
ミラが迫った。
「よくもガルドを……!」
ミラは突進タックルをした。
ソウマは肩に直撃を受け、巨体が倒れ込む。
外殻が歪み衝撃が響く。
「うぐっ……動けない……!」
ミラが間合いを詰めた。
「ガルドの恨み、受けろ!」
ロケット砲を至近距離で放った。
光球が膨張し、ソウマを飲み込もうとした。
咄嗟に左腕のシールドでガードした。
その膨大なエネルギーが反発した。
障壁がパルスを逆流させ、テッカイを包み込む。
衝撃がミラを突き抜けた。
「そんな……私まだ!」
ミラの叫びが爆散と共に消えていく。
ソウマは這い上がり、動きが止まった機体に一閃。
切っ先がコアを貫き、残骸が静かに沈んだ。
「なんで……こんな。この鎧の力で人を殺すなんて……!」
ソウマの前に、レイの魔導騎兵が立ちはだかった。
コックピットから放たれるレイの視線が、彼の心を凍らせた。
倒れた二体の残骸から、かすかな通信音がした。
レイの復讐の炎がより強く燃え上がる。
「これが新兵器か。素人を、ここまで強化するとは」
レイは嘲笑した。
「その力、もらい受ける!」
レイが魔導剣を展開した。
青黒く輝く剣が、大気の渦を纏った。
空気を引き裂く鋭い唸りを上げて襲いかかる。
──一閃。
ソウマは咄嗟にシールドを構えたが、遅かった。
剣撃の先端が鎧の縁を掠めた。
火花を散らして鎧の肩プレートを浅く抉った。
「ぐっ……!」
体が横に弾かれ、足元が滑る。
霧の地面が冷たく背中を叩き、視界が一瞬揺れた。
二撃目、横薙ぎの弧が迫る。
レイの攻撃は精密だった。
経験の差が、ソウマの予測を上回る。
シールドを低く構えて受け止めた。
衝撃が腕を痺れさせ、左腕の関節がきしむ。
青黒い残光が、盾の表面を焦がした。
外殻に細かな亀裂を刻み込む。
「速い……目が追い付かない……!」
三撃目、上段からの直線斬り。
ソウマは後退し、受け流そうとした。
レイの剣は途中で角度を変えた。
鎧の胸部を狙って潜り込む。
ガキン! という鈍い衝突音が響いた。
胸プレートの継ぎ目が裂けた。
粒子が傷口から噴き出した。
体がよろめき、膝が霧の土に沈みかけた。
レイの嘲笑が無線から漏れ聞こえる。
「大したものだ。まだ生きるか」
四撃目、五撃目、連撃の嵐が容赦なく降り注ぐ。
剣の軌道は予測不能。
低空の突き上げから、高速の回転斬りへ移行。
シールドを弾き飛ばしては装甲を削る。
ソウマの防御は、次第に乱れ始めた。
右腕を振り上げて反撃を試みる。
レイの剣がそれを絡め取るように受け流した。
カウンターの斬撃が脇腹を掠める。
「はあっ……はあっ……何もさせてもらえない……!」
レイの剣撃は、ただの攻撃ではない。
一撃ごとに動きを読み、隙を広げていく。
防壁層に無数の傷が刻まれた。
銀色の粒子が霧に溶けていく。
すると、レイが一瞬動きを止める。
コックピットに通信が入った。
女性の声が届いた。
「レイ。目的は達した。撤退だ」
レイが低く返した。
「ですが……今なら奴を……」
女性の返答が遮った。
「撤退だ」
「了解……撤退します」
テッカイが煙幕を放ち、姿を消した。
「シロガラス、解除」
ソウマは呟き、守護魔導書を握り締めた。
肩から胸にかけてのプレートが音もなく剥離した。
粒子一つ一つが空気中に舞い上がった。
膝がガクンと折れそうになった。
身体の芯に溜まっていた疲労が一気に噴き出した。
指先が痺れた。
息が荒く、視界の端がぼやけた。
魔導書の表紙に触れる手が震えた。
父の遺志を宿したはずの書物が、今はただの重い石のように感じられた。
粒子が完全に散逸するまで、数秒の永遠のような時間が流れた。
最後の光の欠片が、彼の頰を撫でた。
ガルドとミラの機体の残骸が、霧を青く染めた。
彼らの最後の言葉が心に残る。
「守るために、奪うために……同じ痛みか」
本当に守れるのか?
力で取り戻せるのか?
そんな問いが胸を刺す。
「ユナ……待っててくれ。絶対に、君を見つける。この力で、誰も失わせない」




