第十八話
ブリッジのスクリーンに映るギゲンの厳格な顔が、ジンに告げた。
「テツカガミ、よく耐えた。メイジンを早々に討ち、予定を早める。メッカイサイの攻略を急ぐ。貴艇はカゲトリデへ向かい、そこで待機せよ」
ジンは応じた。
「了解、将軍。だが、クルーは限界です。補給と休息が必要です」
ギゲンは目を細めた。
「七十二時間だ」
テツリュウの重い船影が浮かんだ。
魔導要塞メッカイサイへ向かう音が反響した。
テツリュウの後部ハッチがゆっくりと開いた。
魔導ドローンがテツカガミの格納庫へ降下を始めた。
ドローンの推進器が湿った空気を掻き乱した。
積載されたコンテナが次々と降ろされた。
中から結晶植物の中和剤の瓶がずらりと並んだ。
魔素燃料のドラム缶は重かった。
医療キットの箱は迅速に分類された。
そんな中、ジンはドローンのパイロットに無線で指示を飛ばした。
「燃料を優先。結晶植物は医務室直送だ。四十八時間以内に全開封確認しろ」
「了解、船長。急ぐ」
テツカガミのクルーたちはこれを最後の命綱として受け止めた。
そんな中、ジンにギゲンの通信が再び入った。
「お前たちの急な斥候活躍に感謝だ。お返しに、魔族兵を送る。リンカ・アオイだ。俺の部隊がカスタムしたゼツエイに載る。公国のライセンを強化した機体だ。ソウマに興味があるらしい。残党掃討でも手伝わせろ」
ハッチが開き、リンカが現れた。
体のラインがタイトな軍服で強調され、クールな視線をクルーたちに投げかけた。
背後にはゼツエイのシルエットが控えていた。
深紅の装甲に青い帝国紋章が輝いていた。
「リンカ・アオイよ! ギゲン将軍の命令で来たわ。活躍、聞いたよ。すごいわね!」と敬礼した。
ヘルメットを外すと、ポニーテールが「ファサッ」と解けた。
腰まで広がる黒髪が風に舞った。
汗ばんだ額に張り付く髪が、彼女のセクシーさを際立たせた。
クルーたちが一瞬息を呑んだ。
リンカは明るく笑った。
ソウマに視線を移した。
「君がソウマくん? 守護魔導書の継承者だって聞いたけど、魔族同士、君の噂が気になってたの。私のゼツエイ、私の魔導書で魔素ワイヤーも同時に展開して戦うの。めっちゃ機敏よ! 一緒に連携してみない?」
その言葉の勢い──明るくまっすぐな視線と、自信に満ちたトーンが、ソウマの胸をさらに圧迫した。
まるで彼女の存在自体が磁力のように引き寄せ、息を詰まらせる。
ソウマは喉が乾くのを感じ、ようやく口を開こうとしたが、声が掠れて出てこない。
ただ、頰の熱が耳まで広がるのを感じ、慌てて後ずさりそうになる。
ジンが静かに近づいた。
リンカに敬礼を返した。
「リンカ・アオイ中尉、歓迎する。ギゲン将軍の援護、感謝だ。まずはゼツエイの機体登録を済ませよう。テツカガミのシステムに同期させる。魔素署名とセキュリティコードの確認だ」
リンカが頷いた。
ジンは彼女を格納庫へ導いた。
一方、医務室は魔素浸食に苦しむクルーで溢れていた。
カズマはベッドの端に腰掛けた。
額の汗を拭いながら、額に青い筋が浮かぶ腕を睨んだ。
「このままじゃ、俺のパルス砲も出せねえ……」
隣のベッドではリョウタが顔を青ざめていた。
「榴弾砲の負荷で体が重い」
皮膚の下で青い粒子が脈打った。
医務室の空気は息苦しかった。
看護兵が注射器を準備する金属音が響いた。
クルーたちの緊張をさらに煽っていた。
ユナが医務室から駆け込んた。
「皆の症状……結晶植物で何とかできるかも!」
彼女はムカイハラの知識を説明した。
「結晶植物は放射性魔素粒子を吸着する。ハガネハラの魔鉱と調合すれば、中和剤が作れるはず!」
ユナは医務室の隅で結晶植物の欠片と魔鉱を砕いた。
古いノートを頼りに調合を繰り返した。
彼女の指は土にまみれたままだった。
結晶植物の欠片を慎重に計量した。
魔鉱の粉末を小さなすり鉢で丁寧にすり潰した。
蒸留器の火を弱く調整した。
蒸気がゆっくりと立ち上った。
部屋に甘い香りが広がった。
最初の試作液は泡立ちすぎて失敗した。
ユナは次の混合物を加え、温度を微調整した。
ユナの目は集中の光を宿していた。
「もう少し……粒子が安定するまで」
蒸留器のガラス管から滴る液を慎重に瓶に集めた。
失敗の残渣が床に散らばった。
医務室の空気をさらに重くした。
ソウマがそばで励ました。
「ユナ、君ならできる」
失敗を重ねながら、ユナはついに完成させた。
青く光る中和薬は、触れると指先に優しい波動が伝わった。
ユナはそれを慎重に看護兵に手渡した。
「これで……効くはず」
最初の被験者としてカズマが瓶を傾け、一口含んだ。
喉を滑る感触が体内の重みを溶かした。
青い筋が徐々に薄れていくのを感じた。
効果は限定的だったが、浸食を抑えるのに十分だった。
少なくとも、次の戦闘まで持ちこたえられる程度に。
カズマが中和剤を飲み、笑みを浮かべた。
「へっ、ユナの薬、悪くねえな! 体が軽くなったぜ」
彼はベッドから立ち上がり、指を動かした。
隣のリョウタも瓶を手に取り、飲み干した。
リョウタの顔色が徐々に戻った。
「これで……また戦える。ユナは天才だな」
ベッドの端を叩いて立ち上がった。
看護兵が次々と瓶を配った。
クルーたちの会話が少しずつ活気づいた。
医務室の空気が重さから解放された。
ユナはクルーたちを眺め微笑んだ。
「私、戦う力はないけど……こうやって皆を支えられるなら、頑張れるよ」
クルーたちの疲れた笑顔が交錯した。
リンカは登録と案内の後、格納庫に戻った。
ソウマに近づき、ゼツエイを指さした。
「ソウマくん、ワイヤーのコツ、教えるわよ」
ソウマは少し緊張しながらも、目を輝かせて頷いた。
「ありがとうございます、リンカさん」
「えっと……形態変化はもうできるのよね?」
「はい、盾と剣にできます。まだ慣れないんですけど……」
「ワイヤーも同じよ。魔導書に使い方は登録されてると思うけど、最低限イメージできないと発動できないから。一回やってみるわね」
リンカは魔導書を活性化した。
青い魔素線を短く展開した。
ソウマは感心して、真似して試した。
しかし、魔素が漏れ、ふにゃりと崩れて消えた。
「あれ……全然伸びない」
リンカはくすくす笑った。
優しく手を重ねて導いた。
「焦らないで。息を整えて、魔力を感じて。ほら、ゆっくりイメージよ。敵を追いかける糸みたいに!」
ソウマは深呼吸し、再び集中した。
魔導書が微かに震えた。
今度は細い青い魔素糸が天井に届いた。
その時、魔導書が光り輝いた。
魔素ワイヤー「ヤシオリ」の操作方法がソウマにインプットされた。
ソウマは微笑んだ。
「動きました! リンカさん……これ面白いですね!」
リンカは少し照れくさそうに髪をいじった。
「ふふ、君の笑顔可愛いね。練習すればもっと強くなるわよ!」
ユナは少し離れたところで薬瓶を片付けながら、チラチラ見た。
「……ソウマ、楽しそうね。リンカさん、なんか上手いな……」
頰を膨らませた。
坑道の外郭から遠く離れた岩陰で、レイのゴウライが静かに潜行した。
テツカガミのシルエットを監視していた。
ゴウライが岩に溶け込んだ。
テツカガミをロックオンした。
レイはノイズを調整し、シキの指示を待った。
ゴウライの関節が軋みを上げた。
風がゴウライのセンサーをかすめた。
テツカガミの離陸音を、冷徹に捉えていた。
シキの通信が届く。
「準備はできた、レイ」
シキの声は滑らかだった。
「次の標的はカゲトリデ。既にカゼダンは向かわせています」
レイの瞳が鋭く細まった。
ゴウライのスラスターが微かに熱を帯びた。




