第一話
核戦争から二百五十年後。
魔界公国──旧四国の旧高知に位置する辺境集落、ムカイハラ。
ここは、中央人界帝国──旧九州の旧熊本──の魔導書研究を隠す偽装農業施設だった。
強制移住された住民は労働者として協力し、研究者たちが極秘に技術を開発していた。
空は灰色の霧に覆われていた。
それは魔素と呼ばれる核の遺産。
放射性ナノ粒子の変異物質。
体内に取り込むことで、新たな力を生み出すことができる。
変異魔力が血を熱くし、魔力という潜在力を引き出した。
ソウマ・ツキヤマは工房の窓から外を見た。
魔素が体内に染み込み、魔力を呼び覚ました。
結晶植物は魔素の毒を中和し、淡い青い光を放った。
彼は結晶植物の光に手を伸ばした。
指先にまとわりつく冷たさが、心に希望と不安を呼び起こす。
彼は子供の頃から、夜ごと星を眺めては、外の世界を想像した。
村人たちは光を頼りに暮らしていた。
子どもたちは結晶の欠片で遊んだ。
農夫たちはマスクを着けて収穫に励んだ。
戦争の長期化で物資が途絶えていた。
自給自足の日々が続いた。
それは彼の好奇心を苛立たせた。
父のリュウジ・ツキヤマは、戦争開始から四十二ヶ月後。
帝国から守護魔導書を携えてムカイハラへ送られた。
彼は秘密研究者だった。
古い核技術を基に、変異魔力を利用した魔法を開発していた。
ソウマは傍らで学んでいた。
「ソウマ、今日もその巻物か? 五十年前の移住の話は、皆知り尽くしているぞ」
工房の薄暗いランプの下で、リュウジが笑いながら言った。
テーブルの上には、古びた羊皮紙が広げられていた。
そこには記録があった。
人口爆発と資源不足を理由に、支配者たちが未開発の魔界へ民を強制移住させた。
魔界民は搾取され、孤立無援の開拓を強いられた。
そして不満が爆発した。
クロノミヤが「魔界公国」を宣言した。
魔力独占欲が引き金となった。
争いは散発的な衝突として始まった。
それ以来、ゲリラ戦が続き、徐々に深刻化していた。
ソウマは巻物を指でなぞった。
幼い頃、祖母は膝に彼を乗せ、霧の向こうを指差して言った。
「あそこに、新しい畑ができるよ。帝国は私たちを捨てたけど、ここで花を咲かせるの」
だが、巻物の記録を読むたび思う。
帝国が先祖を未開発地に送り込んだ。
搾取した歴史に、怒りが込み上げる。
ソウマは呟いた。
「祖母の言葉、信じたいけど……この記録見ると、全部帝国の策略じゃん。父さん、どう思う?」
リュウジは優しく諭した。
「そうだな、ソウマ。歴史は残酷だが、お前が変えられる。俺の研究が、その鍵だよ」
「人間界は、ただの『未開発地の労働力』としてしか見てないんだ。魔界の物資を独占しようとしてるくせに」
彼は帝国への不信を感じた。
村を守りたいという思いが、互いにぶつかる。
リュウジは肩をすくめ、笑顔を浮かべた。
彼は時折、夜中に工房で独り言を呟いていた。
「たしかに、あいつらは俺たちを道具としてしか見ない。でも、この書で家族を守るんだ」
家族の安全を祈りながら研究に没頭していた。
「あの頃、俺たちを魔界に放り込んだ。飢え、獣に追われ……。だが、俺はこの研究で、村を守るんだ。お前も、いつか継いでくれ」
リュウジは棚から魔導書を取り出した。
表紙の刻印が、冷たい空気の中で淡く輝いた。
触れると指先に波動が走り、古い記憶が肌に染み込んだ。
魔導書は公国製の高度な装置だ。
魔力を源に活性化し、プログラムで魔素を自在に形成する。
「この書は力になるが、扱いを間違えれば……」
彼は鋭い視線を向けた。
「これが完成すれば、魔界の未来が変わる」
それは最先端技術だった。
鎧に武器や防御を追加し、多様な魔法を発動できる。
「お前のような若者が、そんな過去に縛られる必要もなくなるはずだ。テストは今日だ。手伝ってくれ」
ソウマは父の言葉が胸に刺さるのを感じた。
とはいえ、もし戦争が本格化したら……。
彼は工房の隅で古い地図を広げた。
「父さん、クロノミヤの都市はどんなところ? 独立したら自由になれる?」
リュウジは苦笑した。
「お前が継げば、わかるさ」
ソウマは頷き、父の指示に従って呪文の準備を始めた。
工房の外では、村人たちが秘密施設の労働者として結晶植物を栽培していた。
日常作業に追われていた。
帝国の監視ドローンが上空を飛ぶ。
戦争の接近による緊張が漂っていた。
ユナ・ホシノは結晶の籠を抱えていた。
彼女の家族は農園を営む。
魔素を抑える術を知っていた。
「なんか、空気が重い……ソウマ、どこにいるんだろう。今日も工房かな」
遠くから住人の声が聞こえてきた。
「ユナ! 霧が濃くなってきたぞ、早く戻れ!」
ユナは急いで帰路に就いた。
「夜が騒いでいる、なんか怖いな」
彼女の声は震えていた。
誰も知らなかった。
数時間後、運命が迫っていることを。




